塩素(Cl) ~毒ガスから身近な商品まで~

元素記号Cl、原子番号17番の元素。英名はギリシャ語の黄緑色Chlorosを語源にするChlorineであるが、和名では“塩のもと”という漢字があてられている。塩素はハロゲンを代表する元素であり、塩化ナトリウム換算で、私たちの体内には約0.9%、海水には約3%含まれている。またヒトの胃の中では、消化を助けるための胃酸として塩酸が分泌されている。

塩素ガスは、水酸化ナトリウムの工業的製法でもある食塩(塩化ナトリウム)の電気分解によって発生する。塩素ガスは刺激臭のある黄緑色の気体で、空気中にわずか0.003~0.006%程度の濃度でヒトに障害(毒性)をもたらす。第一次世界大戦以降、塩素ガスや塩素を含むホスゲン(COCl2)が化学兵器(毒ガス)として、残念ながら現在も使用されている。

次亜塩素酸(HClO)やそのカルシウム塩(さらし粉とも言う、Ca(ClO)₂)、ナトリウム塩(NaClO)は、水に溶けて活性酸素を発生するので、殺菌作用や漂白作用があり、水道水や水泳用プールの殺菌剤に利用されている。「混ぜるな危険!」と表示のある商品すなわち次亜塩素酸系の洗剤(漂白剤)と酸性洗剤を混合すると、危険な塩素ガスが発生する恐れがあるので使用には十分注意してほしい。

一方で日本の水道法では、遊離残留塩素を0.1mg/L(結合残留塩素の場合は0.4mg/L)以上保持するよう、つまり塩素が水に含まれていることが衛生上、義務付けられている。

人類は塩素と有機物を組み合わせて、農業、工業、日々の暮らしに必要な様々な新しい塩素系有機化合物を合成してきた歴史がある。例えば、BHC(ベンゼンヘキサクロリド)やDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)などの農薬は、強力な殺虫効果がうたわれ、世界のあちこちで利用されてきた。しかし「沈黙の春」などに指摘されているように、自然環境のこのような化学物質による汚染と生態系との関係が明らかになったため、これら塩素系の有機化合物の農薬としての利用は禁止されている。

また、フロンの製造にも塩素は使われており、冷蔵庫やエアコンの冷媒として長年活躍したが、オゾン層破壊の原因物質であることから、これも製造や利用が禁止されている。また、PCB(ポリ塩化ビフェニル)は夢の液体とも騒がれ、電気絶縁性からトランス油や潤滑油に使われ、またその熱的安定性から熱媒体としても多く利用されてきた。その後、カネミ油症事件などをきっかけに毒性や発がん性などが明確化し、完全に撤去、利用の禁止措置が取られている。

しかし、いまだに国内外で処理待ちのPCBが山積みになっている。温室農業や施設園芸を支えているポリ塩化ビニル(PVC)は、環境耐久性がよく安価に合成できることから、様々な包装、電気ケーブルの被覆材、傘などに大量に利用されている。食品用のラップの一部もPVCに似た構造のポリ塩化ビニルを主成分とする。しかし、これらの塩素を含む有機物を燃焼するとダイオキシンが発生する可能性があること、そのダイオキシンの毒性がクローズアップされるようになってから、一部の商品などは脱ポリ塩化ビニルの方向にある。

実験1 プラスチック中の塩素の検出(バルシュタイン試験)

消しゴムは、ポリ塩化ビニルを主成分とするものが多い。消しゴムなど、身近なところに使われているプラスチック材料に塩素が含まれていることを知るのに、バルシュタイン試験が利用できる。

バルシュタイン試験の様子

原理は、プラスチック中の塩素が、熱せられた銅の表面で塩化銅(Ⅰ)を作り、それが炎の中で銅の炎色反応を示すというものである。緑色を示すかどうかで、塩素の存在を確認することができる。

バルシュタイン試験動画(47秒)
『らくらく化学実験』  山田暢司様より提供

実験2 醤油の塩分測定(モール法)

塩化物イオンを検出するオーソドックスな手法に、モール法による沈殿滴定がある。昨今、塩化物イオンはイオンクロマトグラフィーなどの機器分析で測定されることが多くなっているが、滴定法でも丁寧な操作と終点の見極めがうまくいけば、正確に濃度を決定することができる。

原理は、下記の反応式のように、硝酸銀溶液で滴定すると銀イオンが塩化物イオンと難溶性の白色沈殿を形成すること 、そしてそこにクロム酸カリウム水溶液を指示薬として加えると塩化物イオンが 消費された終点では銀イオンがクロム酸イオンと結合して赤褐色沈殿を形成することである。

Ag   +   Cl⁻       →   AgCl
2 Ag+   +  CrO42 →   Ag2CrO4

実際に醤油の塩分を測定するには、醤油原液の色と塩分が濃く滴定に向かないので、100倍ほどに希釈をして、0.01 mol/Lの硝酸銀水溶液を用いるのがよい。写真は、食塩水に硝酸銀を滴下した様子およびクロム酸カリウム水溶液に硝酸銀を滴下した様子を示した。下記のそれぞれの反応式に対応した様子である。

左:食塩水に硝酸銀を滴下
右:クロム酸カリウム水溶液に硝酸銀を滴下

 

参考文献:
高圧ガス工業株式会社 塩素ガス:http://www.koatsugas.co.jp/product/gas/industrial05.html
小林寛和、「安全に留意した塩素の実験」化学と教育 57 巻 1 号(2009 年):https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/57/1/57_KJ00007515345/_pdf
塩ビ樹脂の用途(塩ビ工業・環境協会のホームページ):http://www.vec.gr.jp/enbi/enbi1_5.html

The following two tabs change content below.

山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。