不思議な流体ヘリウム ~その気体、液体、固体の魅力~

ヘリウムはどこから?

ギリシャ神話の太陽神「ヘリオス」にちなんで名付けられた元素ヘリウム。なんと宇宙全体の重量の四分の一がヘリウムから成る、と推定されている。あとの約四分の三は水素から成り、周期表に見られるその他の元素の量はごくごくわずかだそうだ。宇宙規模で考えると、ヘリウムの量はものすごい。

ヘリウムの存在が人類によって最初に確認されたのは1868年ごろ。太陽の光輝スペクトル中から測定されたことが、その名前の由来となっている。その後1882年に地球上でもヘリウムそのもの存在が確認された。太陽では水素が核融合をした結果ヘリウムがつくられ続けている。

いくら宇宙にたくさんあるとはいっても、私たちが利用しているヘリウムは宇宙から採取してくる訳ではない。地球大気にもヘリウムは存在するが、その濃度はわずか5ppm(0.0005%)程度なので、それを濃縮するのも現実的でない。実際には大気よりも高濃度のヘリウムを含む気体が、天然ガスの井戸などから産出するので、それを分離・精製して高純度ヘリウムが生産されている。地球の地下深くでは、長い年月をかけてウランとトリウムの放射性崩壊によりヘリウムが生成し続けていて、アメリカのグレートプレーンズやカタールはヘリウムの産地として有名である。

ヘリウムは何に使われている?

いわゆる希ガス(最近は貴ガスとも書く)として使われる場合と、冷却された液体状態で使われる場合がある。ヘリウムは、その軽さや沸点の低さ、不活性で、熱電導性が高いなどの性質から、産業ガスとしての利用価値は高い。

気体のヘリウムは、高品質光ファイバー製造時のガラス焼成用雰囲気ガスや、半導体製造プロセスでの熱処理後の急速冷却用ガスとして活躍している。広告用バルーン、天体観測用または軍事用偵察の気球の浮揚のため、そして分析機器のキャリアガスとして研究室でも多用されている。

液体ヘリウムについては、ヘリウムの沸点が4K(ケルビン):マイナス269℃であることを利用し、様々な冷却材(寒剤)として利用され、特に超電導マグネットの冷却剤として利用されている。医療用MR診断や化学研究用NMRの超電導マグネットにもヘリウムは絶対に欠かせない。近年ではリニアモーターカーなど超電導磁石の活躍する産業で、高温超電導材料が開発され実用化されようとしている。液体ヘリウムなしで超電導磁石が使えるようになれば、世界的に需要が多いのに供給量が限られるヘリウムの枯渇は免れそうだ。

特殊なヘリウムの実験1 ~超流動ヘリウムを見てみよう~

ヘリウムはその相図に示されるように 1気圧では 4.2 K (ケルビン)で液化し、絶対零度まで液体で存在する。ヘリウムを固体にするためには 2.5 MPa 以上に加圧しなければならない。そして、液体ヘリウムは 2.17 K以下で“超流動状態”になることが知られている。超流動状態では「沸騰のない気化」、「スーパーリーク」、「超表面膜現象」などの不思議な現象を見ることができる。

超流動ヘリウムの「超表面膜現象」
写真左:Wikimedia Vuerqex氏によるLiquefied Helium 
(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3f/2_Helium.png)
図右:写真をイメージ化したもの

ヘリウムは超流動状態になると粘性がなくなることが知られている。温度を下げていく途中では液体状のヘリウムに沸騰が見られるが、超流動になった後は沸騰せず、液体の表面でのみ気化が起こるようになる。

そして通常の粘性流体には通り抜けられないようなミクロン程度の孔、例えば目の細かいグラスフィルターなどを、超流動ヘ リウムはするすると通り抜けることができる。これが「スーパーリーク」と言われる現象だ。

また、小さい容器を超流動ヘリウムに浸しておくと、外のヘリウムがまるでアメーバーのように容器の縁を這い上がり、容器の内外の液面 が等 しくなるまで容器の中に移動を続ける。このあと小さい容器を引き上げると、液体は容器内部を這 い上 って流 れ出 し、容器 の中は空 になるという、「超表面膜現象」を見せる。例えばUniversität Stuttgartがその動画を公開している(https://www.youtube.com/watch?v=dLcwmMGCfU8)動画時間は2分51秒。

特殊なヘリウムの実験2  ~ヘリウムにも固体が存在する!~

東工大の研究グループがさまざまなヘリウムの固体形状を観察することに成功している。地上では重力の影響によって本来のヘリウムの固体の形状を観察できないとされている。そこで小型ジェット機によるパラボリック・フライト、すなわち 高度の高いところからの急降下の際に得られる微小重力下(無重力状態に近い状態)を使って、重力の影響のほとんどない固体の形状が下の写真のように撮影された。詳細は米国物理学会誌「Physical Review」や米国科学振興協会「Science Advances」に掲載されている。

(左)は地上での形で(右)が微小重力下の実験で観察された固体ヘリウムの平衡形(写真はPhysical Review E 85, 030601(R) (2012)より転載)

また、奥田氏ら東工大のグループは超流動中で生成されていく固体ヘリウムの形状も観察している。極低温では固体成長速度が速いため、ちょっとした駆動力でも驚くスピードでの固体成長を見せる。写真は、hcp結晶のC面に垂直に(写真の真下から上方向に向かって)10MHzの超音波を入射したところ、 超音波が照射されているときだけ結晶が成長して、重力と釣り合って写真の様な形になり様子がとらえられた。

超流動ヘリウムが固体ヘリウムに成長する過程。超高速カメラで撮影、msは1000分の1秒を表す単位。(写真提供:奥田雄一氏)

今回は、温度や圧力などの実験条件を特別にしたときにだけ見られる、ヘリウムの知られざる側面を紹介した。他の元素たちにも、私たちの知らない世界がまだまだありそうだ。

 

参考文献:
https://news.mynavi.jp/article/20130111-a207/
https://www.titech.ac.jp/news/file/press_20130110_okuda.pdf
http://www.jimga.or.jp/front/bin/ptlist.phtml?Category=6983
http://www.awi.co.jp/business/industrial/gas/he.html
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/first_3minutes.html
https://www.chem-station.com/chemistenews/2017/07/helium.html
坪田誠、〔特 集〕 最近の流体物理 の展望「量子流体 ・超流動 ヘ リウムの物理」、なが れ15(1996)287-290.
松原明、低温物質科学研究センター誌 : LTMセンター誌 (2004), 4: 3-6. <特集>超流動ヘリウム4デモンストレーション実験
Takuya Takahashi, Ryuji Nomura, and Yuichi Okuda, “4He crystals in superfluid under zero gravity”,Phys. Rev. E 85, 030601(R) (2012)
Y.Okuda and R. Nomura, “New aspects of crystal growth of solid He4 studied by acoustic wave”,
J.Phys. Soc. Jpn. 77, 111009 (2008).(http://journals.jps.jp/doi/10.1143/JPSJ.77.11100) (オープンアクセス)

 

 

The following two tabs change content below.

山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。