世界初の有機蓄光材料

蓄光材料とは

皆さんこんにちは
蓄光材料ってご存じですか?時計の文字盤や非常口を示す板などに使われている、暗いところで光るアレです。我が家でも最近、蓄光テープを買ってきて災害に備えて懐中電灯に巻きました。(図1)

図1 蓄光テープが暗所で光っている様子

蓄光材料の歴史

20世紀初頭に放射性のラジウムをエネルギー源とする蓄光材料が発明されました。しかしその放射線による健康被害が報告され、その後一時はより安全性の高いプロメチウム[1]の放射線を使った材料が日本を含め世界中で使われていました。また欧米ではトリチウム[2]の放射線を用いた材料が現在も使われているそうです。

1993年に放射性元素を含まない画期的な材料が日本の会社[3]によって開発されました。これはアルミン酸ストロンチウム(SrAl2O4)にユウロピウムなどの希土類元素を少量含ませた物質で、光に当てて「蓄光」させると暗所で10時間以上発光し続けるというものです。それまでにも放射性物質を含まない蓄光材料も知られていたのですが、非常に弱い光しか出さず実用にはなりにくかったのだそうです。この材料は現在に至るまで世界中で使われています。

有機蓄光材料の発見と特徴

最近、九州大学の嘉部量太先生と安達千波矢先生は、有機物で長時間の発光が見られる新しい材料を開発しました。[4] これは図2に示す2種類の有機物を加熱して溶かして混ぜ合わし、冷やすことで簡単に作ることができるということです。驚いたことにこの物質に白色のLEDライトを当てて暗いところに置くと長時間の緑色発光が観測されました。さまざまな比率でこの2つの材料を混ぜ合わしたところ、TMBが1%の時が最も発光が強く、1時間以上の発光が観測されたとのことです。

図2 2つの有機物質からフィルム状の蓄光材料を作る(PPTの構造では水素原子は省略しています)
TMB:N,N,N‘,N‘-Tetramethylbenzidine
PPT:2,8-bis(diphenylphosphoryl)dibenzo[b,d]thiophene

論文の著者らはこの蓄光材料の性質を詳しく調べました。すると様々な特徴があることが分かったのです。この材料は非常に弱い光でも蓄光することができるとか、温度が500Kという高温でも蓄光材料として使えるとかがその特徴としてあげられます。特に著者らが注目したことは、暗所で、通常の材料では時間と共に発光強度が指数関数的に減少するのに、本材料は時間と発光強度が反比例することです。このことから後で述べる発光の機構が考えられました。

有機蓄光材料の原理

実は今回用いたTMBとPPTは近年盛んに研究されている有機太陽電池や、有機EL発光体の研究で用いられている材料です。電子を他の物質に与えやすい性質がある物質は電子ドナーと呼ばれ、逆に電子を受け取りやすい性質を持つ分子は電子アクセプターと呼ばれます。両者が接しているとちょっとしたエネルギーを与えてやるだけで電子がドナーからアクセプターに移動します。光を当てると光のエネルギーによって電子の移動が誘発されるのです。[5]

TMBとPPTは実はそれぞれ紫外線を照射することで発光を示しますが、それらの発光と両者を混ぜた今回の材料の発光は異なるものでした。そのような結果を踏まえ、著者らは図3のように発光の機構を推定しています。

図3 今回開発された有機蓄光発光の原理

この蓄光材料は、従来の無機系蓄光材料にない利点を持っていると著者らは主張しています。まず、無機系材料では高価で希少な希土類元素を使わなければなりません。私が以前ご紹介したように[6]希土類元素は世界的に不足気味で心配されています(過去の希土類金属に関するブログはここをクリック)。今回の材料は希少な元素は全く使われていません。また、無機系材料の場合は製造する際に1000℃以上の高温が必要ですが、今回はPPTの融点である250℃程度まで加熱するだけで製造ができます。また、有機材料は構造をいわば無限に設計できるので、今後まだまだ高効率の材料が作られることが期待されます。

本論文は近年発達している有機電子デバイスの様々な知見を見事に応用した素晴らしい研究と思いました。実用には時間がかかるかもしれませんが、近い将来このような材料が出回るようになるでしょう。それではまた次回お会いしましょう。

 

参考資料:
[1] 希土類元素の1つ(原子番号61)で、希土類の中で唯一放射性の同位体のみ存在する元素である。
[2] 水素の同位体で質量数が3。半減期は12時間ほど。特別なプラスチックチューブの中に封じれば安全とされる。
[3] 根本特殊化学株式会社https://www.nemoto.co.jp/
[4] R. Kabe and C. Adachi Nature, 550, 384–387 (19 October 2017);http://dx.doi.org/10.1038/nature24010
[5]ドナーとアクセプターが接した状態で、光を当てるとアクセプターは電子が過剰になった状態となり、ドナーは電子が不足した状態となります。この状態から電子をアクセプター側から外部の回路に取り出し、ドナー側に戻してやると外部に電流が流れ太陽電池になります。
[6] https://www.kojundo.blog/news/931/

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。