| 石炭が化学工業の主要原料であった頃,アセチレン(C2H2)は,安価な電力で石炭から生産された炭化カルシウム(CaC2)を経てつくられ,化学工業の重要な中間体の一つでした。今回はアセチレンに関連する技術についてまとめます。 |
アセチレンと化学工業
石炭は〝燃える石〟として発見され,当初は燃料として使われました。その後,乾溜で得られる石炭ガス,コールタール,コークスの利用法もそれぞれ確立されました。
石炭ガスは17世紀初頭に知られ,19世紀には都市の夜間照明に用いられました。コールタールは17世紀半ばに石炭の乾溜で生じることが分かり,木材防腐剤などに使われました。さらにその蒸溜でベンゼン(C6H6)やトルエン(C6H5-CH3)などの成分が単離され,有機化学の進展につながりました。
コークスは,石炭の乾溜で揮発成分を抽出した後に残った物質で,骸炭とも呼ばれます。炭素を約80%含み,燃料のほかに製鉄では熱源及び鉄鉱石の還元剤として使われます。また,コークスを酸化カルシウム(生石灰,CaO)と共に加熱すると炭化カルシウム(カーバイド)を生成します(①式)。
3C+CaO→CaC2+CO …①
炭化カルシウムは,次に述べるアセチレンの原料のほかに,高温で窒素と反応させて得られる石灰窒素肥料のカルシウムシアナミド(CaCN2)の原料でもありました(②式)。
CaC2+N2→CaCN2+C …②
アセチレンは③式のように炭化カルシウムと水から得られます。石炭からアセチレンを工業的な規模でつくることが可能になると,アセチレンは化学工業で重要な原料になりました。
CaC2+2H2O→C2H2+Ca(OH)2 …③
アセチレンの炎は輝度が大きいため,当初は照明用に使われましたが,発熱量の大きさから鉄材などの切断や熔接にも使われるようになり,更に合成樹脂の原料などへと広がりました。
アセチレン灯はカーバイド灯とも呼ばれ,炭化カルシウムと水を使う照明器具です。構造が単純なため,手提げ式やヘルメット装着式の小型で軽量な物が製作されました。鉱山でも使われましたが,炭鉱ではメタンや一酸化炭素など可燃性気体や浮遊炭塵が坑内に存在するので,後に安全灯に取って代わられました。(⇒「カーバイド灯とアセチレン炎」についてはココをクリック)

ユニオン・カーバイド社の広告(1922年)
出典:Don O’Brienによる”Gaslight_(5151942999)”ライセンスはCC BY 2.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
高圧ガス容器(ボンベ)の安全と技術
高圧ガス容器は継目なし容器,熔接容器,複合容器に分類されます。このうち,鋼製継目なし高圧ガス容器は,1904(明治37)年頃に二酸化炭素用,1908(明治41)年頃に酸素用が輸入されました。昭和に入ると輸入品が研究されて国産品の生産が始まりました。
水素,ヘリウム,窒素,酸素,アルゴン,メタンなどの高圧気体(15M㎩程度)には一般的に継目なし鋼製高圧ガス容器が使われるのに対して,アンモニア,プロパン,ブタンなどの液化する気体には熔接などで組み立てられた容器が使われます。多くの高圧ガス容器では内部が中空であるのに対して,アセチレンの容器では容器内に充塡された多孔質物に溶剤を含浸させておき,そこにアセチレンを溶かし込みます。これは,アセチレンが不安定な物質で,高圧下で自己分解して爆発する危険性があることによります。
1896年にフランスのG.クロードとG.エスは,アセトン(CH3COCH3)がアセチレンをよく溶かすことを発見しました。次いでアセチレンのアセトン溶液を加圧下で多孔質の塊に吸収させることによって貯蔵や運搬中の爆発を防ぐ方法が考案され,後にN,N-ジメチルホルムアミド(DMF,HCON(CH3)2)も溶剤として使われるようになりました。
現在では,アセチレンの充塡量について,充塡後の圧力は15℃で約1.5M㎩以下,溶剤1㎏あたりの充塡量は次の値を超えないことなどが規定されています。
アセトン:0.55㎏ N,N-ジメチルホルムアミド:0.50㎏
アセチレンの容器には安全装置として合金製の可溶栓(fusible plug,溶栓とも)が付けられています。可溶栓は「安全栓」とも呼ばれ,空調冷凍機用冷媒などの容器にも用いられています。可溶栓には融点が約100℃の合金が封入されており,火災などで容器が加熱されると合金が融けて開栓された状態になり,アセチレンが放出されて容器の破裂を防ぎます。低融点の合金には鉛(Pb)やカドミウム(Cd)などの合金が使われていましたが,最近では別の成分に変わりつつあります。
アセチレン容器の内容物の割合は,溶剤がアセトンの場合,次のようです。
多孔質物: 8.0% 安全空間: 15~17%
アセトン: 42~43% アセトンの膨張: 32~34%
一般高圧ガス保安規則では,アセチレンを充塡する容器に用いられるアセトン及びN,N-ジメチルホルムアミドを浸潤させた多孔質物について,多孔質物の多孔度と容器内容積に対する溶剤の最大充塡比率が規定されています。多孔質物は容器内部を細分化して詰められ,アセチレンの分解が伝播する範囲を狭くし,アセチレンと溶剤の接触面積を大きくして溶解を促進し,溶剤を保持して容器外へ流出しないように工夫されています。
アセチレン容器を横にすると溶剤が流出するので,容器が倒れた場合には速やかに使用を止めて元弁を閉じます。容器を立てて使用を再開する場合には内部の溶剤が安定するまで数分間程度待つことが必要です。
なお,二酸化炭素,液化石油ガス(LPG),亜酸化窒素(笑気),アンモニア,フロン,塩素,酸化エチレンなど,容器内で気体が液化しているボンベも立てた状態で使います。横倒しの状態で弁を開けると圧力調整器(レギュレーター)に液体が入って作動不良を起こすことなどによります。
灯台の灯火の歴史
灯台は海上や港湾での安全な船舶航行のために必要で,夜間にはとりわけ不可欠ですが,昼間でも航行の目標になります。電子航法の技術が進歩した今日においても不可欠です。
古くは,紀元前7世紀にエジプトのナイル河口で寺院の塔で火を焚いたことに始まるとされ,狼煙に近いものでした。アレクサンドリアの大灯台(高さ約134m,14世紀の二度の地震で全壊)は世界の七不思議の一つとされ,紀元前279年頃から約20年をかけて港口のファロス島に建設されました。
大航海時代に入ると航路の安全確保は更に重要になりました。19世紀初め頃まで,灯台の灯火は篝火や焚き火でしたが,光量は小さく,効果的ではありませんでした。大光量の電灯や集光用レンズが考案されても,海岸線が長く多島海や岩礁が多い所では灯台の設置が容易ではありませんでした。浅瀬など必要な場所に航路標識用に灯船(灯台船,灯明船,浮灯台とも)が碇置されましたが,建造費と維持費に多額を要しました。
灯台を夜間に識別するには,パターンを変えて光を断続させる必要があります。光源に液化石油ガスが使われる灯台では,燃焼で生じる排気で得た動力で遮光や閃光の断続が行われましたが,やはり光量は充分ではなく,明滅の識別には数秒間程度の間隔が必要でした。アセチレンの炎は明るいので明滅の間隔を短くすることができ,複雑な信号も可能になりました。
N.ダレーンとその功績
スウェーデン・カーバイド&アセチレン会社の技術主任N.ダレーンは,1901年,アセチレンの溶解に関する特許(US patent:№664383,1900年12月25日)を買い,自動閃光装置の研究を始め,1904年頃に1㍑のアセチレンで数千回の閃光を出すことに成功しました。続く1907年には,日暮れに自動で点灯し,夜明けには自動で消灯するダレーン閃光明暗式信号機「ソルベンチル」(Solventil,「太陽弁」という意味)も発明しました。
ソルベンチルはガラス筒に4本の金属棒があり,1本は黒色,3本は金属光沢仕上げになっています。日光が当たると黒い棒が膨張して燃料弁が閉じるので消灯し,暗くなると黒い棒は他の棒と同じになって弁が開くので燃料が供給されて点灯します。感度の調節も可能で,曇天や霧にも対応しました。

AGA社のロゴ(左)とソルベンチル
〔左〕出典:作者:不明による”File:AGA_logotype_old”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
〔右〕出典:Daderotによる
”Sun_valve_designed_by_Gustaf_Dalen,_1912,_turns_lighthouse_on_at_night_and_off_during_the_day,_TM34299_-_Tekniska_museet_-_Stockholm,_Sweden_-_DSC01443”ライセンスはCC0(WIKIMEDIA COMMONSより)
ガス貯蔵器会社(Aktiebolaget Gas Accumulator,AGA)は,1904年に設立された産業用ガス会社で(2000年にリンデ社(Linde AG)に統合),ダレーンは1909年に同社の専務取締役となりました。
1912年,アセチレン容器の安全装置のテストで最大耐圧の計測を行ったとき,爆発しなかった1基を確かめようとダレーンが覗き込むと爆発しました。ダレーンは失明しましたが,1913年に会社に復帰して1937年まで経営を続けました。
1912年,ダレーンは「灯台や灯浮標などの照明用ガス貯蔵器に付ける自動調節機の発明」でノーベル物理学賞を受賞しました。彼は授賞式には出席できず,代理として,眼科医で3歳年上の兄が出席しました。
スウェーデンの化学者H.ゼーデルバウム(王立科学アカデミー総裁)は授賞の言葉を次のように結びました。-「物理学,化学,医学は,実験にあたる人の生命が時として危険にさらされるという点で相似ています。実験家が生命をかけなければならない場合さえあるのです。ここにいる私たちは皆,今年度のノーベル物理学賞受賞者が大事故の犠牲になり,そのために国王陛下の御手から賞を頂くことができないのを知っています。その代理にご兄弟の,カロリンスカ医科大学のアルビン・ダレーン教授が来ておられます。ダレーン教授,(中略)速やかにご全快になるように私ども一同がお祈りしていることをお伝えくださいますように,お願い申しあげます。」
ダレーンはアセチレンを安全に貯蔵・輸送できるようにする充塡用多孔質物の開発にも取り組み,「AGAマサン」(AGA-massan)を発明しました(US patent:№1767514,1930年6月24日)。AGAマサンはアスベスト(石綿),セメント,石炭でできていましたが,後に珪藻土も使われるようになりました。
AGAマサンによってアセチレンが安全に貯蔵できるようになると,灯台の灯火はアセチレンの光に代わり,それまでの液化石油ガスに比べて高輝度になりました。AGA社は自動で点灯・消灯する灯台や灯浮標(light buoy)を製造し,スカンジナビア地方の複雑な海岸では灯浮標は特に有効でした。灯台と灯浮標は,アセチレンの使用によって電力不要で旧来の1/10程度の燃料消費量で長寿命を実現し,長期間無人で機能することが可能になりました。
参考文献
「ノーベル賞講演物理学 第2巻」ノーベル財団著,中村誠太郎・小沼通二編(講談社,1979年)
「ノーベル賞受賞者業績事典 新訂版」ノーベル賞人名辞典編集委員会編(日外アソシエーツ,2003年)
「ノーベル賞受賞者人物事典 物理学賞・化学賞」東京書籍編集部編(東京書籍,2010年)
高圧ガス保安協会のホームページ(https://www.khk.or.jp)
一般社団法人日本産業・医療ガス協会のホームページ(https://www.jimga.or.jp)
園部利彦
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