炭素(C)-地球温暖化研究と脱炭素社会

地球温暖化の原因の一つとされる温室効果,そして気候変動に関する考え方は,早くも産業革命による影響が欧州諸国に波及した19世紀に提唱されました。社会全体が脱炭素をめざす中,環境への配慮からベジタリアン(菜食主義)やヴィーガン(完全菜食主義)の立場をとる人が増えているとされます。本稿では温室効果ガスを減らす対策にもつながる昆虫食についても取り上げます。

温室から地球大気を考える

18世紀になるとガラスが普及しました。ガラス窓がある部屋や馬車の中が温められることが分かると,太陽熱を効率良く捉えて更に高温が得られれば調理や金属加工にも使えるのではないかと考えられました。フランスの数学者で物理学者のJ.フーリエは,1827年,スイスの科学者H.ド・ソシュールが行った太陽熱を閉じ込める実験に言及しています。(⇒ド・ソシュールの実験についてはココを クリック)
ド・ソシュールの実験からフーリエは,大気は,入射する太陽放射に対しては透明であるのに対して,箱から出る上向きの放射に対してはガラス板のように振る舞うと考え,地球から放射される熱の多くは大気上端に達するまでに大気に捉えられるだろう,と推測しました。フーリエは,大気を有する天体であれば,地球以外の惑星やその衛星でも,大気の状態と組成によっては天体表面が加熱されると提唱しました。
次いで,イギリスの物理学者J.ティンダルは,1861年,水蒸気・二酸化炭素(CO)・オゾン(O)・メタン(CH)などが温室効果を示す気体であることを発見し,それらには地球の気候を変える可能性があることを指摘しました。

電解質の解離の理論で1903年にノーベル化学賞を受けたスウェーデンの化学者S.アレニウスは1896年,『宇宙の成立』の中で,石炭などの大量消費によって大気中の二酸化炭素の量が変化すれば,大気が吸収する熱量は大気から放散される熱量を上回っているので,温室効果によって気温に影響を与えるという考え方を示しました。彼は,フーリエとティンダルの研究を受け,独自に二酸化炭素の赤外線吸収率を設定して温室効果を定式化し,二酸化炭素濃度が倍増すると気温が5~6度上昇する一方,半減すると4~5度低下するとしました。しかしそれ以後,気候変動やその原因などに関する科学的な知識は浸透せず,その一方で,多くの観測から気候変動は次第に確実になりました。
大気中の二酸化炭素濃度の増加が地球温暖化に影響することを実証した業績によって2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎が,大気の鉛直温度分布のモデルを示し,そのモデルに基づいて二酸化炭素濃度が2倍になると気温が2.4度上昇するとの試算を示したのは1960年代のことでした。
現在では,地球温暖化は人為的なものであり,早急な対策が国際的に求められています。温室効果ガス(greenhouse gas,GHG)とは,大気圏に存在し,地表から放射された赤外線の一部を吸収することによって温室効果をもたらす気体のことで,環境省で年間排出量などが把握されている物質は次の6種類です。なお,カッコ内の数値(*は概数)は地球温暖化係数で,大気中に放出されたその物質が濃度あたりで100年間に及ぼす温室効果の強さを二酸化炭素を基準として表したものです。

二酸化炭素 (1)
メタン (25)
一酸化二窒素(亜酸化窒素,NO,298)
ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs,10~10000)*
パーフルオロカーボン類 (PFCs,7000~17000)*
六フッ化硫黄 (SF,22800)

蛋白質源と温室効果ガス

主な食肉の1㎏を生産するのに排出される温室効果ガスを二酸化炭素に換算すると,

牛肉:14.8㎏  豚肉:3.8㎏  鶏肉:1.1㎏

とされます。牛が排出する温室効果ガスが多いのは,腸内発酵で生成するメタンによると考えられ,牛から排出されるメタンは全世界のメタン排出量の約4割です。また,飼料用作物の肥料や排泄物からは一酸化二窒素も発生し,その量は全世界の排出量の約65%と見積もられています。

 

 

 

 

 

 

出典:Alisdare Hicksonによる”It’s a cowspiracy ! – Wake up and smell the methane. (23335965671)”ライセンスはCC BY-SA 2.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

上の写真のプラカードは,無臭の気体であるメタンの存在に気付けと訴えています。
気候変動枠組条約の締約国会議(COP)は1995年にベルリンで開催された第1回締約国会議(COP1)に始まり,1997(平成9)年に京都市で開催されたCOP3では先進国が温室効果ガスの排出量を削減することを約束する「京都議定書」が採択されました。
牛1頭(最終体重を700㎏とする)とトノサマバッタ70万匹(同1gとする)がそれぞれ最終体重に達すると,共に700㎏になり,それまでに排出される温室効果ガスの量(二酸化炭素に換算)を推算すると次のようになります。

牛:2400㎏(出生~出荷1000日,出生時体重30㎏として推算)
トノサマバッタ:34㎏(孵化~成虫40日,孵化時体重0.01gとして推算)

他の昆虫でも,温室効果ガス排出量は牛の1割程度です。昆虫の温室効果ガス排出量が牛より少ないのは,昆虫がメタンをほとんど排出しないことに加えて,変温動物であるために代謝量が小さいことによると考えられています。

家畜と昆虫はどちらも蛋白質源です。昆虫のうちで食べられているものは約2千種類,昆虫を食する人は約20億人とされます。昆虫の栄養成分は,乾燥重量の約半分を蛋白質が占めます。また,炭水化物としてキチンを含有します。そのほかには脂質・ビタミン・ミネラルが含まれ,ビタミンではB群が多く,ミネラルではリン・カリウム・カルシウム・亜鉛・鉄などが挙げられます。
昆虫は自然界の資源の一つですが,食品や飼料としては未開発です。食が文化であることも昆虫食の普及を阻んでいるようです。しかし,昆虫を家畜や養殖魚介類の飼料とする場合,生産に要する土地の面積が少なく水の使用量が少ないこと,与える餌の量が少なく成長管理が容易であること,可食部の割合が多く長期保存が可能なことなどが利点として挙げられます。国連・食糧農業機関(FAO)が2013年に公表した食品及び飼料における昆虫類の役割に関する報告によれば,昆虫を大規模に飼育して家畜などの飼料とすれば,食料生産のコストを低減し,人間の消費に回る魚介類の供給量を増やす可能性がある,としています。

日本では,飼料自給率を向上させるため,国産飼料の有効活用や循環型社会実現の観点から,これまで食品残渣(残飯)の飼料利用が行われてきました。しかし,例えばアフリカ豚熱(ASF)では輸入肉製品から生きたウイルスが分離され,豚熱(CSF)では加熱不十分な食品残渣の給餌によってウイルスが侵入した可能性が指摘されました。こうしたことから諸外国では,飼料原料となる肉類に含まれるウイルスを不活性化するために加熱処理が重視され,加熱条件の国際基準が決められ,更には食品残渣の飼料への利用を全面禁止する方向に向かっています。

昆虫は生物学的に哺乳類とは大きく異なり,家畜の飼料となった昆虫から病原体などが食肉を経て人間に伝播することは考えにくいとされます。食品残渣や家畜の糞尿(スラリー)の動物への給餌が禁じられている国でも,飼育された昆虫を飼料として使うことは認められるかもしれません。こうしたことからも昆虫は地球温暖化抑制策の一つになる可能性を秘めています。

益虫と害虫は人間の側の都合

名和昆虫博物館(岐阜市大宮町,岐阜公園内)は昆虫専門の博物館です。初代館長の名和 靖(1857~1926)は,幕末に美濃国本巣郡十五条村(現・岐阜県瑞穂市)に生まれ,1882(明治15)年に岐阜県農学校の助手になりました。その翌年の春に岐阜県郡上郡祖師野そしの村(現・下呂市金山かなやま町祖師野)で新種のチョウ(蝶)を発見し,ギフチョウ(Luehdorfia japonica)と命名したことなどでも知られています。

 

 

 

 

出典:Alpsdakeによる”Luehdorfia japonica on Rhododendron farrerae s3”ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

名和は,昆虫学研究によって害虫防除・益虫保護の方法を確立し,農作物の増産によって国の経済に寄与することを目的として,1896(明治29)年に名和昆虫研究所を創設しました。研究所の創設当時には農事試験場や大学などからも研究を委託され,その後は昆虫に関する知識の啓発・普及活動も行うようになりました。

 


〔左〕名和昆虫博物館  〔右〕記念昆虫館と「昆蟲碑」(令和4年7月・撮影)

例えば名和は,当時の鉄道院(後の日本国有鉄道,JR)から枕木のシロアリ(白蟻)被害についての調査を請け負い,全国から被害に遭った木を集めました。名和にとってその標本材はどれも貴重な物で,誤って捨てられないように彫り師に依頼して一本ずつ観音像に仕立てました。
名和昆虫博物館の1階に並ぶ3本の丸い主柱は,唐招提寺(奈良市五条町)の金堂と講堂の解体修理の際にもらい受けた古い柱を再利用したものです。唐招提寺の約1200年前のヒノキ(檜)材がシロアリの食害を受けていたので取り替えられることを知った名和は,シロアリ研究の一環として食害を受けた古材の保存を兼ねて利用することにしたのです。
名和は,〝昆虫翁〟と呼ばれてきましたが,老境に入って頭髪も白くなると〝白蟻翁〟と号するようになりました。

 

 

 

 

 

名和昆虫博物館の柱(再利用された唐招提寺の古材)
(令和4年7月・撮影)

本願寺岐阜別院(岐阜市西野町)には「驅蟲くちゆう之碑」があります。この碑は,名和の功績の顕彰と駆除された昆虫の供養のため,岐阜県下真宗本派同志会などにより1912(明治45)年に建てられたものです。(以下は碑文にルビを付して分かち書きにしたものです)
それ昆蟲ニ害ト益トアリ 國家ノ經濟ニ關スルコトすこぶル大ナリ 益蟲助クベク害蟲除カサルベカラズ 昆蟲ノ研究豈忽あにゆるがせニスベケンヤ 名和靖氏奮然この道ニ從ヒ奏功顯著ナルニ及ビ人亦ようやク驅蟲ニ努ムルニ至ル 想フニ此事殺生ニ屬ストいえども益蟲ヲ助ケ害蟲ヲ除クハ是もとヨリ大悲ノ行ナリ しからバ則チ駆蟲ノ靈タルモノ亦以テ瞑スベシ ここニ有志相謀リ碑ヲ建テその其靈ヲ弔フ
自然界に生きる昆虫を益虫と害虫に分ける境界は人間が設けたものにすぎません。害虫は農作物の収穫確保や社会の衛生環境維持などのために駆除されますが,脱炭素とSDGs(持続可能な開発目標)の観点から考えると,益虫と害虫の境界さえ変わるかもしれません。

参考文献
「虫の味」篠永 哲・林 晃史著(八坂書房,1996年)
名和昆虫研究所側面史,保科英人,きべりはむし,39,58~68(2017)
明治40年代「名和靖日記」,保科英人,科学史研究,58,39~55(2019)
「おとなの夜学007 薔薇之壹株昆蟲世界 明治に花開く昆虫印刷文化!?」NPO法人ORGAN編(岐阜市立図書館,2020年)
「昆虫食スタディーズ ハエやゴキブリが世界を変える」水野 壮著(化学同人,2022年)
「食品安全関係情報詳細」,内閣府・食品安全委員会のHP(https://www.fsc.go.jp/
農林水産省のHP(https://www.maff.go.jp/

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022~2025年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。