ボツリヌス毒素

はじめに

ボツリヌス毒素はボツリヌス菌から生成される分子量約15万の毒素で、神経毒に分類されます。構造は活性サブユニット(軽鎖、分子量約5万)と結合サブユニット(重鎖、分子量約10万)からなり、活性サブユニットはZn複合体の金属プロテアーゼです。したがって、微量元素の亜鉛がないと毒性を発揮できません。

 

最強の毒

ボツリヌス毒素は末梢神経の神経筋接合部で神経伝達物質のアセチルコリン(Ach)放出を非可逆的に阻害し、その結果、運動神経を遮断し、筋肉の麻痺(運動麻痺)が起こります。また、副交感神経終末でのAchによる神経伝達も阻害し、副交感神経遮断の症状(便秘、血圧上昇、尿閉、腸閉塞、いらいら感)を引き起こします。ボツリヌス菌(Clostridium botulinum、図1))は偏性嫌気性菌であり、低酸素状態でよく増殖します。菌は土壌、河川、海洋などの環境中に広く存在します1)。生存環境が悪くなると、芽胞を形成して生き残り、条件がよくなると発芽して増殖が起こります。毒素はA〜G型があり、よく見られるのはA、B、E型です。致死量は成人で0.09-0.15μg/静注、0.70-090μg/吸入、70μg/経口2)とされています。吸入の場合、理論上1gの毒素で100万人を死亡させることができます。最強の自然毒と言われている所以です。一方、ボツリヌス毒素はシナプス伝達の研究のための試薬としても使われています3)

図1. ボツリヌス菌. 内閣府 食品安全委員会ホームページ. (https://www.fsc.go.jp/sozaishyuu/shokuchuudoku_kenbikyou.data/Clostridium_botulinum_10000-01.jpg

 

ボツリヌス症

1.食事性ボツリヌス症
ボツリヌス毒素に汚染された食品の摂取によって発症します。通常の食中毒と違い、消化器症状は強くなく、下痢よりも便秘が特徴的です。視力低下、瞳孔散大、対光反射低下、眼瞼下垂など視覚異常を訴えます。重症になると呼吸筋麻痺で死亡します。治療として呼吸管理が重要です。ボツリヌス菌は低酸素環境下の食品中で増殖します。我が国では、1951年に北海道で自家製の「いずし」を原因とする中毒症例が報告されました。さらに、1984年6月、熊本県で真空パックされた辛子蓮根による集団食中毒が発生し、36人が発症、11人が死亡しました1)。ハム・ソーセージなどの食肉加工品は発色剤として亜硝酸塩が使われることがあります。亜硝酸塩で原料肉を漬け込むと、肉の色素を固定して発色がよくなりますが、ボツリヌス菌の増殖を抑える効果もあります。なお、ボツリヌスの語源はソーセージのラテン語 botulus であり、ソーセージやハムで食中毒が多く発生したからです。
2.乳児ボツリヌス症
生後1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を摂取すると、腸管内で発芽・増殖が起こり、乳児の腸管内に定着することがあります。症状は哺乳力の低下、便秘、筋力低下などです。重症の場合、死亡することもあります。厚労省も蜂蜜にはまれにボツリヌス菌が含まれていることがあるため、1歳未満の乳児に蜂蜜は与えてはいけないと注意喚起しています4)
3.創傷ボツリヌス症
創傷部位は嫌気性環境下になりやすく、ボツリヌス菌の芽胞が発芽することがあります。米国では麻薬の常習者の注射部位で感染が起こっています。
4.成人腸管定着ボツリヌス症
乳児と同様の機序です。抗菌剤の投与により、腸内細菌叢が変化した時に起こることがあります。

 

兵器

銃器や爆弾などの従来の兵器と異なり、NBC兵器と呼ばれる兵器があります。Nはnuclearで、核兵器です。Bはbiologicalで、ボツリヌス菌、炭疽菌、天然痘ウィルス、などの生物兵器です。Cはchemicalで、マスタード(第1次世界大戦でドイツが使用)、サリン(第2次世界大戦前にドイツが開発)などの化学兵器です。1975年「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発,生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」、1997年に化学兵器禁止条約「化学兵器の開発,生産,貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」)が発効しました。現在では、これらの兵器は国際的に禁止されています。しかし、B、Cは比較的簡単に開発、製造でき、小型で所持しやすいため、テロリストが使う可能性があります。実際、オウム真理教はテロの手段として、サリンを実際に使用し、また、ボツリヌス毒素の製造や使用実験をしていました。

 

医療

最近のトピックとして、ボツリヌス毒素の筋弛緩作用を利用する臨床医学的使用があります。
我が国では、ボトックス(A型ボツリヌス毒素)が1996年に眼瞼痙攣、2000年に顔面痙攣、2020年に過活動性膀胱の治療薬として保険適応になりました。また、現在、美容外科で保険適用外の自由診療として、皺取りやエラ取りの目的で使われています。その効果は半年ほど持続するとされています。

 

終わりに

ボツリヌス毒素によって引き起こされるボツリヌス症は死亡例もあることから、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の4類感染症(動物、飲食物等の物件を介してヒトに感染する感染症)に指定されています。診断した医師は直ちに保健所に届け出る義務があります。また、ボツリヌス毒素は強力であり、テロリストが使えば重大事件になります。しかし、医療目的として眼瞼痙攣の治療や美容目的のシワ取りに使われています。毒も使いようです。

 

(参考)
1. ボツリヌス症 病原微生物検出情報 国立感染症研究所 Vol.29 No.2(No.336) 2008.2 https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/backnumber/336.pdf
2. Botulinus toxin as a biological weapon. Medical and public health management. JAMA 2001;285:1059-1070.
3. ボツリヌス菌毒素(ボツリヌストキシン). 毒素およびターゲットトキシン. FUNAKOSHI ホームページ. https://www.funakoshi.co.jp/contents/67563
4. ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから. 食中毒. 厚労省ホームページ. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000161461.html

The following two tabs change content below.

上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。

最新記事 by 上村 公一 (全て見る)