はじめに
鉄(Fe)は原子番号26の元素で、重金属です。Feは地殻の約5%を構成し、身の回りによくある金属です。金属鉄は鉄鉱石を精錬して得られ、建造物、機械、道具などの重要な材料です。また、Feは生体の必須元素であり、赤血球のヘモグロビン、筋肉のミオグロビン、ミトコンドリアの電子伝達系酵素のシトクロムCオキシダーゼ、などのヘム鉄の構成要素です。Feはレバー、赤身肉、赤身魚、あさりやしじみなどの貝類に多く含まれます。通常、必要量は食事で摂取できますが、鉄を補給するためにサプリメントを服用している人も多いです。何らかの理由でFeが不足すると赤血球合成に異常が見られ、鉄欠乏性貧血になります(赤血球が小型化する小球性貧血)。しかし、過剰になると毒性があります。
Feの代謝1)
Feは経口摂取されると、Fe2+が小腸から吸収されます。吸収率は高くなく、2〜10%とされています。吸収されたFe2+はFe3+に変換され、小腸粘膜内でフェリチンと結合して複合体となり、血中に入ります。さらに、血中でトランスフェリンと結合し、多くは骨髄に運ばれヘモグロビン合成に使われます。他は肝臓・脾臓に運ばれフェリチンやヘモジデリンとして貯蔵されます。生体の全鉄量の約60%は赤血球のヘモグロビンにあります。赤血球の寿命は約120日で、古くなった赤血球は脾臓で分解され、Feは再利用されます。しかし、ヘム鉄を含む酵素は一般的な細胞にもあり、古くなった細胞は入れ替わっているため(特に消化管粘膜細胞)、一定量のFeは常に生体から失われます。また、消化管出血や月経などで血液を失うと、Feも同時に失われます。Feの必要量は成人男性で6.0mg/日、女性で8.7mg/日とされています。一方、Feを積極的に生体から排泄するしくみはありません。
毒性
貧血の治療薬の鉄剤(硫酸鉄、フマル酸第一鉄、クエン酸第一鉄ナトリウム)の多量摂取や過剰な輸血によりFeの毒性が現れます。貧血の治療薬の鉄剤はよく処方される医薬品であり、家庭でよく見かけます。中毒例としては、多量服用や幼児の誤嚥があります。服用された高濃度のFeは消化管粘膜に腐蝕作用があり、体内に吸収されると過剰なFeは細胞内で障害を起こします。生体内ではミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)から活性酸素腫(スーパーオキシド)が漏れ出しています。漏れ出した活性酸素腫は有害なので、すぐにSOD(superoxide dismutase)で処理され、比較的毒性の低い過酸化水素になります。この時、細胞内に過剰なFe2+があると次の式のフェントン反応が起こります。
H2O2 + Fe2+ → •OH + OH– + Fe3+
ここで生成されるヒドロキシルラジカルは非常に反応性が高く、ミトコンドリアなどの生体膜の損傷や脂肪の過酸化を起こします。
中毒症状は、摂取後1時間以内に悪心・嘔吐があり、次に下痢、腹痛、吐血、下血が現れます。重症の場合、意識障害、血圧低下、ショック、代謝性アシドーシスが生じます。なお、通常量の鉄剤を常用していると便は黒くなりますが、これは下血ではありません。
重症度は血中のFeのピーク濃度で決まります。Feの血中半減期は3〜8時間なので、摂取後4〜6時間後の血清鉄の濃度で重症度が予測されます(正常値 50〜150μg/dL、軽症 150〜350μg/dL、中等症350〜500μg/dL、重症500〜1000μg/dL、致死 >1000μg/dL)。
Feの多量服用の場合、中毒量は20mg/kg、致死量は60mg/kgとされています。成人では1200mg程度を摂取しないと中毒にならないように見えますが、個人差があります。貧血気味の人はFeの小腸からの吸収率が高くなっていて、より少ない服用量でも中毒になります。また、小児では同じ服用量でも重症になります。重症の場合、鉄は肝臓などの臓器に取り込まれ、各臓器を障害します。
治療は服用の1時間以内なら胃洗浄が有効です。血清鉄濃度が500μg/dL以上なら鉄キレート剤のデフェロキサミンの静脈投与が有効で、血中でFeと結合し、腎臓から排泄されます。摂取後6時間以内に症状が現れなければ、重症中毒のリスクは低いとされています。2)
中毒例3)
成人女性、鉄欠乏性貧血のため処方されていた鉄剤(クエン酸第一鉄ナトリウム)50mg錠を48錠服用した。約1.5時間後に救急病院に搬送された。来院時、腹痛・嘔吐あり、血圧正常、脈拍120/分、意識レベル JCS Ⅱ-10(傾眠状態、呼びかけるとすぐに開眼する)、血液生化学検査で肝機能に異常なし。血清鉄は時間外のため緊急測定できず。点滴開始。2日目に肝機能障害出現、血清鉄 347μg/dLであり、中等症と判断され、デフェロキサミンが投与された。3日目から譫(せん)妄状態となり、肝機能悪化、また、播種性血管内凝固症候群を合併し、6日目に死亡した。救急搬送直後の血清鉄は2658μg/dLであった。本例は一般的な致死量より少ない摂取量であったが、急激に血中鉄濃度が上昇していた。鉄欠乏性貧血のため鉄吸収率が上昇していたためと考えられた。
終わりに
Fe欠乏は出血、過多月経や過度の食事制限で起こります。しかし、Feを生体から能動的に排泄するしくみはないため、過剰摂取により中毒が起こります。Feをサプリメントとして摂取する場合、注意が必要です。
(参考)
1. 上条吉人. 鉄化合物 臨床中毒学 第2版. pp.427-431. 医学書院. 2023.
2. 鉄中毒. MSDマニュアルプロフェッショナル版. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/22-外傷と中毒/中毒/鉄中毒
3. 水谷敦史ら. 急性鉄中毒に起因する急性肝不全により死亡した一例. 日集中医誌 2013;20:75-9.
