はじめに
今回は法医学的な話題です。薬物事件では当然ですが、薬物を検出しないとその事実を証明できません。通常、薬物の検出するための試料は血液、尿などの検体です。解剖例では臓器が使われることもあります。ただし、毛髪からの薬物検出が行われる場合があります。
毛について
毛には硬毛と軟毛があり、前者は頭毛、須毛(ひげ)、腋毛 (わきげ)、陰毛、眉毛、睫毛(まつげ)、鼻毛など、後者は毳毛(うぶ毛)です。主成分はケラチンという蛋白質です。毛は皮膚から外部に出ている毛幹部と毛包に包まれている毛根部(毛球)に分けられます。毛幹部は毛小皮、毛皮質、毛髄質の3層構造であり、毛小皮は動物種により特徴的な形態を示します。毛皮質にはメラニン色素顆粒を含む皮質細胞があり、黒色のユーメラニン、赤色のフェオメラニンがあり、毛の色調が決まります。軟毛や細い硬毛には毛髄質はありません。太い毛の毛髄質にはメラニン顆粒を含む細胞と多数の空胞があります。ヒトは毛の直径に対する毛髄質の割合が小さいのが特徴で(30%以下)、毛の人獣鑑別の指標となります1)。毛根部には毛を作り出す毛乳頭があります。
毛髪の検査
毛髪の形態検査は肉眼、顕微鏡、走査電子顕微鏡などが使われます。犯罪現場などから採取された毛髪の異動識別をする場合、長さ、太さ、形状、色調、染色の有無、特異な毛髪(黄菌毛、連珠毛、白輪毛)、ABO式血液型が用いられます1)。近年は毛髪を用いたDNA鑑定が行われています。毛包があれば毛球の毛母細胞に多くのDNAが含まれ、容易にDNAを抽出・増幅できます。また、毛幹部でも毛髄質に微量のDNAがあるため、DNA鑑定ができる場合があります。
毛髪による薬物の取り込み
毛皮質の85〜90%はケラチンとメラニン色素からできています。毛髪は毛根部の毛母細胞で作られ、毛幹部の方向に角質化しながら押し上げられます。毛乳頭に毛細血管が入りこみ、毛母細胞に栄養を供給しています2)。薬物は血中に入り、毛乳頭の毛細血管から毛母細胞に取り込ます。そこで、静電相互作用やπ-π相互作用によりメラニン色素と結合して、毛髪内に蓄積します。取り込まれた薬物は毛髪の伸長とともに先端に移動します(図1)。一般に成人の頭髪は1日に0.3〜0.4mm成長します3)。つまり、月平均で約1cmです。
図1(髪の毛の図解(断面図))
毛髪による薬物分析
毛髪の表面は環境の外来物質で汚染されています。薬物分析にあたり、エタノールなどの有機溶媒やTweenⓇ20などの界面活性剤でよく洗浄します。さらに、酸やアルカリによる可溶化、酵素によるタンパク分解などを行った後、毛髪のメラニンから目的の薬物を抽出します2)。毛髪は質量が小さく、取り込まれる薬物も微量です。微量であっても、分析方法を工夫すれば、薬物分析が可能になります。例えば、放射化分析、X線マイクロアナライザーを用いれば、検体に含まれる元素の種類と量がわかります。たとえば、ヒ素、水銀、カドミウムについては、環境汚染の程度やこれらの有毒金属の摂取の有無がわかります。有機化合物である医薬品や違法薬物(覚醒剤、麻薬)はGC/MS、LC/MS/MSで分析されます。薬物を摂取した場合、生体では代謝により、血中から1〜2日、尿中から1日〜1週間で薬物は消失します。また、高度腐敗死体では血液や尿は採取できません。また、薬物摂取後長時間経過している場合、血液や尿を検査しても薬物を検出できないこともあります。このような場合、毛髪に取り込まれた薬物成分を検出することで、使用された薬物を特定できるだけでなく、毛髪中の取り込まれた位置から摂取した時期の推定も可能となります。つまり、毛根部から1cm毎に毛髪を切断し、薬物分析をすれば、1か月毎の薬物使用歴がわかります。もし、3mm毎に分析できれば約1週間毎の薬物摂取歴がわかります。これを利用して、4か月前の睡眠薬を飲まされて性被害にあった被害者から採取した頭髪の薬物鑑定により、睡眠薬Zolpidem、Alprazolam の使用が証明されました4)。 2015年、毛髪1本から薬物の検出が報告されました。ここではトリプル四重極質量分析計+リニアイオントラップを使った LC/MS/MS分析による超高感度薬物分析が薬物検出を可能にしました。この場合、Zolpidemの検出感度は毛髪2cmで50fg(50×10-15g)でした5)。
終わりに
薬物犯罪の証明のために毛髪の薬物分析が使われることがあります。毛髪中の薬物はごく微量なので、超高感度分析が必要になります。現在では毛髪1本から薬物を検出できるようになりました。薬物分析の進歩が社会の安全に貢献しています。
(参考)
1. 澤田英夫、藤田義彦. 生体成分の分析(物体検査). 法医裁判化学 第3版. p.237-238. 廣川書店 2004年.
2. 水野大. 毛髪を用いた薬物分析. ぶんせき 12; 589-590, 2017.
3. 中澤泰男. 毛髪試験. 吉村英敏編. 裁判化学、p.248. 南山堂、1991.
4. Sasaki K., et al. Incorporation of five common hypnotics into hair after a single dose and application to a forensic case of drug facilitated crimes. Forensic Sci Int. 2021 Aug;325:110881. doi: 10.1016/j.forsciint.2021.110881. Epub 2021 Jun 21.PMID: 34237583
5. Shima N., et al. Single-hair analysis of zolpidem on the supposition of its single administration in drug –facilitated crimes, Forensic Toxicol. 33; 122–130, 2015.
