本年のノーベル化学賞は「金属―有機物フレームワーク(Metal-Organic Framework, MOF)」の開発で日本の北川進博士(京都大学)、オーストラリアのRichard Robson博士(メルボルン大学)、そして米国のOmar Yaghi博士(カリフォルニア大学バークレー校)の3名に贈られました1 。以前MOFと北川博士のご研究については、このニュースでもご紹介しており、今回一部内容は重なりますが改めて説明させていただきます。
MOFというのは、金属イオンを有機化合物と連結させた、立体的で空孔を持った構造の化合物のことです。高校でターンブルブルーとかベルリンブルーとかいう名前の化合物を習ったことを覚えておられるかもしれませんが(実は両者は同じ化合物で、プルシャンブルーなどとも呼ばれています)、鉄(II)と鉄(III)イオンの間をシアン化物イオン(CN−)がつないでいるジャングルジムのような構造(図1)となっていて、その隙間には水分子などが含まれています。これと似た考えで、金属を結合部に用い、棒の部分を有機化合物にすれば、棒の長さや形を自由に変えることができるので、さまざまな大きさの空孔を持った物質ができる事が期待できます(図2)。また、金属はこの構造のように6本の結合を持つものだけでなく、4本の結合を持つものもあり、さらに構造の自由度を増やすことができます。
図1 3次元構造を持つターンブルブルー。赤と黒の鉄はそれぞれ+2価と+3価の鉄を表します。https://en.wikipedia.org/wiki/Prussian_blue より
図2 金属(赤玉)と棒状の有機物(灰色)から、3次元MOFを作るイメージ図。
なお金属原子やイオンに有機化合物を結合させたものは錯体と呼ばれ、今回の研究は錯体高分子の一種ともいえます。錯体中での金属と有機物の結合は配位結合と呼ばれる結合が多く見られます。金属の種類にもよりますが、配位結合は、炭素原子間の結合と異なり、金属イオンと棒状分子を混ぜることで容易に生成します。この性質を利用すると、金属と有機化合物からMOFを簡単に作ることができるというアイデアが試されてきましたが、平面状に連なった分子を作ることでさえ、なかなかうまくいかない時代が続きました。
最初に突破口を開いたのが、今回の受賞者の一人R. Robson博士でした。彼は炭素原子に同一の部品を4つ結合させた分子(図3)を作りました。その分子は金属イオンに結合しやすい窒素原子を持つものでした。この分子と銅イオンを反応させることで、ダイヤモンドを拡張したような構造を持つMOF(下記の動画参照 )を初めて合成することに成功しました2。MOFの空孔の中には陰イオンと溶媒分子が入っています。
図3 Robsonが用いた金属をつなぐ有機分子(実際には立体的な構造)。
動画 Robsonが合成したMOFの構造(一部分)。
北川博士は金属イオンを使って平面上につながる錯体高分子を作る研究も行っていましたが、3次元空間に広がったMOFを作ることにも成功しました。金属としてコバルトを含むMOFは、その構造を壊すことなく、空孔の中にメタン、窒素などの気体の分子を自由に出し入れできることがわかりました3。北川博士のグループは単に固定した構造のMOFではなく、荷物の量に応じてその厚みを変えることができる旅行用キャリーバッグのように、MOFの構造が変化することで多くの気体分子がスムーズに出入りできる分子も提唱しました(図44 )。
Yaghi博士らは、さらに大きな空孔を有するMOFの開発を行ってきました。彼らはreticular synthesis(網目合成)という概念を発表しています。彼らは単に金属イオンをMOFの各交点に置くのではなく、金属イオンと有機物を組み合わせたユニットをMOFの交点とし、それらを剛直な有機分子でつなぐことによって、様々な大きさの空孔を有し、しかも壊れにくいMOFを作り上げることに成功しました(図55 )。彼らは、非常に多くの気体分子を吸収できるMOFを多数報告しています。

図4 (a)北川博士らが開発したMOFの構造の一例(文献4のデータから作成)。(b)荷物の量に応じて、大きさを変えることができるキャリーバッグ。 (c) キャリーバッグのように構造が変化することで気体を多く収納できるMOFのイメージ。


図5 (a) 金属と有機物からMOFの頂点部分ををつくり、それらを使ってMOFを合成する際のイメージ図。青い球は空孔部を表す。
(b) Yaghi博士らが報告したMOFの構造の一例(文献5のデータから作成)。
北川博士らは現在これらのMOFを社会で役立てるために、企業とも連携しながら研究を進めておられます。例えばメタンなどの気体を貯蔵する高圧ボンベは非常に重く、扱いも危険なものですが、MOFであればボンベ以上の密度でより安全に気体を貯蔵することができるとのことです。またPFASを選択的に吸収するMOFがあれば、有害物質の除去もできます。MOFによっては二酸化炭素を選択的に吸収できるものもあるので、空気中の二酸化炭素を吸収して濃縮することが、少ないエネルギーで可能となります。得られた二酸化炭素をつかって燃料を合成することができれば、空気から燃料をとりだせるという夢を語っておられます。まさに霞を食べて生きる仙人みたい ですね。日本人を含む化学者の力で将来が切り拓かれていくことに大いに期待したいと思います。ではまた次回。
1ノーベル財団のサイトhttps://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2025/summary/
には3人の業績を詳しく紹介した以下の文章があります。2025年10月25日閲覧https://www.nobelprize.org/uploads/2025/10/advanced-chemistryprize2025-1.pdf
2B. F. Hoskins and R. Robson, J. Am. Chem. Soc., 1989, 15, 1989. pdfダウンロード可 https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/ja00197a079
3M. Kondo, T. Yoshitomi, K. Seki, H. Matsuzaka, and S. Kitagawa, Angew. Chem., Int. Ed. Engl., 1997, 36, 1725. pdfダウンロード可
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/anie.199717251
4R. Kitaura, K. Fujimoto, S. Noro, M. Kondo, and S. Kitagawa, Angew. Chem., Int. Ed. Engl., 2002, 41, 133.
https://doi.org/10.1002/1521-3773(20020104)41:1<133::AID-ANIE133>3.0.CO;2-R
5H. K. Chae, D. Y. Siberio-Pérez, J. Kim, Y.-B. Go, M. Eddaoudi, A. J. Matzger, M. O’Keeffe, O. M. Yaghi, Nature 2004, 427, 523. https://doi.org/10.1038/nature02311
坪村太郎
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