画期的なインフルエンザの検査方法となるか:味覚で感じる検査方法

毎年寒くなるとインフルエンザの流行が伝えられます。特に2025年秋からのシーズンは多くの患者が報告されました。インフルエンザによって亡くなる方は、新型コロナウイルスが恐れられていた頃を除いて毎年2000人以上と報告されており1、決して侮れない病気です。現在はインフルエンザウイルスの感染を家庭でも調べられる抗原検査キットを買うこともできますね。インフルエンザウイルスは図1のような構造となっていて、コロナウイルスと同様に、球形の体の周りにタンパク質の突起を持っていて、これが感染に重要な働きをします。インフルエンザウイルスではヘマグルチニン(H)が宿主細胞の表面に結合することで宿主の細胞に入り込みます。また、ノイラミニダーゼ(N)は宿主細胞の中で増殖したウイルスが細胞から外へ出るときに、宿主細胞表面のノイラミン酸を切断する働きのあるタンパク質です。インフルエンザ治療薬のザナミビル(商品名 リレンザ )とオセルタミビル(商品名 タミフル)は、ウイルスのノイラミニダーゼに結合することで、ウイルスの活動を抑制するとのことです2。インフルエンザウイルスにはA型、B型のような種類がありますが、そのうち特にA型には多くの変異があり、これはタンパク質HとNの構造が少しずつ違うことで生じます。それらを区別するために、同じA型インフルエンザでも例えばH1N1亜型とか、H2N2亜型とかのように呼ばれているのです。

図1 インフルエンザウイルス。 球状のウイルスで、周囲にタンパク質のヘマグルチニンとノイラミニダーゼが突き出ている。https://de.wikipedia.org/wiki/Orthomyxoviridae内の図を一部改変。CC BY 4.0

抗原検査キットは日本では比較的簡単に手に入るようになりました。しかし、もっと簡便に、確実に感染を知ることができれば、様々な国において、感染者が市中を歩き回ってさらに感染者を増やすことを防ぐことができます。今回はドイツの研究者たちが考えた、画期的な検査方法 についてご紹介します。

図2 新しいウイルス検出の概念図。ウイルス表面の酵素に認識される分子に香料成分の分子が結合した薬を口中に置く。そこにウイルスが作用すると香料成分が切り離され、舌で感じることができる。

研究者たちは人間の舌をセンサーにすることを思いつきました(図2)。上述の通り、ウイルスの表面にはシアル酸に結合した分子を切り離すノイラミニダーゼがあります。そこで、シアル酸に、チモール(thymol)という分子を結合した物質を検査試薬として使うことを考えました。

図3 シアル酸類似物とチモール部分が結合した分子にノイラミニダーゼが作用するとチモールが放出される反応。本来のシアル酸は青字のCH3(メチル基)の代わりにHとなっている。

チモールは香辛料のタイムの成分で、特有の強い香りと刺激的な味がする物質で、歯磨き粉などの成分としても利用されています。インフルエンザウイルスがこの物質に作用すると、チモールが放出され、それを舌が感じると言う仕組みです。
一つの問題点は、インフルエンザだけでなく、多くの細菌やほ乳類もノイラミニダーゼを持っているということです。インフルエンザのノイラミニダーゼだけに反応しなくてはいけません。そこでこの研究では構造を少し変えたシアル酸を使っています。図3にその詳細を示しました。今回用いている「シアル酸類似物」にはO-CH3基が2箇所あります。本来のシアル酸はこれらがO-Hとなっています。この違いをつけたことで、細菌のノイラミニダーゼでは全くチモールが放出されず、ウイルスのノイラミニダーゼのみがチモールを放出することが分かりました。論文では細菌とウイルスのノイラミニダーゼの構造の違いからこの理由を考察しています。

今回の研究では実際に人間の舌を使った実験までは行われていませんが、実際のインフルエンザ罹患者のだ液を使って、30分後には人間が感知できる濃度のチモールが生成することが分かりました。例えば、フィルムやチューイングガムに今回開発された分子を含ませておけば、それを口に入れるだけで、インフルエンザに罹患しているかどうかが分かるはずです。これならば、従来の抗原検査キットよりはるかに安価に検査ができることが期待されます。研究者らは同じ原理でチモール以外に味覚成分等を放出する試薬も作れると言っています。これは面白い試みと思いました。ひょっとすると数年以内にはこのようなキットが市販されるようになるかもしれませんね。それではまた次回。

1  政府統計 https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411673 2025年12月30日閲覧。
2 PDBj入門から。https://numon.pdbj.org/mom/113?l=ja 2025年12月30日閲覧。
3 M. Raschig, M. Gutmann, J. Kehrein, E. Heller, M. Bomblies, M. Groß, O. Steinlein, P. Riese, S. Trittel, T. Lühmann, C. A. Guzmán, J. Seibel, H. Jehle, C. Linz, S. Hackenberg and L. Meinel, ACS Cent. Sci., 2025, 11, 2172–2179. オープンアクセスの論文で誰でも見ることができます。https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscentsci.5c01179

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。