| 世界は地球温暖化抑制のため脱炭素へと動いています。温室効果は,18世紀に太陽熱を利用しようとする工夫から見出され,その理論的実証は20世紀になされました。今回は二酸化炭素を取り上げ,温室効果研究の歴史と共にご紹介します。 |
〝温室〟の実験
温室の歴史は古く,例えば古代ローマ時代,透明な石膏の板材で囲った中で寒冷期に苗を育てたことが記録されています。
ガラスは中世の頃までは貴重品でしたが,近世には板ガラスの製造法が開発されました。17世紀以降,植物園などにガラスを使った温室ができ,植物の栽培のほかに果実の熟成などにも使われるようになりました。18世紀になると板ガラスはさらに普及し,多くの人がガラスが太陽熱を閉じ込めること,例えば陽光が当たる部屋や馬車の中の温度上昇などに気付きました。さらに高い温度が得られれば調理や金属加工への応用も期待されました。
スイス・ジュネーヴのアカデミーの研究者H.-B.ド・ソシュール(1740~1799)は,物理学,地質学,山岳気象を研究しました。彼は,水銀気圧計による高度の測定,毛髪湿度計,小球とアンテナを用いた電位計,空や水の青さを測定する比色板,変わりやすい風速を雲の流れから推測する方法などを考案しました。
ド・ソシュールは,アルプスの山々に登って気象観測を行い,気温や湿度の高度との関係などを考察しました。そうした中で彼は,山上は太陽光があっても寒い理由を確かめるため,太陽熱を捉える箱を作り,それを山に持って行って空気が太陽光でどれぐらい暖められるかを調べることにしました。この箱(boëte)を彼は「閉じた容器」(vase fermé)と呼んでいます。
ド・ソシュールの著書『アルプス旅行記』の35章〈山上の寒さの原因〉によれば,その箱の外側はモミ(樅)でできており,黒ずんだコルク板で内張りされ,透明なガラス板が棚状にはめ込まれています。温度の測定は3本の温度計(①箱内部の底,②箱外部のコルク材の上,③外気温用)で行われました。

ド・ソシュールの装置の再現
出典:Rob Wessonによる”Heliothermometer”
ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
1774年に2箇所で行われた測定の結果は次のようでした。(クールマイユールの標高はクラモン山より約1510㍍低い)
7月16日/クラモン山: ①70℃,②21℃,③5℃
7月17日/クールマイユール: ①69℃,②27℃,③19℃
この実験を受けてド・ソシュールは,山上でも箱の中の空気層は太陽光によって十分に加熱されることを確認した上で,山頂付近では周囲の空気が低温であるために気温が低いと結論付けました。
フランスの数学者・物理学者J.フーリエは,ド・ソシュールのこの実験に注目しました。1827年,フーリエは,大気はガラス板のように太陽熱を通過させて地表を温め,地表から出る上向きの熱放射の大部分は大気上端に達しないうちに大気によって捉えられるだろうと推測し,大気を有する天体であれば大気の状態と組成によってはその天体の表面が加熱されると提唱しました。
温室効果と温室効果ガス
1859年,アイルランドの物理学者J.ティンダルは,二酸化炭素(CO2)と水蒸気が温室効果を示す気体であること,オゾン(O3),メタン(CH4)も同様の効果を示すこと,これらの気体には地球の気候を変える可能性があることを指摘しました。ティンダルは,コロイド粒子が光を散乱し光路が観察できる現象(ティンダル現象)の発見や,空が青く見える機構の解明でも知られます。
気象庁のホームページにある「展示室1 温室効果ガスに関する基礎知識」には,温室効果ガスの例として次の物質が挙げられています。
二酸化炭素,メタン,一酸化二窒素(N2O)
クロロフルオロカーボン(CFC-11)=トリクロロフルオロメタン(CCl3F)
ハイドロフルオロカーボン(HFC-23)=トリフルオロメタン(CHF3)
テトラフルオロメタン(CF4)、六フッ化硫黄(SF6)
フーリエ,ティンダルらの研究をもとにして,スウェーデンの化学者S.アレニウスは,1896年,自著『宇宙の成立』の中で,大気が吸収する熱量は大気から放散される熱量よりも大きいので,石炭など化石燃料の大量消費によって大気中の二酸化炭素濃度が増加すれば,温室効果によって気温に影響がもたらされる,という考えを述べました。アレニウスは,稀薄溶液の電気伝導度の測定,電解質の解離(電離)の理論などの功績で1903年のノーベル化学賞を受けた人です。
アレニウスは,二酸化炭素の赤外線吸収率を設定して温室効果を独自に定式化し,二酸化炭素濃度が倍増すると気温が5~6K上昇する一方,半減すると4~5K低下すると算出しました。
次に示すのはアレニウスの『宇宙の始まり』からの引用です。同書は,先に出版した『宇宙の成立』が好評で,宇宙論に関して人々から質問を受けたので,アレニウスがそれに答えるため,有史以前から関心をもたれていた宇宙進化に関する種々の考え方をまとめたものです。『宇宙の成立』のⅧ章には、それまでの温室効果研究を次のように総括しています。なお,文中の「太陰」は月,「雰囲気」は大気,「遊星」は惑星のことです。
-水星や太陰のように全く雰囲気をもたない遊星や衛星の場合にはこの計算によって完全に正しい数値が得られるのである。しかし,雰囲気の存在する場合にはこの関係はある点で少し変ってくるので,このことは既に19世紀の初めにフリェー(Fourier)が指摘しているところである。その理由は,雰囲気がこれに入射する太陽の輻射を通過させる程度は暗黒物体の表面から出る熱輻射を通過させる程度と同一でなく,前者よりも後者が多いからである。これには雰囲気中の水蒸気と炭酸ガスが重要な役目をつとめるので,これについては既に各種の自著論文で詳細に報じておいた。
気候変動と実証された温室効果
アレニウスはまた,『宇宙の始まり』の〈序〉で次のように記しています。
-我々は今『最上の世界』に住んでいるという人が折々ある。これについては余り確かな根拠からは何事も言い兼ねるのであるが,しかし我々は-少なくも科学者たちは-最上の時代に生活していると主張しても大丈夫である。それで我々は次のようなことを歌ったかの偉大なる自然と人間の精通者ゲーテとともに,未来は更に一層より善くなるばかりであろうという堅い希望を抱いても差支えはないであろう。
げに大なる歓びなれや
世々の精神に我を移し置きて
昔の賢人の考察の跡を尋ねみて
かくもうるわしくついに至りし道の果て見れば。
ストックホルムにて 1907年8月
しかし,残念ながらその後の地球環境は,工業化による汚染や異常気象などによって,科学者たちが「最上の世界に生活していると主張しても大丈夫」とした状況が後退したと言わざるを得ないのではないでしょうか。
アレニウス以後も,気候変動やその原因などに関する科学的知識は浸透しませんでした。その一方で,多くの観測から気候変動の事実は徐々に確実になっていきました。
大気中の二酸化炭素濃度の増加が地球温暖化に影響することを実証した業績によって,2021年のノーベル物理学賞は眞鍋淑郎,ドイツのK.ハッセルマン,イタリアのG.パリシの三人に与えられました。眞鍋氏が,大気の鉛直温度分布のモデルを示し,そのモデルに基づいて「二酸化炭素濃度が2倍になると気温が2.4K上昇する」との試算結果を示したのは1960年代のことでした。
このように,地球温暖化の有力な原因とされる温室効果の考え方と,気候変動が実際に起きるという考え方は,産業革命が欧州全体に影響を及ぼすようになった19世紀に確立しました。現在では,地球温暖化が人為的なものであり,早急な対策が必要であることが科学的かつ国際的に認められるようになりました。
水中の二酸化炭素量を測定した猿橋勝子
猿橋勝子は,東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を卒業後,東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)に合格したものの,翻意して,開校後間もない帝国女子理学専門学校(現・東邦大学理学部)に入りました。
帝国女子理学専門学校では,二・三年時の夏休みに大学や研究機関に実習生として派遣されるのが通例でした。猿橋は幼い頃,雨が降る機構に興味をもったことがあり,中央気象台研究部を選び,三宅泰雄の指導を受けることになりました。
三宅は,猿橋を実習生としてではなく,嘱託研究員として処遇しました。当時は男性が戦争に多く駆り出された時代で,彼女は即座に戦時研究に動員され,例えば飛行場における霧の消散がテーマとして与えられました。
霧やオゾン層の研究を経て,戦後,猿橋には化学の基本を学び直す気持ちが芽生えました。そうした中で,三宅から,海洋における炭酸物質の問題を研究しては,という助言を受けたのです。
当時は,海水や天然水に溶解している全炭酸量(遊離炭酸(H2CO3),炭酸水素イオン(HCO3-),炭酸イオン(CO32-)の総計)の直接的な測定はなされておらず,アルカリ度などからの推定しか行われていませんでした。そこで猿橋は,全炭酸量の正確な値を得ようと微量拡散分析装置を考案し,条件を少しずつ変えた多数の試水を各個撃破的に分析していきました。
その分析結果の集大成が水中の二酸化炭素量を一覧表化した「サルハシの表」です。猿橋は,これによって国際的な評価を得ると共に,論文『天然水中の炭酸物質の挙動』で理学博士号を取得しました。そしてこれ以降,地球規模の環境変化や気候変動が生態系に及ぼす影響について研究するようになりました。
サルハシの表は『日本化学雑誌』(1953年)に「天然水中の物質代謝の研究(第1報)-海水中の全炭酸について」として発表され,その後の20~30年間,国際的な標準でした。
サルハシの表は12の表(水温は0~30℃で2K刻み,pHは0.0~10.4で0.1刻み)から成り,5表は淡水,7表は海水に関するものです(塩素量は15~21パーミル‰で1‰刻み,‰は千分率)。次に示すのは海水(塩素量15‰)の表の一部です。(Fは遊離炭酸,Bは炭酸水素イオン,Cは炭酸イオンの存在比)

次のグラフは遊離炭酸,炭酸水素イオン,炭酸イオンの各濃度がpHによって変化する様子を表したものです。上表のpHの範囲では炭酸水素イオンが多数を占めていますが,グラフからもそのことが分かります。

遊離炭酸,炭酸水素イオン,炭酸イオンの各濃度のpHによる変化
出典:R Ge Bによる”Carbonate Bjerrum”
ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
参考文献
Horace-Bénédict de Saussure, “Voyages dans les Alpes, Précédés d’un Essai sur l’Histoire Naturelle des Environs de Geneve, Tome Second”, Louis Fauche-Borel, Neuchâtel, Suisse (1804);Googleブックス(https://books.google.co.jp)で閲覧
「近代日本女性史④ 科学」山下愛子編(鹿島研究所出版会,1970年)
R. G. Barry, “H.-B. de Saussure: The First Mountain Meteorologist”, Bulletin American Meteorological Society, Vol.59, No.6, 702-705(1978)
「学ぶこと生きること 女性として考える」猿橋勝子著(福武書店,1983年)
「宇宙の始まり」S.A.アレーニウス著,寺田寅彦訳(第三書館,1992年)
「人間の記録97 猿橋勝子 女性として科学者として」猿橋勝子著(日本図書センター,1999年)
「岩波科学ライブラリー157 猿橋勝子という生き方」米沢富美子著(岩波書店,2009年)
英・王立科学研究所のブログ「Who discovered the greenhouse effect?」(筆者:ローランド・ジャクソン,https://www.rigb.org)
国土交通省気象庁のホームページ(https://www.jma.go.jp)
気象庁気象研究所のホームページ(https://www.mri-jma.go.jp)
園部利彦
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