大腸菌やサルモネラ菌といった細菌は、体からべん毛が伸びていて、これを回転させることで自ら移動します。べん毛のタンパク質が引き合ったり離れたりする動作によって、回転運動が生じるのだそうです。分子サイズの動力、いわゆる分子モーターの研究は進んでいますが、分子レベルの動きを実際に目で見える動きとすることはまだまだ困難な課題です。しかし、今回米国と中国の研究グループは金属イオンと有機高分子の間の結合をつないだり切ったりする動作を利用してそれを達成しました 。金属イオンは有機分子中の窒素や酸素といった原子と結合して錯体を作ることが知られています。しかも金属イオンによっては、その結合力があまり強くなく、容易に結合したり離れたりできる場合があります。2025年のノーベル化学賞の記事でご紹介したMOFも、金属イオンと有機物との結合力がそれほど強くないことを利用して作られていると言えます。
今回発表された研究では、ユウロピウム(Eu)が金属として使われています。Euは希土類(レアアース)の1種で、その化合物が鮮やかな赤色の発光を出すことで、蛍光灯やブラウン管式テレビの発光材料にも使われていた元素です。Eu3+イオンと有機物の結合はイオン結合に近いとされ、容易につながったり切れたりすることが特徴です。今回の研究では、ケイ素を含むゴム状の高分子PDMSを使っています。このPDMSの鎖の中に、Euと結合しやすい窒素原子を3個含む部分をはさみ込み、これがつながった構造の高分子を合成しました。この高分子とEu3+イオンを反応させて得られたもの(Eu-ポリマー)が、今回の材料です(図1a)。このEu-ポリマーは、温度によって非常に大きく体積が変化することが分かりました。もともとのPDMSも温度が高いと膨張するのですが、Eu-ポリマーはPDMSの25倍も大きく膨張することが分かりました。加熱と冷却を繰り返すことによって、何度も膨張と収縮を繰り返すことができます(図1b)。温度が高くなるとEu3+イオンと高分子が離れることでこの膨張が生じます。
図1
a) ケイ素を含む部分と、窒素を3個含む部分が交互につながった高分子とEu3+イオンを反応させる。
b)反応によって高分子間をEu3+イオンがつなぎ合わせるような材料ができる。この材料は加熱によってEu3+イオンが外れて、体積が大きく膨張する。
そこで、このEu-ポリマーを薄い紙の上にフィルム状に延ばしたシートを作りました。これを細い短冊状に切ったものの端を平面の上に固定して加熱すると、Eu3+イオンを含む高分子部分が膨張することで、この短冊が曲がります。冷却すれば元に戻ります(図2 a)。大変驚いたことに、この短冊は加熱と冷却を繰り返さなくても、単に加熱を続けているだけで曲がる角度が変わり振動することが分かりました(図2 b)。短冊が高温の台に近いときは温度が上がり、台から離れると温度が下がるのですが、材料内に温度が伝わるのに時間がかかるためにこのような振動が観測されたものと思われます。研究者らは様々な条件での動きを観測しています。台の温度は60℃の時が最も振動の幅が大きかったとのことですが、体温程度の温度でも振動が見られました。また、短冊をらせんにしたり、複数つなげたりすると動きが大きくなることが分かり、論文のサイトからそのような様子の動画のファイルをダウンロードして見ることができます2。

図2
a) Euイオンを含む高分子(緑色の部分)と紙(灰色の部分)の2層の材料を加熱すると緑色部分が膨張することで材料が大きく曲がる。材料の厚みは実際は非常に薄い(約30μm)が、この図では誇張してある。
b) 実際には加熱を続けているだけで、緑色材料部の温度がわずかに上下に変動するために、伸び縮みの振動が起きる。
このような動きは金属としてジルコニウムやアルミニウムでも少し観測されましたが、ユウロピウムを使ったときに最も大きく観測されました。鉄や亜鉛では全く観測されなかったそうです。鉄や亜鉛は有機物中の窒素原子と比較的強い結合が生じるために、加熱しても結合が簡単には切れず、上記のような現象は観測されなかったとのことです。この結果は、金属イオンと有機分子の結合開裂という分子レベルの現象が、目で見える動きに関わっていることを示しています。
この振動の動きを利用して、移動するロボットを作ることができると研究者は考えました。実際に作られたものは非常にシンプルな構造です。先ほどの加熱により振動する短冊を高分子の側を外側にして折り曲げ、片側に紙の小片を足として 接着しただけのものです。これを60℃のガラス板の上に載せると、「歩く」のが観察されました(図3)。「前足」と「後ろ足」で台との摩擦が異なることを利用して、尺取り虫の要領で歩くのです。短冊の長さは2.5 cm程度の時が最も足が速かったとの結果が得られました。さらに、複数枚の短冊を端をあわせて接着してつなぐと、より速く歩くことも分かりました。このロボットはガラス面のような平滑な面状で安定して動くことが観察されましたが、より安定して歩くために4つ足にすると、屋外の花崗岩ブロックの上、日の当たる自動車ボンネットの上やフローリングの床など暖かい場所の上ならどこでも歩くことが観察されました2。

図3
a) 折り曲げた短冊状の材料の片方(図では右側)に紙の小片をつけたものを加熱した台に乗せると移動していく。
b) どうやって移動していくかを説明している図。尺取り虫の要領で「歩いて」いく。
動画を見ると今ひとつ動きはぎこちなく、このようなおもちゃを見たことがあるような気もしないではないのですが、今回の研究の最大のポイントは、金属と有機分子の結合と開裂を利用して、目で見える動きにつなげたことだと考えます。このような結果が実用的な動きに結びつけば大きなインパクトのある研究につながると思います。それではまた次回。
1 M. Si, Z. Liu, C. Chen, W. Lu, D. Liu, P. Shi, Y. Yu, Y. Yan, X. He and T. Chen, Angew. Chem. Int. Ed., 2026, 65, e18011. https://doi.org/10.1002/anie.202518011
上記論文のサイトからこの材料の映像のファイルがダウンロードできます。
図1のような振動https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fanie.202518011&file=anie70150-sup-0002-MovieS1.mp4
らせん状に加工した場合の振動
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fanie.202518011&file=anie70150-sup-0004-MovieS3.mp4
3種類の歩くロボット
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fanie.202518011&file=anie70150-sup-0007-MovieS6.mp4
様々な環境中で動く4つ足のロボット https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fanie.202518011&file=anie70150-sup-0010-MovieS9.mp4
坪村太郎
最新記事 by 坪村太郎 (全て見る)
- 歩く分子ロボット - 2026年6月11日
- 画期的なインフルエンザの検査方法となるか:味覚で感じる検査方法 - 2026年3月26日
- 炭素の新しい同素体:C48 - 2026年1月20日