ビタミンB1

はじめに

“にんにく注射“について、耳にしたことはあるでしょうか。実際に植物のニンニクエキスを注射するわけではありません。静脈内にビタミンB1(VB1)の誘導体のフルスルチアミンを投与すると、ニンニクの匂いを感じるからです。この注射は保険医療ではありませんが、自由診療として疲労回復目的で行われています。

VB1の生理活性1)

VB1の化学名はチアミンです(図1、分子量265.3)。ビタミンなので食事によって摂取する必要があります。食品中ではリン酸が結合したチアミンリン酸の形で存在しています。細胞内ではリン酸が2つ結合した補酵素型のチアミンジリン酸(ThDP)となり、酵素蛋白と結合しています。ThDPはピルビン酸からアセチルCoAを合成する際の補酵素として重要です。アセチルCoAは生体のエネルギーを作るTCA回路に供給される化学物質です。したがって、身体活動のエネルギー消費に伴ってVB1は必要になります。特に糖類の代謝の際に多く消費されます。他方、神経伝達のためにも必要とされます。

図1.チアミンの構造式(C12H17N4OS)

なお、VB1は水溶性であり、大量に摂取しても、体内の飽和量を超えると速やかに尿中に排泄されるため、毒性はないとされています。

VB1不足2)

VB1不足による疾患の代表例は脚気です。VB1は体内に貯蔵しにくいため、食糧不足や偏食によく発生します(1次性脚気)。症状はだるさ、足のしびれなどの神経症状(乾性脚気)、血管拡張、むくみ、心不全(湿性脚気)、などです。重症になると心不全が進行し、脚気衝心(かっけしょうしん)となり、死亡します。また、ウェルニッケ脳症と呼ばれる意識障害、失調性歩行、眼球運動障害などの脳神経障害を起こします。さらに、作話などの精神疾患を伴うと、ウェルニッケ・コルサコフ症候群となります。この病態はアルコール依存症患者にしばしば見られます(体内でのVB1需要増による2次性脚気)。この理由はアルコールを代謝するときにVB1を多く必要とするからです。
診断は神経障害による膝蓋腱反射の低下、血中VB1濃度の低下を確認します。以前、膝蓋腱反射検査は学校などの健康診断で広く行われていました。治療は食事によるVB1補給や静脈内投与です。VB1を多く含む食物は豚肉、大豆、胚芽(玄米)、牛乳、カキ(貝)、うなぎ、などです。日本食品標準成分表2015年版(七訂)ではVB1の必要量はチアミン塩化物塩酸塩(分子量337.3)の重量で示され、摂取エネルギー1000 kcalあたり0.45 mgとされました。1日の必要量は成人男性1.2 mg、女性0.9 mgです(表1)1)。

脚気の歴史

我が国では1923年に発生のピーク(約2.7万人)がありました。1925年にVB1不足が原因であることが判明し、対策がとられ、1970年代に自然発生はほぼ消滅しました。
明治から大正にかけて、しばしば刑務所、軍隊で集団発生しました。当時、脚気の原因は不明であり、陸軍は細菌感染説、海軍は栄養不足説でした。陸軍は戦時、白米が主食であり、多数の脚気患者を出しましたが、海軍は食事の栄養バランスを重視し、脚気の発生はほとんどありませんでした。当時の陸軍軍医総監の森鴎外が軍人として評価があまり高くないのは、このときの対応のまずさが原因と考えられています。

アリナミンⓇ

VB1は体内への吸収効率はよくありません。しかし、1951年 ニンニク成分のアリシンがVB1と結合しアリチアミンとなり、吸収を助けることがわかりました。1954年アリチアミンの誘導体のプロスルチアミンがアリナミン糖衣錠として発売されました。この製剤には欠点としてニンニク臭がありました。1961年にコーヒーの芳香成分のフルフリルメルカプタンを用いて、ニンニク臭を低減させたフルスルチアミンが開発され、アリナミンFとして発売されました。さらに、1987年ドリンク剤として、アリナミンVが発売されました3)。現在では、注射薬や錠剤は医薬品として、ドリンク剤は医薬部外品として発売されています。

終わりに

ビタミンは栄養素ではありませんが、食事によって摂取する必要があります。特に、ビタミンB群は水溶性で、体内に多く貯蔵できないため不足しやすいビタミンです。VB1欠乏による脚気は過去の病気と思われがちですが、現代でもアルコール依存症や不適切なダイエットで見られます。

(参考)
1. ビタミン(水溶性ビタミン). 「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書」 厚労省ホームページ. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316467.pdf
2. チアミン欠乏症. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/09-栄養障害/ビタミン欠乏症-依存症-および中毒/チアミン欠乏症
3. アリナミン誕生ストーリー. アリナミン製薬株式会社 ホームページ. https://alinamin.jp/history/story.html

 

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上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。

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