日本では、再生可能エネルギーの中で太陽エネルギーの割合が最も多く、年間発電総量の11%に達しています1 。太陽光発電は日中しか使えませんが、電気は多量の貯蔵に難があり、軽量で高容量なリチウムイオン電池でも1 kg当たり貯蔵できるエネルギーは0.9 MJ(メガジュール)程度とのことです。石油の場合は同重量あたりのエネルギーが40 MJに達します。石油はもちろん一度燃やせばなくなってしまいますが。電気は非常に便利なエネルギー源ですが、今回紹介する研究論文2 によれば世界のエネルギー需要の半分は、熱源としての需要だそうです。なんとか太陽光のエネルギーを簡単に貯蔵して後で熱源として利用できる方法があれば、今後の社会で大きく役立つと考えられます。実はこれまでに化学変換を利用して太陽光のエネルギーを貯蔵するやりかたが提案されてきました。ある物質が光によって高いエネルギーをもつ物質に変換され、それが元の物質に戻るときに多量の熱を出すのであれば、繰り返してエネルギーを貯蔵し、利用することができます(図1)。

図1 光エネルギーを貯蔵して利用する2種類の方法
(左) 太陽電池で発電し、二次電池に蓄え、利用。
(右) 光によって高エネルギー化合物を作りそれを貯蔵し、熱源として利用。
このような機能を持つ分子を利用する方法は、分子太陽熱(MOlecular Solar Thermal energy storage、MOST)エネルギー貯蔵と呼ばれています。従来MOST材料で最も貯蔵効率の良いとされていたものはノルボルナジエンという物質で、重量当たりの貯蔵エネルギーは0.97 MJ/kgと計算されています。今回ご紹介する研究を行った米国カリフォルニア大学のHan教授らのグループは、DNAが光によって損傷しガンを誘発するのは、DNAの中の核酸塩基が光によって別の分子になることに着目しました。核酸塩基から生成した化合物は以下で説明するデュワー型構造の高エネルギー分子となることからヒントを得て、核酸塩基の1つに似た構造の有機化合物が画期的なMOST材料となることを見つけたのです。
有機化学を習った人は誰でもベンゼンが平面で6角形の形をしていることは知っていますね。実はベンゼンには、ちょっと形が違うデュワーベンゼンと呼ばれる構造があります(図2)。実際に作ることができますが、ベンゼンよりエネルギーが高く(即ち不安定で)、常温では2日ほどでもとの平面6角形に戻ってしまうそうです。

図2 ベンゼンとデュワーベンゼン ベンゼンは平面型分子だが、
デュワーベンゼンは折れ曲がった形の分子である。
Han教授らは、図3に示す分子に着目しました。実際には図3の分子以外にもメチル基(CH3−)が2個結合した分子など数種類を合成して試した結果この分子に行きついたということです。この分子(P型)に紫外線(300 nmというかなり波長の短い紫外線)を当てると物質はエネルギーの高い状態(赤色、励起状態と呼ばれる)になり、そのうちある程度の割合が図の右上のデュワーベンゼンのような形(D型)に変化していくことが分かりました。

図3 今回開発された光エネルギー貯蔵分子。(四角内は核酸塩基のシトシン)
D型分子はもとのP型よりも自身の持つエネルギーが高いので、P型に戻ろうとしますが、戻る過程でエネルギー障壁を超えていかねばならないので、簡単には戻りません。D型分子は25℃では1年程度安定にこの形を保つということが分かりました3 。
このD型分子は固体ですが、水に溶け水中でも安定ということです。この水溶液に触媒として酸を加えると、P型に戻る反応が瞬時に起こり、多量の熱が出るとのことです。計測した結果、このD型分子は1.65 MJ/kgの熱量を放出できることが分かり、従来知られていた分子よりもはるかに多くのエネルギーを蓄えておけるということが分かりました。実際にこの化合物を少量の水に溶かし、塩酸を加えると0.5秒で水が沸騰することが観測されたとのことです(図4)。酸を加えることで化合物の中和反応が生じますが、それによる放出エネルギーはわずかであるとのことです。

図4 どの程度熱が出るか確認するための実験
酸触媒を加えると1秒以内に水溶液は沸騰した。
塩酸のような酸を加えた場合、元のP型に完全に戻すためには塩基を加えなければなりません。実用的にこの化合物を使うには固体で酸性を示す物質を触媒として使えるように今後研究していく必要があると研究者らは述べています。また、この化合物では光によるD型への変換の効率は高くありません。しかしこのような一見構造が簡単な化合物を使うMOST技術によってエネルギー問題を解決するというのは面白いと思いました。もちろんこの問題に対処するにはさらなる省エネ社会を作っていくことも重要ですが。それではまた次回。
1 特定非営利活動法人、環境エネルギー政策研究所の記事による。https://www.isep.or.jp/archives/library/15325 2026年4月30日閲覧
2 H. P. Q. Nguyen, A. J. Maertens, B. A. Baker, N. M.-W. Wu, Z. Ye, Q. Zhou, Q. Qiu, N. Kaur, D. B. Berkinsky, K. E. Shulenberger, K. N. Houk and G. G. D. Han, Science, 2026, 392, eaec6413. https://www.science.org/doi/10.1126/science.aec6413
3 試験の結果D型の半減期は25℃において480日と分かりました。
坪村太郎
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