銅の単体は特徴的な赤みの色で,「あかがね」は,中世に京都の銅座が壬生家に納めた雑税(役銭)の「銅公事」,近世以降に足尾銅山の銅を運搬するのに使われた街道(群馬県伊勢崎市~栃木県日光市足尾)の「銅街道」などの語にもなっています。今回は銅を文芸作品と共に見ていきましょう。 |
銅と赤銅
古くから工芸品などに使われてきた代表的な金属は「五金」と総称され,こがね(金)・しろがね(銀)・あかがね(銅)・くろがね(鉄)・あおがね(錫)の五つです。
702(大宝2)年に第八次遣唐使となった山上憶良は,数年後に帰国し,726(神亀3)年頃に筑前国の国守に任じられて赴任しました。同地で大伴旅人と共に筑紫歌壇を形成した憶良は,死・貧困・老い・病などの労苦に敏感でした。彼は,社会的な矛盾も観察し,官人という立場にありながら,重税に喘ぐ農民,防人(北部九州の守備のために東国などから徴発された兵士)に行く夫を見守るしかない妻など,家族愛や優しさに根ざす歌を詠みました。
『万葉集』から,子らを思う歌(巻五・802)と反歌(同・803)をご紹介します。
瓜食めば 子等おもほゆ 栗食めば ましてしのはゆ
いづくより 来たりしものぞ まなかひに もとな懸りて 安眠し寐さぬ
銀も金も玉も何せむにまされる寶子に如かめやも
反歌で憶良は,金・銀・宝石とて何の役に立とう,いかなる宝物も子の尊さには及ぶことなどあろうか,と詠んでいます。
日本では,17世紀に幕府が銅を中国(清)とオランダへの輸出品とし,銅はそれまでの金・銀に代わって主要な輸出品となりました。足尾(栃木県)や別子(愛媛県)などに銅山が開発されて銅の生産は増加し,ピーク時には年間約6000㌧を産出して,世界有数の規模でした。国内各地の鉱山で採掘された銅は製錬されて大坂の銅吹所に集められ,純度99%にまで精錬されてから鋳塊(インゴット)などに加工されました。大坂には銅座も設けられました(銅座跡の石碑は愛珠幼稚園前(大阪市中央区今橋)にあります)。
この頃の銅の精錬には主に次の工程がありました。
真吹: 熔解した銅の鈹(硫化鉱などを含む)に空気を吹き込み,硫黄と鉄を酸化して除去して粗銅を得る。
南蛮吹(南蛮絞りとも): 粗銅(銀を含む)に鉛を加えて銀を採取し,銅の純度を上げる。
16世紀末,京都の蘇我理右衛門は,これらの技術を南蛮人から習得し,寺町五条に銅の精錬と細工を行う泉屋を興しました。その一族は住友と泉屋の屋号を継承して大坂で銅吹屋を営むようになったのです。
輸出された銅(御用銅)の多くは海外で貨幣の鋳造に使用されたことから,切断に便利なように短い棒状に加工され,「棹銅」と呼ばれました。棹銅は長さ約23㎝,幅約1.5㎝,重量は300g弱でした。
棹銅
(三菱UFJ銀行 貨幣・浮世絵ミュージアム(名古屋市中区),令和6年3月・撮影)
赤銅は,銅に金(3~6%),銀(1%程度)などを加えた合金で,「紫金」,「紫銅」,「烏金」などとも呼ばれます。古くは奈良時代から仏像,装飾品などの工芸品で象嵌細工に使われてきました。象嵌は素地に模様を刻んで他の材料をはめ込む技法です。
赤銅はまた,緑青,硫酸銅(Ⅱ)(CuSO4,丹礬),硫酸カリウムアルミニウム十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O,明礬)などを混ぜた液に入れて煮ると,表面に生成する酸化被膜で青紫がかった黒色を呈します。この工程は「煮色仕上げ」などと呼ばれます。
文学などに見る赤銅
『平家物語』の〈巻第一 御輿振〉は,比叡山の延暦寺の衆が藤原師高と目代近藤判官師経の処罰を朝廷に求めても裁可が下りないことから業を煮やして祭礼を中断し,御輿を立てて都に向かう場面です。渡辺党の長七唱という者の,その日の装束は,「きちんの直垂に、小桜を黄にかへいたる鎧着て、赤銅づくりの太刀をはき、廿四さいたる白羽の箭負ひ、重籐の弓脇にはさみ、甲をばぬぎたかひもにかけ、神輿の御前に畏て」とあります。麹塵(*1)の直垂に小桜革を黄色に染め替えたもので縅した鎧を着け,赤胴造りの太刀を帯び,白羽の矢24本を負って重籐の弓(*2)を脇にはさみ,甲を脱いで高紐(*3)にかけ,神輿の前に畏まりました。
*1)麹の花に似た萌黄の黄みの色(「きじん」や「きちん」と略される)
*2)木と竹を膠で貼り合わせ籐を巻いて補強した弓(「滋籐の弓」とも)
*3)鎧の背の肩上の先端と胸板を懸け合わせる紐
艶のある黒みを帯びた色合いの肌は「赤銅色の肌」と表現されます。明治期後半の木下尚江の長編小説『良人の自白』には,健康で頑強な老人の肌が赤銅色,白く光る眉が白銀色と表現されています。
-「爺は先づ頑丈な腕を張って大きな椀を取り上げたが,赤銅色なる廣き額に、白銀の長き眉を動かして、又たハツハツハツと笑った」
銅と緑青
銅や銅合金は酸素,二酸化炭素,水分や塩分などと反応すると青緑色に変わります。銅で葺かれた屋根や銅像・ブロンズ像は,緑青という古色を帯びることで,独特の美術的な効果を演出しています。
緑青は銅の錆で,ややくすんで青みがかった緑色です。顔料としてのほかに,銅合金の着色にも使われ,抗菌効果もあります。屋外の青銅製などの建物や造形物,日本では鎌倉大仏,名古屋城など,アメリカでは自由の女神像などに見られます。
緑青は「銅青」,「銅銹」(銹は錆のこと),「石緑」,「青錆」などと呼ばれます。英語ではヴェルディグリ(verdigris)ですが,これはフランス語で「ギリシアの緑」を意味するヴェール・ド・グリ(vert de Gris)に由来します。ギリシアの地に立つ古代の建築や彫像などを彷彿とさせます。
緑青は塩基性炭酸銅(Cu2(OH)2CO3),塩基性酢酸銅(Cu(OH)CH3COO),塩基性塩化銅(Cu(OH)Cl),塩基性硫酸銅(CuSO4・3Cu(OH)2)など種々の化合物の混合物です。次の写真は孔雀石(マラカイト,主成分は塩基性炭酸銅)で,孔雀石は古くから銅鉱石や顔料として利用されてきました。緑青は,酸素と接触する部分だけに生じ,比較的脆いため,除去が容易ですが,緑青の皮膜は不動態化して内部の腐蝕を防ぐ効果があるので,緑青に被われたブロンズ像などは長くその姿を留めています。
孔雀石
日記風の歌集『建礼門院右京大夫集』には,上巻の〈八十六 枯野の荻〉に「春より先に下芽ぐみたる若葉の、緑青色なるが、時々見えたるに、露は、秋思ひ出でられて、置きわたりたり」とあり,霜枯れたもの寂しい冬野の枯草の中に,春を前にして芽ぐむオギ(荻)の若葉が緑青色と表現されています。この後,下巻では,平家一門の滅亡が描かれます。
文学などに見る緑青
小説『国銅』の主人公は,長門で銅の採掘・製錬に従事する青年です。青年は,「璞石から荒銅,荒銅から真吹銅,さらには棹銅を作る腕のいい人足がこれから必要になる。その習練は若いうちから始めておくに如くはない」と頭領に見込まれ,奈良・東大寺での大仏造立の賦役(夫役)に駆り出されます。その際に,以前から文字,薬草と共に生き方を学んでいた僧から緑青を都の知人の僧侶に渡すようにと預かりました。緑青は貴重な顔料でした。
奈良時代から平安時代にかけて朝廷が主要寺院に作成させた財産目録のことを資財帳と言い,寺院の縁起も記された資財帳は伽藍縁起并流記資財帳と呼ばれます。天平時代の「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳」には〈合綵色物壱拾参種〉の項に「通三宝分弐種」として「朱砂十三両二分」と「緑青卅三両」があり,朱砂と緑青が所蔵されていたことが分かります。
法隆寺伽藍縁起并流記資財帳 出典:国立国会図書館デジタルアーカイブ
(右ページ「合綵色物壱拾参種」の項の2行目に「緑青」の文字が見られる)
平安時代後期の説話集『今昔物語集』の〈巻二十七 近江国安義橋鬼噉人語第十三〉には鬼の描写が克明に記されています。
-「面ハ朱ノ色ニテ、円座ノ如ク広クシテ目一ツ有リ。長ハ九尺許ニテ、手ノ指三ツ有リ。爪ハ五寸許ニテ刀ノ様也。色ハ禄青ノ色ニテ、目ハ琥珀ノ様也。頭ノ髪ハ蓬ノ如ク乱レテ、見ルニ、心肝迷ヒ、怖シキ事無限シ」
ここでは「禄青の色」(緑青の色)は鬼の肌の気味悪い色を表現しています。
鬼は空想上の魔物であり怪物です。鬼の姿は人間に似ていますが,肌の色は赤・黒・青といった原色で,頭には角が生え,筋骨は逞しく,手には金棒や槌を持ち,虎の皮の褌を着けています。
「おに」という語は,隠れていて姿を現さない「隠」に由来するとされ,鬼ケ島や鬼ケ城といった王国をつくって住んでいます。働かず,人をさらって財宝を奪い,歌舞宴会を好む,人間社会の悪や厄災の象徴として描かれます。煎った大豆の呪力によって鬼を追放する節分の豆撒きは,寺社や宮中で行う追儺(鬼遣らいとも)が民間に広がったもので,戸口にヒイラギ(柊)の葉と臭いのある物を置いて邪気を払う風習もあります。
妖怪画集『今昔画図続百鬼』(鳥山石燕,1779年)より
出典:Toriyama Sekienによる”Oni from the Konjaku Gazu Zoku Hyakki”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
参考文献
「新訂新訓 万葉集 上巻」佐佐木信綱編(岩波書店,1973年)
「色の手帖 色見本と文献例とでつづる色名ガイド」(小学館,1986年)
「新編日本古典文学全集38 今昔物語集④」馬淵和夫・国東文麿・稲垣泰一校注訳(小学館,2008年)
「新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 とはずがたり」久保田 淳校注訳(小学館,2008年)
「ワイド版岩波文庫300 平家物語(一)」梶原正昭・山下宏明校注(岩波書店,2010年)
「明治文學全集45 木下尚江集」木下尚江著(筑摩書房,2013年)
「国銅(上)」,「国銅(下)」帚木蓬生著(新潮社,2021年)
国立国会図書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp)
園部利彦
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