一酸化炭素(CO)の毒性と有益性

< 背景 >

一酸化炭素(CO)はCとOだけからなる単純な化合物ですが、その構造式は複雑で、以下の3つの共鳴構造式をもちます。通常、原子価はCが4、Oが2とされますが、それでは説明できません。物性は空気よりもやや軽く(分子量 28.01、比重0.967)、無色・無味・無臭、水に溶けにくく (0.0026g/dL-H20)、可燃性があります。対照的に二酸化炭素(CO2)は、空気より重く(分子量 44.01、比重1.529)、水に溶けやすく(0.145g/dL-H20)、不燃性です。また、COは有毒で、CO2は無毒です。

< 毒性 >

毒性のしくみはCOがヘム(2価の鉄を含むポルフィリン骨格をもつ蛋白)と結合することによります。生体では赤血球中のヘモグロビンは酸素と結合し、全身に酸素を運搬しますが、ヘムはヘモグロビンの主要成分です。一酸化炭素のヘモグロビンとの結合のしやすさ(親和性)は酸素の約250倍といわれています。そのため、COがあると本来の目的の酸素の運搬ができなくなり、組織の酸素不足、いわゆる窒息状態になります。

また、ヘム蛋白はミトコンドリアの電子伝達系などの一部の酵素に含まれ、COが結合すると蛋白の立体構造が変わり、その酵素活性が影響を受けて失活することもあります。このようなことから、COを吸入するとCO中毒になり、窒息死します。実際、我が国で最も多い中毒死の原因がCOです。毎年、約2000人がCO中毒で死亡するとされており、2018年の交通事故死亡者3532人1)と比べても、無視できない数字です。

COは煙に含まれることが多く、特に酸素不足で燃焼が起こった場合にCOが多量に発生します。湯沸かし器、練炭火鉢の不完全燃焼にも気をつけたいものです。火災時にもCOが発生し、煙に巻かれて死亡した場合、CO中毒と考えられます。その他、自動車の排気ガス、たばこの煙にも含まれます。なお、かつては都市ガスにCOが含まれ、ガス漏れ事故が問題となりましたが、現在では都市ガスは天然ガス(主にメタン)にかわり、CO中毒の危険はなくなりました。

CO中毒の大部分は不慮の事故ですが、自殺や他殺の手段として使われることもあり、法医学的には重要な化学物質です。ネットの活発化とともに、2003年から練炭自殺が急増しました。急性CO中毒の症状は空気中200ppmで軽度の頭痛、500ppmでめまいや嘔吐、1000ppmで意識障害から死亡します。CO中毒に対する特別の解毒剤はありません。100%酸素投与などの呼吸管理、対症療法を行い、COが体内から消失するのを待ちます。時に、急性期を脱しても、数日〜数週間後に行動変化、健忘、Parkinson様 症状などの間歇型中毒(遅発性神経障害)となることがあります。これは、急性期に脳がダメージを受けていて、遅れてその症状が出てくると考えられています。

< 有益性 >

このように毒性が強いCOですが、低濃度では細胞内の情報伝達物質として働き、生体にとって細胞保護的に働くこともわかってきました。最初は1950年にヒトの呼気中にCOが存在することが報告されましたが、当時、その意義は不明でした2)。その後、ヘモグロビンの分解時にCOが産生することやその分解に関与する酵素も発見されました。1995年に我が国の研究者によってCOの血管拡張作用が発見され、COが生体内で重要な分子であることがわかりました3)。その後、COは平滑筋拡張作用、抗炎症作用、免疫抑制作用、抗アポトーシス作用 (アポトーシス:傷害を受けた細胞のみ除去されるプログラムされた細胞死)を示すことも明らかになり、臨床医学で治療に使えるのではないか研究されています。

一例として、海外で喘息などの慢性閉塞性肺疾患に対するCO吸入の効果が報告されました4)。もちろん、100ppmという低濃度での吸入です。COはガス状で簡単に吸入できるというメリットがありますが、濃度を誤れば致命的になります。これでは危なくて、日常の治療に使いにくいです。その解決法として、COの誘導体を薬剤として使い、体内の末梢組織(細胞レベル)でCOが放出されるようにすることが考えられています。いくつかのCO放出分子(CO-releasing molecule、CORM)が開発されました。Ru-CO錯体 [Ru(CO)3 Cl2]2のグリシン縮合体のCORM−3は水溶性で、徐々に分解してCOを放出するため、生体に投与してもCOの急性毒性が現れないため、治療薬として使えないか注目されています5)

次回はCOと同様のガス状分子で、その誘導体が治療薬として広く使われている一酸化窒素(NO) について取り上げます。

 

参考:
1.「平成30年中の交通事故死者数について」警察庁交通局交通企画課. https://www.npa.go.jp/news/release/2019/20190104jiko.html
2. Sjostrand T. Endogenous formation of carbon monoxide in man. Nature. 1949; 164(4170):580.
3. Suematsu M, et al. Carbon monoxide: an endogenous modulator of sinusoidal tone in the perfused rat liver. J Clin Invest. 1995; 96(5): 2431-7.
4. Bathoorn E et.al. Anti-inflammatory effects of inhaled carbon monoxide in patients with COPD: a pilot study. Eur Respir J 2007; 30: 1131–1137.
5. Clark JE et al. Cardioprotective actions by a water-soluble carbon monoxide-releasing molecule. Circ Res. 2003; 93(2): e2-8.

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上村 公一

東京医科歯科大学教授、専門は法医学、もと高校教諭(化学)。死因究明業務と薬毒物による細胞死の研究に従事。最近、テレビドラマの法医学監修もしている。

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