
はじめに
マグネシウム(Mg)は原子番号12、原子量24.305、アルカリ土類金属です。比重1.738の軽金属で、合金の原料として有用です。燃焼すると非常に明るい光を出すので、かつてカメラのフラッシュとして使われました。研究室ではグリニヤール試薬として、有機合成の試薬に使われます。塩化マグネシウムは高濃度で蛋白凝固作用があり、にがりの主成分として豆腐作製の凝固剤として使われます。また、植物での光合成を行うクロロフィルを構成する金属です。
生体内のMg
生体内ではMg2+ として存在し、50〜60%はリン酸塩として、骨に分布します。その他はほとんど細胞内に存在し、約1%が細胞外に存在します。生体が必要とする微量元素であり、多くの酵素活性やCa、Kのなどの電解質の維持に必要です。
食物に含まれるMgは消化管から吸収され、血液中に入ります。Mgの1/3は血中のアルブミンに結合します。血中の半減期は2〜3時間と短く、濃度は腎臓で調節されています1)。
毒性
Mgは細胞膜安定化作用があるため、血中で高濃度になると、神経細胞の伝導遅延・不応期の延長、筋弛緩作用が現れます。さらに、中枢神経抑制、心筋抑制。腸蠕動低下も見られます1)。
高マグネシウム血症は血清マグネシウム濃度が2.6 mg/dL(1.05 mmol/L)以上で、症状は低血圧、呼吸抑制、心停止です。治療法としてはグルコン酸カルシウムや利尿剤のフロセミドの静脈内投与などがあり、重症例では血液透析が行われます2)。
医療用Mg
・酸化マグネシウムMgOは塩類下剤に分類され、便秘の治療のための下剤として、最もよく使われています(マグミットⓇ、重カマⓇ)。MgOは水に溶けにくく、腸内の浸透圧が上昇して、水分が腸内に引き込まれ、容量の増加によって腸蠕動が刺激されます。下剤として習慣性はなく、作用が緩和なので、高齢者によく使われます。一方、以下の化学式のように、胃酸と反応して中和するので、制酸剤としても使われます。
MgO + 2HCl → MgCl2 + H2O
しかし、Mg2+は消化管から吸収されるため、腎機能不全がある場合、高マグネシウム血症となり、有害作用が生じることがあります。臨床でよく見られるMg中毒は、腎機能障害(腎不全)や高齢者に多い腸管蠕動障害によるものです。便秘の治療に使われるMgを含む下剤の過量使用でも、中毒の報告があります(平成17年4月から平成20年8月までに報告された酸化マグネシウムの服用と因果関係が否定できない高マグネシウム血症15例、うち死亡2例)。そのため、医薬品医療機器総合機3)、製剤製造販売会社4)から、酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症の注意喚起があり、適正使用が求められています。
・硫酸マグネシウムは水溶性で、切迫早産の子宮収縮抑制、子癇の抑制のため、静脈注射で使われます。
・医療用ではありませんが、Caとともに、サプリメントとして使われています。
事故例5)
70代女性、減量目的の民間療法として、MgCl2 入りの牛乳を服用した。その3日後の正午と4日後の午前2時30分に追加で服用した。その2時間後に寝返りができなくなり、激しい下痢が生じ、その数時間後に死亡した。既往歴として、高血圧があり、投薬治療中であった。解剖から外傷はなく、脳・肺はうっ血、心臓は心拡大と進行した冠状動脈硬化、腎臓は表面が顆粒状であった。薬物検査でアルコールや違法薬物は検出されなかった。血液生化学検査から、血中マグネシウム濃度 10.2 mg/dL (基準値:1.8〜2.6)と高値でした。本例では長年の高血圧による腎機能障害があったところに、MgCl2 入りの牛乳を多量に服用したため、高マグネシウム血症となり、死亡したと考えられます。
終わりに
マグネシウムは、ナッツ、豆類、全粒穀物、バナナ、濃い緑色の葉物野菜、大豆などの日常的な食品に含まれています。推奨摂取量は男性で420 mg/日、女性で320 mg/日です。通常の食事をしている場合、大幅に不足することはありません。MgOは便秘の治療のための下剤に含まれていることが多く、高マグネシウム血症による死亡例もあり、使い過ぎに注意が必要です。
(参考)
1. 上条吉人. マグネシウム(Mg2+) 臨床中毒学 第2版. pp.490-493. 医学書院. 2023.
2. 高マグネシウム血症. MSDマニュアルプロフェッショナル版. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/10-内分泌疾患と代謝性疾患/電解質障害/高マグネシウム血MSDマニュアルプロフェッショナル版. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/10-内分泌疾患と代謝性疾患/電解質障害/高マグネシウム血症.
3. 酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症について. 医薬品・医療機器等安全性情報 No.252 医薬品医療機器総合機構. 2008.11.
4. 酸化マグネシウム製剤 適正使用に関するお願い -高マグネシウム血症-. 酸化マグネシウム製剤製造販売会社. 2015年10月作成、2020年 8月改訂.
5. Torikoshi-Hatano A. et al. Fatal case of hypermagnesemia caused by ingesting magnesium chloride as a folk remedy. J Forensic Sci, 58, 1673-1675, 2013. doi: 10.1111/1556-4029.12266.