豆腐づくりから、光合成、航空機まで 活躍の場を広げる か~るい金属 マグネシウム(Mg、原子番号12)

写真1:寄せ鍋(photo ac)

豆腐を固める“にがり”は塩化マグネシウム

2月・・・今年もまた、一年で一番寒い季節がやってきました。寒いのは好きではありませんが、鍋料理が美味しい季節ということでは、“寒さ”も必要な要素かもしれません。さて、鍋に欠かせない具材といえばいろいろありますが、加工品でいったら豆腐でしょう(写真1)。

豆腐は、大豆からできる“豆乳”に“にがり”を加えるとできるので、子供の頃、私は、“にがり”を「豆腐を固める魔法の液体だ!!」と思っていました。でも今は、豆腐の固まる現象は科学的に説明できることを知っています。

“にがり”は海水からしお(NaCl)を取った後に残る液体で、塩化マグネシウム(MgCl2)を多く含んでいます。この塩化マグネシウムに含まれるマグネシウム(Mg)が、豆腐を固めるのに重要な働きをします。いったいどういうことなのでしょうか。

豆腐は、豆乳に含まれるタンパク質が固まったものです。タンパク質にはカルボキシ基(-COOH)があって、水の中では、Hが離れて-COOの形になっています(図1)。このマイナスの電荷を帯びた-COOを介して、豆乳のタンパク質とタンパク質の間に橋渡しをして固めるのが、塩化マグネシウム由来で、プラスの電荷を帯びているマグネシウムイオン(Mg2+)です。毎日食べている豆腐が原子で説明できるのは面白いものです。

ここで、「塩化マグネシウム(MgCl2)と塩化ナトリウム(NaCl)が似ているぞ!」と思った方がいたら、なかなか鋭いです。金属が塩素(Cl)と結合した物質ということでは、兄弟のようです。しかし塩化ナトリウムは豆腐を固める凝固剤としては使えません。というのもナトリウムイオンが1価のプラスイオン(Na)で、タンパク質とタンパク質の橋渡しができないからです。マグネシウムが2価のプラスイオンになることが重要なのです。


図1:マグネシウムが豆乳のタンパク質を橋渡しするイメージ(『豆腐読本』内の図などを基に作成)

ほかの元素と結合しやすいのが特徴

では、マグネシウムとはどのような金属なのでしょうか。『元素の事典』によれば、「単体は軽く銀白色でかなり粘りのある金属」とあります。そういえば、中学だか高校だかでマグネシウムリボンを燃やす実験をしたことを思い出しました。リボン状のマグネシウムは確かに銀白色でした(写真2)。それが白い閃光を放って激しく燃える様子を見て、「金属には燃えるものがあるのかぁ」と驚かされました。


写真2:マグネシウムリボン。マグネシウムを伸ばしてリボン状にしたもの。加熱すると白い閃光を放って激しく燃える(出典:depositphotos)。

このことは何を意味していたのでしょうか。この世界にはさまざまな金属が存在していて、それぞれほかの元素との結合のしやすさが違います。その目安の一つに、イオン化傾向という物差しがあります。「金属のイオン化傾向」自体は、金属元素が水溶液中でどれくらいプラスのイオンになりやすいかを表したものです。金属をイオン化傾向が強いものから順に並べると、以下のようになります。

リチウム(Li)>カリウム(K)>カルシウム(Ca)>ナトリウム(Na)>マグネシウム(Mg)>アルミニウム(Al)>亜鉛(Zn)>鉄(Fe)>ニッケル(Ni)>スズ(Sn)>鉛(Pb)>水素(H2)>銅(Cu)>水銀(Hg)>銀(Ag)>白金(Pt)>金(Au)

マグネシウムは堂々の5番目。かなりプラスのイオンになりやすいのです。この性質のため、マグネシウムは酸素と結合しやすく、マグネシウムリボンは加熱すると激しく燃えます。この酸素と結合しやすい性質のため、私たちが日常生活の中で、“単体のマグネシウム”にお目にかかることはほとんどありません。

軽さが注目され、さらなる利用を目指す研究が続く

単体ではお目にかかることができないとしても、マグネシウムは地球の地殻中で8番目に多い元素です。もし何かに使えるとしたら、かなり助かりそうです。しかもマグネシウムには、ほかの金属の追随を許さない大きな特徴があります。比重が鉄の4分の1、アルミニウムの3分の2ほどと、とにかくかる~いのです。航空機や自動車などを省エネルギー化するには軽量化が重要なので、軽い金属であるマグネシウムを使おうという動きが世界的に起こっています。アメリカの自動車業界は「マグネシウムビジョン2020」を策定しているほどです。

しかし、航空機や自動車に使う金属には強度が求められますし、そもそも燃えやすくては困ります。こうしたマグネシウムの欠点を補うために、いろいろな元素を加えて合金がつくられてきました。中には、パソコンや携帯電話、自転車のフレームとしてすでに使われているものもありますが、「マグネシウムの活躍の場はこんなものじゃない」と新しいマグネシウム合金の研究開発が続けられています。

「KUMADAIマグネシウム合金」をご存知でしょうか。熊本大学にある日本で唯一のマグネシウム専門研究開発機関「熊本大学先進マグネシウム国際研究センター」でつくられた合金です。センターではさまざまな種類のマグネシウム合金がつくられてきましたが、特に2012年に開発されたものが、強度の低さ、錆びやすさ、発火温度の低さという3つの欠点を克服したとして、話題になりました。現在、航空機用の構造部材や、精密溶接や3Dプリンター用の原料、生体吸収性ステ ントなど医療機器の材料として使えないか、実用化に向けた検討が行われています。

どうしてKUMADAIマグネシウム合金はこれほど優れているのでしょうか。その答えは、マグネシウム合金の中を“原子の目”でのぞくとわかるそうです。例えばマグネシウム(Mg)に、亜鉛(Zn)とイットリウム(Y)を混ぜたMg97Zn1Y2合金では、ZnとYが図2のピンクのような層をつくります。この層によって、金属の中にこれまでなかった繰り返し構造(長期積層型規則構造)ができます。これがマグネシウム合金に優れた性質をもたらすのだそうです。

ちなみに同研究センターの河村能人よしひとセンター長は、より優れたマグネシウム合金を求めて、周期表を参考にしてZnやYの仲間とされる金属をマグネシウムに加えてみたり、その量や合金の作り方を変えてみたりしたそうです。今年、メンデレーエフが発見して150周年目を迎えた周期律は、研究の指針を立てるのに役立っているのですね。

図2:金属Mgの構造(左)は、A層の上にB層、その上にまたA層と2層が積みあがっている。一方、LPSO(長周期積層)型マグネシウム合金であるMg97Zn1Y2の場合は、亜鉛(Zn)とイットリウム(Y)が集まったC層(ピンク)ができ長周期積層型規則構造(シンクロ型LPSO構造)を形成する。この構造の繰り返しによって、合金の強度、錆びやすさ、発火温度の低さなどが改善された。

光合成に関係するなど、生物にもとっても必須元素

マグネシウムがその合金化によってどんなに優れた金属になったとしても、生物に毒だったら使うことができません。そこで最後に、生物にとってマグネシウムがどのような元素か考えてみましょう。マグネシウムは、人の体の中で補酵素や活性中心として300種類以上の酵素の働きを助けているそうです。厚生労働省は1日の摂取基準量を300mgほどと定めていますので、マグネシウムを多く含む大豆製品、魚介類、海藻などを食べるようにしましょう(図3)。

また植物は、葉緑体で光と二酸化炭素を使って糖やデンプンをつくる光合成を行っています。その葉緑体の中にあって光を捉えるアンテナの役割を果たしているのが、“クロロフィルa”という緑色の色素、葉緑素です。その中心にはMgがあります。

マグネシウムは生物によってさまざまに使われてきました。それがある時、人間によって豆腐を固める働きがあることを見出され、食文化を生み出しました。そして今また人間の手によって、新たな産業へとその活躍の場を広げようとしています。

図3:マグネシウムを多く含む食品(上から納豆、あさり、昆布、出典:depositphotos)と光合成に関わるクロロフィルa(右)

 

【参考資料】
『元素の事典』朝倉書店、2011年
『化学基礎』実教出版、2018年発行
『豆腐読本』一般財団法人 全国豆腐連合会 、2014年
『実用段階に入った日本発の新合金 LPSO型マグネシウム合金の材料科学』日経BPコンサルティング、2018年
色と化学についてのQ&A(Q-29、キリヤ化学):http://www.kiriya-chem.co.jp/q&a/q29.html
科学の目で見た伝統食品 ~豆腐の科学~:https://www.t-scitech.net/history/miraikan/shokuhin/kouzou2.html
一般社団法人日本マグネシウム協会:http://magnesium.or.jp/property/use/
『新素材「KUMADAIマグネシウム合金」は世界へ羽ばたくのか 国内唯一のマグネシウム専門研究開発機関に行ってきた』meviy、2018年9月: https://meviy.misumi-ec.com/ja-jp/blog/archives/6807/
健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団):
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/mineral-mg.html

*ウェブサイトはいずれも2019年1月現在

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。