人間がつくった元素たちは、生活の中にあるの?

図1:加速器で新しい元素が生まれるイメージ。赤と青はそれぞれ原子核を構成する陽子と中性子。加速器で猛スピードに加速された原子核がほかの原子核と衝突して融合する(筆者作成)

ウランより小さい4つの人工元素

このコラムも毎月書かせていただいて、二十四回目になりました。私が書く「生活の中の元素」は、これが最後。2年間という長きにわたって読んでいただき、本当にありがとうございました。最終回に何を取り上げるか。いつにも増して力が入り、いろいろ考えた末、「人間が苦労してつくった “人工元素”は生活の中にあるか」を探ることにしました。

まずは、人工元素とは何か考えてみましょう。

「天然に存在するのは、原子番号92のウランまでで、93番のネプツニウムからは原子炉や加速器で人工的につくられた元素だ」ということを知っている方は多いでしょう(図1)。ただ、こういった“原則”のようなものには例外がつきものです。実際、“人工元素”には4つの例外元素があります。原子番号43のテクネチウム(Tc)、61のプロメチウム(Pm)、85のアスタチン(At)、87のフランシウム(Fr)です。

人工元素とは「人工的につくられた元素」なので、この4元素も人がつくり出したものです。テクネチウム、プロメチウム、アスタチンの3元素は、これらが特別な性質をもつということを知らなかった化学者たちによって、自然界から取り出そうと懸命に研究が続けられました(図2)。しかし、どれも得られず、結局はつくり出されることになったのです。というのも、不安定で崩壊してしまい(放射性)、天然にはほとんど存在していなかったからです。こうした研究と発見は、1930年代の後半から1940年代に行われました。

図2:天然の鉱石や気体から元素を取り出そうとしている化学者のイメージ(depositphotos)

今は3つとも天然に存在するとされているので、人工元素といえるのかしら?と思ってしまいます。その一方で、アスタチンが地球全体で28グラムあると言われても、そんな少ない元素をどうやったら自然界から取り出せるのかと考えると、“人工元素”ということにしておいていいようにも思うのです。

フランシウムも不安定ですが、これは自然界から取り出されました。こうした不安定な元素には、電子と陽子の数は一緒なのに、中性子の数が異なるいくつかの同位体が存在します。フランシウムの場合は、自然界から取り出された1つを除くすべての同位体が人工的につくられたので“人工元素”に分類されています。

 

ここからが本題 人工的につくられた超ウラン元素たち

92番ウランより大きい元素(超ウラン元素)、つまり93番のネプツニウム(Np)以降は、れっきとした人工元素です。それでも、ネプツニウムと次の94番のプルトニウムの同位体の中には、ピッチブレンドという鉱物に微量含まれるものがあるので、まったく天然に存在しないというわけではありません。“人工元素”をしっかり理解するのは結構難しいのです。

2019年11月現在、元素は118番のオガネソン(Og)までが発見されています(合成といった方がいいでしょうか)。ちなみに、26個知られるウランより大きい人工元素のうち、実に10個の合成に、アメリカの化学者・物理学者のグレン・セオドア・シーボーグが貢献していることは覚えておきたい歴史的偉業です。なお、113番元素は日本の理化学研究所で合成されたことが認められ、2016年には命名権を得てニホニウム(Nh)と名付けられました。日本で初めて元素が合成されたというニュースに興奮した方も多いのではないでしょうか?

これらの超ウランの人工元素はすべて放射線を出す放射性元素です。放射線は、不安定な原子核が安定な原子核になろうとして出されます。放射線にはいくつか種類があって、被爆の危険度はそれぞれ異なります。

このコラムが始まって以来ずっと参考書籍の一冊にしてきた『世界で一番美しい元素図鑑』(創元社)の著者セオドア・グレイ氏は、すごい元素コレクションを持っています(高純度化学研究所にも貴重な元素コレクションがありますので、皆さんのお目にかかることもあるかもしれません)。このコレクションの写真に文章が添えられていますが、グレイ氏が集められるのは、「危険で所有が禁止されているものを除いて、形のあるもの」です。

93を超えると徐々にコレクションできるものが減っていき、110番以上の元素についてグレイ氏は「これらのうちのどの元素も、原子1個ですら、現時点では地上に存在しません(ただし、あなたがこれを読んでいる瞬間、たまたまどこかの研究所でだれかが重イオン研究用加速器のスイッチを入れ、どれかの元素を作っていれば別です)」とコメントしています。元素もここまで大きくなると、「生活の中の元素」として存在していることはないのです。

では、どれが生活の中にあるもっとも大きな元素なのでしょうか。コレクション最後の写真は、95番アメリシウムのイオン化式煙感知器です(写真1)。アメリシウムが放出するアルファ粒子を煙が遮ることで、警報が鳴る仕組みになっています。日本ではあまり使われていないタイプですが、煙感知の感度がいいそうです(放射性物質が使われているので、捨てる際には製造会社などに問い合わせる必要があります)。

写真1:火災報知器のイメージ。さまざまな種類があるが、アメリシウムを使ったイオン化式煙感知器がある。日本ではイオン化式の報知器は少ない(depositphotos)

使い道がある元素は、これで終わりではありません。98番のカリホルニウムがあります。極めて強力な中性子発生源なのだそうですが、中性子を発生させていったい何をしようというのでしょうか。金や原油の探査をしたり、コンテナやスーツケースを開けることなく中身を確かめたりできるのです。NEDOのプロジェクトでは、カリホルニウムの中性子を利用した配管用の「非破壊検査装置」の開発が進んでいます(写真2)。

写真2:配管イメージ。解体することなく、状態を検査したいというニーズがある(depositphotos)

人工元素に使い道があったことには驚きでした。しかも、どちらもその放射性(使い道を誤ったら危険)が、人々の生活の安全や豊かさのために利用されていました。

さて、2019年は、メンデレーエフが周期律を発見して150周年の記念すべき年でした。この150年の間には、たくさんの天然元素が発見され、人工元素までつくられました。今、119番元素が日本、ドイツ、ロシアの研究所でつくられようとしています。「どこまででも大きな元素をつくれるというわけではない」とされますが、150年後の周期表がどのようになっているのでしょうか。知ることはできませんが、思いを馳せてみるのは楽しいものです。

 

【参考資料】
① 『元素の事典』朝倉書店、2011年
② 『世界で一番美しい元素図鑑』創元社、2015年
③ 火災報知機について(日本火災報知器工業会):http://www.kaho.or.jp/user/eq/eq02/p01.html
④ イオン化式感知器の廃棄と処理について:http://www.kaho.or.jp/content/files/ionkaishu_03.pdf
⑤ インフラモニタリング技術(NEDO 2019年2月):https://www.nedo.go.jp/content/100887966.pdf
⑥ レファレンス協同データベース(国立国会図書館):
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000259745
⑦ 超ウラン元素の発見 (ATOMICA):https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_16-02-02-03.html
⑧ 超アクチノイド元素の合成研究(ATOMICA):https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_05-01-05-01.html
⑨ 人工元素(コトバンク):https://kotobank.jp/word/人工元素-81678
⑩ 113番元素特設ページ(理化学研究所仁科加速器科学研究センター):https://www.nishina.riken.jp/113/
*ウェブサイトはいずれも2019年10月現在、写真やイラストは図1を除きdepositphotosより。

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。