周期表にない!? 最近、問題のトリチウムって何?(T、原子番号1)

トリチウム水問題

9月10日、原田義昭 前環境大臣が「海洋放出しか方法がないというのが私の印象だ」と発言したことで注目を集めている、福島第一原子力発電所の「トリチウム水」。「トリチウム?そんな元素、周期表にあったかしら?」という疑問から、今回はトリチウムを取り上げることにします。

東日本大震災で被災した福島第一原発では、今も、燃料デブリ(溶けて固まってしまった燃料)を冷却するために使った水や、建屋に流れ込んできて燃料デブリに触れた地下水などが、放射性物質を含む汚染水となってたまり続けています。その量は毎日約170トン。多核種除去設備ALPS(アルプス)などで処理して可能な限り放射性物質を取り除いてはいますが、トリチウムを含むので「トリチウム水」と呼ばれています。

震災直後から問題になっていましたが、貯蔵タンクが足りなくなるのが2022年と迫ってきたため、海への放出が具体的に考えられるようになったことが、冒頭の発言へとつながりました。ちなみに、現状で1基1000~1200トンのタンクが977基いっぱいになり、トリチウム水の貯蔵量は115万トンに達しようとしているそうです。

処理しても取り除くことのできないトリチウム!!かなりやっかいですが、トリチウムが何なのかを知ると、その理由がわかります。

現在、知られている元素は、人工的につくられたものを含めると118種類。トリチウム・・・聞いたことないなと思いながら、周期表を調べると案の定ありませんでした。では、いったい何なのか?トリチウムとは水素(H)の一種です。水素は、陽子1つに電子1つからできています(図1)。これに中性子が1つ加わると「重水素」。さらに中性子加わり、陽子1つ電子1つ、中性子2つからできているのが、三重水素、トリチウムです。中性子が加わった分、通常の水素より重いのです。水素と重水素、トリチウムの関係のことを同位体と呼びます。

図1:左から、水素、重水素、三重水素(トリチウム)。それぞれの違いは、中性子(青丸)の数。同じ原子でも中性子の数が異なる原子があり、それらを互いに同位体の関係にあると言う。赤丸が陽子、緑丸が電子。

トリチウムの最大の特徴は、放射線の一種であるβ(ベータ)線を出して崩壊し、ヘリウム(He)になることです。つまり放射性物質なのです。崩壊して量が半分になる半減期は、12.3年です。

そんなトリチウムの問題は、あくまでも「水素」だということです。そのため、水素原子の代わりにいろいろな分子に入り込んでしまいます。例えば、水分子(H2O)は、水素原子2つと酸素原子1つからできています(図2)。この水素原子がトリチウムに置き換わることがあり、それが先ほどから話題になっている「トリチウム水」です。つまり、トリチウム水とは、トリチウムが混ざっている水ではなく、トリチウムが構成元素として含まれる水なのです。トリチウム水は、その化学的な性質によって普通の水と区別できないため、ほかの放射性物質のようには取り除くことができないのです。

図2:水(H2O)分子。OとHが共有結合によってつながっている。このHがT(トリチウム)に置き換わると「トリチウム水」になる。(右の図は筆者作成)

実際には、トリチウムを含む分子だけを分離する方法が開発されています。ただ、わずかな量のトリチウム水を大量の処理水から取り出すには膨大なエネルギーとコストがかかり、現実的ではありません。ちなみに福島第一原発のタンクにためられたトリチウム水100万トンのうち純粋なトリチウム水はおちょこ一杯、20mlくらいなのだそうです。

 

トリチウムを使った製品がある!?~文字盤の光る時計~

地球上にあるトリチウムは、宇宙線と大気の反応によってごくわずかに自然発生したものを除くと、これまでの核実験でできたものなのだとか。ということは、滅多にお目にかかることのない元素なのかと思ったら、トリチウムを使った製品が身近にあって驚きました。文字盤がトリチウムによって発光する「トリチウム時計」です(写真1)。

写真1:トリチウム軍事時計。文字盤にトリチウムが使われており、暗闇でも発光する。

ん!放射性物質のトリチウムを腕に付けたりして被爆しないのでしょうか?
銀座の時計専門店RASIN WEBマガジンには、暗闇で文字盤などを光らせる夜光塗料には、かつてラジウムやトリチウムなどの放射性物質が使われていましたが、よりよい夜光塗料(蓄光塗料)が開発され、ラジウムはまったく、トリチウムもあまり使われなくなったとあります。

今でもトリチウムを使っていることで知られているのが、ボールウォッチ社の「マイクロ・ガスライト」です。同社のホームページでは、「純粋なトリチウム・ガスを真空のミネラルガラスのガラス管に密閉し、非常に安定した状態で封じ込めている」とその安全性が主張されています。さらにこうまでしてトリチウムを使うのは、「従来品に比べて約70倍明るく、10年以上にわたって輝き続ける夜光塗料」を実現させるためだとしています。

かつて文字盤の発光に、ラジウムやトリチウムなどの放射性物質を使ったのは、自発光、つまり外からエネルギーを供給しなくても発光するからでした。一方、蓄光塗料は、暗い場所で光るためには、その前にエネルギーを蓄えなければなりません。光り続ける時間に限界もあります。

このように放射性物質が夜光塗料として優れていたとしても、ラジウムはその危険性が大きく全く使われなくなりました。トリチウムについては、ボールウォッチ社が安全に使う方法を編み出したことで使い続けられているのです。

トリチウムをこのように安全に利用できるのは、トリチウムが出すβ線がエネルギーの低い電子であり、さらに飛距離が短く空気中で5mm、水中では0.005mmしか進まないことから、時計のガラスを通って出てくることがないからです。また、そもそもそれほどたくさんの量が使われているわけでないので、年代物の時計になると、すでに光らないものがほとんどです。

さて、トリチウムが何かわかったところで、トリチウム水を海に流していいのか。皆さんはどうお感じでしょうか。意見は分かれるでしょうが、私は流したくないなと感じました。腕時計に使うトリチウムの放射性が危険なほどではないとわかっていても、ボールウォッチ社は安全技術を確立しました。これほど企業が安全に気を配っている物質を簡単に海に流していいものでしょうか。

最後に、ちょっと考えてみたいと思います。おちょこ一杯の純粋トリチウム水を海に流して、均一にかき混ぜ、そこからおちょこ一杯の水を採るとトリチウム水はどのくらい入っているでしょうか?

おちょこ一杯を20ml。海の水を13.5億km3とすると、おちょこ一杯の6.02×1023個の水分子の中に9個ほどトリチウム水分子が含まれていることになります。さて、これは多いのか少ないのか。誰に判断できるのでしょうか。
*「おちょこの水を海の水に均一に混ぜてみる」という思考は、化学にお詳しい某先生のご講演をヒントに考えてみました。

 

【参考資料】
① 『元素の事典』朝倉書店、2011年
② 『世界で一番美しい元素図鑑』創元社、2015年
③ 『福島原発の汚染水は「海に放出するしかない」原田環境相』(BBC NEWS JAPAN):
④ https://www.bbc.com/japanese/49658295
⑤ 「1日170トン増える「原発汚染水」は海に流すしかないのか」(週刊現代):
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67423
⑥ 『「トリチウム水」って何?汚染水対策の最新状況と今後の課題』(三菱総合研究所):
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180620.html
⑦ 「トリチウム水問題を考える」(原子力資料情報室):http://www.cnic.jp/8203
⑧ 「トリチウムって何? 何が問題?」:www.chernobyl-chubu-jp.org/_src/sc624/kawata094.pdf
⑨ 「トリチウムからルミノバへ。夜光塗料の変遷」(銀座の時計専門店RASIN WEBマガジン ):https://www.rasin.co.jp/blog/special/luminouspainted/
⑩ 「画期的な夜光システム」(ボールウォッチ):https://www.ballwatch.com/global/jp/technology/画期的な夜光システム—128.html
*ウェブサイトはいずれも2019年9月現在、写真やイラストは図1を除きdepositphotosより。

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。