インジウム(In)~平成に日本が世界最大の産出量を占めた金属

インジウムはレアメタルの一つで、インジウム・スズ酸化物(ITO)は液晶やプラズマディスプレイのパネル原料に多用されています。北海道の豊羽とよは鉱山(札幌市南区定山渓)は1999(平成11)年度に89㌧を産出し、世界最大規模(約3割)のインジウム鉱山でした。

語源は母なる大河インダスにさかのぼる

インジウムは、1863年にドイツの化学者F.ライヒと、その助手のH.リヒターによって閃亜鉛鉱から発見されました。鉱石に含まれている金属成分の発光スペクトルの中に濃い藍色 (indigoインジゴ)のスペクトルが確認され、その色から命名されました。ライヒには色覚障害があったため、リヒターはスペクトルの分析を任せられ、それまでに未知だった美しい青色の輝線を見出したといいます。

インジゴの名の原意は何でしょう。欧州各国は古代ギリシャの時代から、この藍色染料をインドから輸入してきており、インジゴは「インド原産のもの」という意味です。それではインドという国名はといいますと、サンスクリット語(梵語)で「川」を意味するsindhuシンドゥに由来し、インドの人々にとって全ての根源で信仰の対象でもある母なる大河インダス(Indus)が流れている大地のことを意味しています。ですから、インジウムの語源は大河インダスにまでさかのぼることができるのです。

インジウムの単体(秋田大学鉱業博物館所蔵)

 

最近になって高まったインジウムの用途

インジウムは、ホウ素やアルミニウムと同じく13族の元素で、ケイ素やゲルマニウムに微量添加されるとp型半導体をつくります。その原理は次のように説明されます。

ケイ素などの+Ⅳ価元素の価電子は4個で、純粋な結晶中では隣り合う原子が電子を共有しています。共有結合に使われている価電子は原子に強く束縛されて容易に動くことができず、電気伝導性は低いです。

ここに+Ⅲ価元素を微量加えると、価電子が3個しかないため、原子間の共有結合に使われる電子が1個不足し、電子の空所(正孔)が生じます。この状態で電圧が加えられると、正孔近傍の電子が+の電極方向に引き寄せられて正孔に落ち着きます。すると、その電子の移動前の場所が新たな正孔になり、そこに別の電子が移動して…、というように電子の移動が連続して続き、正孔は結果として-極に近付いていきます。p型半導体では、このように電子と正孔の移動が起き、加電圧下で電流を生じるのです。

ITOは、酸化インジウム(Ⅲ)(In2O3)90%と酸化錫(Ⅳ) (SnO2)10%から成る酸化物の混合物です。可視光領域の透過率が高いために薄膜にするとほぼ無色透明です。その一方で電気伝導性があるため、透明の導電性膜として様々な電極に使われます。ITOは今や、液晶ディスプレイ,薄型テレビ,プラズマディスプレイ,タッチパネル,有機EL,太陽電池,電磁波シールド材などに欠かせないものなのです。

液晶ディスプレイ(出典:Pixabay)

 

平成に産出量で世界の首位を誇った鉱山

インジウムを国内で多く産出したのは、札幌近郊の温泉で名高い定山渓の西部にあった豊羽とよは鉱山で、ここでは銀・銅・亜鉛・鉛などの鉱石も産出しました。豊羽鉱山では、19世紀後半から採掘が始まり、第二次大戦の前には、鉱石輸送のために定山渓鉄道線に貨物専用線が敷設されました。

2000(平成12)年の時点で、坑内には輸送用昇降機が地下約600mまであり、坑道総延長は40㎞以上でした。しかし、採掘が地下深部に至ると、地熱により作業環境が高温化して発破に使用する火薬が岩盤の高温によって自然発火するほどになり、従来の方法では採掘作業の継続が難しくなりました。

金属鉱山としては2006(平成18)年に閉山となり、関連施設も人々の生活の跡もほとんどが解体されました。その後、坑内の高温が地熱発電に活用できる可能性が注目されるようになり、2012(平成24)年に蒸気噴出試験に成功しました。

2008(平成20)年現在では、インジウムの世界最大の生産・輸出国は中国であり、最大の消費国は日本であるという状況になりました。

インジウムの毒性について、1990年代半ばまでは情報が少なく、インジウムは安全な元素と考えられていましたが、21世紀に入って、ITOの吸入に起因すると考えられる肺疾患の症例が報告されました。その後の症例研究や動物実験でインジウム化合物の肺への有害性が認められました。こうしてインジウムの人体への影響が懸念されるようになり、厚生労働省から2010(平成22)年にITOなどの取扱い作業における健康障害防止対策のための通達が出されました。

その一方でフラットパネルディスプレイ(FPD)などにおけるITOの需要は増加を続け、インジウム化合物の価格は短期間で上昇しました。これに対応するため、生産過程で出る廃材からのリサイクルや使用済み機器からの回収も進められています。また、ITOの代替材料として亜鉛・錫酸化物(ZTO)の可能性が検討されています。

 

参考文献:
「化学語源ものがたり」竹本喜一,金岡喜久子著(化学同人,1986年)
「ITを支える豊羽鉱山」北海道新聞(2001年1月10日付)
「いまインジウムが面白い-札幌市の豊羽鉱山」石原舜三,地質ニュース,605,46~54(2005)
「ポスト原発社会 豊羽鉱山跡 蒸気噴出試験に成功」北海道新聞(2006年6月26日付)
「インジウム吸入による肺障害について」野上裕子他,日本呼吸学会誌,46(1),2008
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。