金(Au)-薬になった金(金製剤)のお話

 金箔や金粉は,食品に用いても味を変えず,ほぼ無害なことから,見栄えよく華やかにするための装飾や着色のほかに,飲料などにも入れられます。今回は,金及びその化合物が関節リウマチの治療に用いられた歴史についてです。

結核菌の発見と金化合物

結核は太古からあったことが知られています。有史以来人類と共にあった感染症であることは,出土した人骨に結核菌に似た菌が検出されたことや,ミイラに脊椎せきついカリエス(骨の結核)などの結核の病変が確認されたことによって分かっています。

近代になると,結核は,産業革命後に〝世界の工場〟と称されるほどに繁栄した英国で流行しました。当時の労働者は,長時間労働に加えて,都市部に人口が急激に集中して形成された貧民窟(スラム)に暮らし,劣悪な労働条件と生活環境の中にありました。そこに過労と栄養不足が重なって身体の抵抗力が弱まり,非衛生的な生活環境が拍車をかけたことによって流行したと考えられます。
その後の英国では,社会基盤の整備や生活水準と医療の向上(BCGの集団接種や化学療法)が進み,結核は下火になりました。その一方で,結核は産業革命の普及につれて世界各地へ拡がり,現在でも克服されざる感染症です。

 

 

 

培養された結核菌のコロニー(米CDC)
出典:”TB Culture”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

1882年に結核菌(Mycobacterium tuberculosis)を発見したドイツのR.コッホは,金の塩化物やシアン化物が結核菌の増殖を抑制することを1890年に発見しました。これを受けて金チオ硫酸ナトリウム(AuNa(SO))などが治療薬として使われました。
結核の治療には,肋骨を切除して肺や胸腔を縮小させる外科手術なども行われました。化学療法では,初期にはフェノール(CHOH),ヨードホルム(CHI),ヒ素剤,メントール(C10H20O)などや,金と硫黄の結合を含む化合物が内服薬や吸入薬として使われました。そのほかに奇特な方法としては,パパイヤ果汁を飲むとか,硫黄による浣腸も行われましたが,結果として数々の薬や方法が出現しては消えていきました。そして1944年,アメリカの微生物学者S.ワクスマンによって放線菌の一種Streptomyces griseusの代謝物質から発見された抗生物質ストレプトマイシンが登場したのです。

 

 

 

ストレプトマイシンの構造式
出典:NEUROtikerによる”Structure of streptomycin”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

関節リウマチと化学療法剤としての金製剤

結核菌が発見されるまで,関節リウマチは結核の一つの症状と考えられており,その治療に金の化合物が用いられ,関節リウマチなどに金の化合物を用いることは金療法(クリソセラピーあるいはオーロセラピー)と呼ばれます。
関節リウマチは単一の疾患ではなく,様々な状態・病態を含みます。比較的身近な疾患でありながら未解明なことが多く,治療法の中心は薬物療法ですが,根本的な治療法は無いのが現状です。

関節リウマチの最初の症例報告はフランスの外科医A.ランドレ・ボーヴェによる『新種の痛風は初期の無力性痛風の名で認められるか』(1800年)でした。タイトルからも分かるように,当初は痛風(尿酸結晶沈着性関節炎)との区別が明確ではありませんでした。

 

 

 

 

 

痛風とリウマチの痛みに叫び声をあげる人
(J.コーズ・作,エッチング絵)
出典:John Cawseによる”A decrepit man screaming in pain from gout, rheumatism and catarrh; represented as three tormenting devils.”ライセンスはCC BY 4.0 DEED(WIKIMEDIA COMMONSより)

リウマチという病名(rheumatism)は,1858年にイギリスのA.ギャロッドが,古くは脳から身体各部に悪い液が流れていって痛みを起こすと考えられたことや,様々な関節に痛みが移ることから,ギリシア語で「流れ」を意味するρευμαレウマをもとにして造ったのが最初で,1922年に英保健省,1941年には米リウマチ学会がそれぞれ採用して確立しました。日本では,1962(昭和37)年に「慢性関節リウマチ」が正式名称になり,2002(平成14)年に日本リウマチ学会,次いで2006(平成18)年に厚生労働省が「関節リウマチ」に変更しました。

関節リウマチの治療薬としては,19世紀には消炎鎮痛剤としてアセチルサリチル酸(アスピリン,CH(OCOCH)COOH)が使われました。
金製剤の研究は,19世紀の末から結核治療へのシアン化物の応用から始まって欧州を中心に進み,関節リウマチの金療法は,炎症の軽減や進行の抑制をめざして1935年から始まりました。1927年には金チオグルコース錯体が有効であることが判り,1960年には注射剤の金チオリンゴ酸ナトリウム(CHAuNaOS),1976年には経口剤のオーラノフィン(Auranofin)ができました。金製剤の有効性は一様ではなかったものの,そのうちで認められたものが金チオグルコース(AuSCH11O)でした。

オーラノフィンの構造式
  Ac=CH3CO-(アセチル基)
  Et=CH3CH2-(エチル基)

出典:Ben Millsによる”Auranofin-projection-2D-skeletal”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

オーラノフィンは金チオグルコースの類似化合物です。金チオグルコースは生体内で金を遊離し,遊離の金は関節の炎症部位に蓄積され,検疫系に作用して腫れなどを鎮めると考えられています。
1960年頃までに開発された金製剤が自己免疫疾患を抑えるのに有効であると判明してからは,副作用を抑えた有効な治療薬が開発されました。しかし1980年代になると,副作用(長期使用での皮膚の変色)がある一方で,有効性が限られ,効果が出るのが遅いことなどの理由により,金製剤の使用は減りました。

現在では金製剤の使用は多くないものの,早期の症状にはオーラノフィン(錠剤)を使う場合があります。オーラノフィンの副作用は少ないですが効果は高くないので,炎症反応が中等度以上の場合には金チオリンゴ酸ナトリウム(注射剤)が使われます。副作用で多いのは金アレルギーによる湿疹,蕁麻疹じんましんなどでかゆみを伴います。しかし,金製剤の作用機序がより詳しく解明されれば,治療に役立つだけでなく,リウマチの原因解明にもつながることが期待されます。
ステロイド剤に続いて1960年代には非ステロイド性消炎鎮痛剤も登場し,その後,1970年代から1980年代にかけて免疫抑制薬(メトトレキサートなど),2000年代には生物学的製剤(インフリキシマブなど)の分子標的剤が開発されました。

 

医薬品に歓迎されない金属不純物

医薬品への金属の混入は,合成時に意図的に添加される場合と,製造装置との相互作用や医薬品の成分として意図せず混入する場合があります。2009年,医薬品規制調和国際会議(ICH)は,医薬品及び原料中の金属不純物を規制するためのガイドラインを策定し,金は以下のうちでクラス2Bに分類されています(太文字で示しました)。

クラス1(著しい毒性のため製造での利用を制限または禁止):As,Cd,Hg,Pb
クラス2(投与経路に依存して毒性を発現

2A(あらゆる混入源と投与経路全体でリスクアセスメントを要する):Co,Ni,V
2B(原料,賦形剤ふけいざい(*)またはその他の成分の製造中に意図的に加えない限り,リスクアセスメントは不要):Ag,Au,Ir,Os,Pd,Pt,Rh,Ru,Se,Tl

クラス3(経口投与では比較的毒性が低いが,吸入または非経口での投与にはリスクアセスメントを要する):Ba,Cr,Cu,Li,Mo,Sb,Sn
その他の元素(他のガイドライン及び/または国・地域の規制により取り扱う):Al,B,Ca,Fe,K,Mg,Mn,Na,W,Zn
*賦形剤… 有効成分の量が少ない場合に,錠剤や丸剤などを適切な大きさや濃度にするために,製造工程で添加される澱粉でんぷんや乳糖などの物質。

ルネサンス期のスイスの医学者パラケルススは,水銀・硫黄・塩を三要素とする独自の自然観を展開し,金属やその化合物を医薬とする新しい考え方を提案したことで知られ,〝医科学の祖〟とされます。彼は「全てのものは毒であり,毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか,そうでないかを決める」と説いたことでも知られています。
日常の食物であっても食べ過ぎは身体にとって毒になります。生命の維持に不可欠な水もそうですし,酸素といえども,過剰な摂取は害毒になります。身体に入る全ての物,更には人生においては何事もまた,過ぎたるは及ばざるが如しです。

 

参考文献
「生物無機化学」桜井 弘・田中 久編(廣川書店,1987年)
「ローベルト・コッホ 医学の原野を切り拓いた忍耐と信念の人」T.ブロック著,長木大三・添川正夫訳(シュプリンガー・フェアラーク東京,1991年)
「疾患別医学史Ⅰ」K.カイプル著,酒井シヅ監訳(朝倉書店,2005年)
「日本の無機系医薬品の歴史」桜井 弘,薬史学雑誌,50(1),7-12(2015)
「シリーズ骨の話②関節リウマチ 「流れる」病気、関節リウマチを知る」伊藤 宣・西田圭一郎・布留守敏著(ミネルヴァ書房,2016年)
「医薬品の元素不純物」Analytix Reporter Issue 1(2017),シグマ アルドリッチ ジャパン(https://www.sigmaaldrich.com

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。