柔らかくて使いやすい、この金属にはご用心 鉛(Pb、原子番号82)

鉛色ってどんな色?!

“鉛色の空”というけれど、いったいどんな“空色”なのかしら?
ふと、こんなことを思ったので、今回のテーマは“鉛”です。鉛色とは、鉛のように青みがかった灰色のこと。鉛色の空というと、私は、冬の日本海に広がる今にも雪が降り出しそうな空を思い出します。それは単に灰色というのではなく、ちょっと憂鬱になる空模様です。

ヨーロッパでは教皇や王族が亡くなると、魂が漏れ出さないように、遺体を鉛製の棺に入れたそうです(実際に、魂が漏れ出ることなんてありませんが…)。海外の風習ではありますが、こんな歴史も、鉛色という色によって憂鬱な気持ちになるのに関係しているかもしれません。

実際の鉛は、憂鬱で地味なだけの金属ではありません。鉛白えんぱく(Pb3(CO3)2(OH)2)は美しい白色で、かつてはおしろいとして肌に塗られていました。鉛丹えんたん(Pb4O3)は鮮やかな赤色の、黄鉛おうえん(PbCrO4)は黄色の顔料です。鉛には、実に美しい色の化合物があるのです。

 

毒性が知られ、代替品が探されることに

鉛の活躍の場は、“色”に関するものばかりではありません。融点が低く柔らかく、加工しやすい金属なので、古くから様々な場面で材料として使われていました。3400年前の古代エジプト遺跡からは鉛製の装飾品が見つかっています。また、私たちの生活に深くかかわっていたということでは、長い間、水道管の材料に使われてきました(写真1)。

写真1:古代ローマ時代にはすでに鉛製の水道管が使われていた

鉛は表面に酸化被膜ができ化学的に安定なので、水道管などの材料として使っても安全だと考えられてきました。ところが分析技術がよくなると、水道水中に鉛イオンが溶け出していることがわかりました。鉛は体内に蓄積して中毒になると、頭痛や胃痛、感覚異常が起こります。今では、家庭用の水道管は鉄や銅といった金属のほか、塩ビやポリエチレンといった樹脂製に代わっています。

1887年(明治20年)には、鉛白入りのおしろいを長年使った歌舞伎役者が鉛中毒になり、天覧歌舞伎で震えだす事件がありました。これをきっかけに、鉛をふくまないおしろいの開発が始まりました。ただ鉛白入りのおしろいは、のびやつきがよく透明感がある上に、比較的安く手に入ったのでなかなか使われないようになりませんでした。1935年(昭和10年)になって、ようやく販売が完全に禁止されました。

ほかにはガソリンや“はんだ付け”(写真2)の無鉛化が進んでいます。エンジン内でのガソリンの燃焼状態を改善するために、鉛化合物が加えられていましたが、今では必要なくなっています。はんだ付けでは、これまでスズと鉛の合金を使って、金属の部材同士を接続してきました。特に、スズが63%、鉛が37% 含まれる“共晶はんだ”は比較的低い温度(約183℃)で融け作業しやすいため、古くから電気製品などに多く使われてきました。

写真2:金属の部材同士を金属で接続するはんだ付け

しかし、1998年に、欧州でWEEE(電気および電子機器廃棄物に関するEU指令)の検討が始まり、2003年2月にRoHS(電気および電子機器に使用するあきらかに有害な物質の使用制限に関するEU指令)が公布・施行され、この中ではんだに鉛を使うことが禁止されたのです。はんだの無鉛化の動きは禁止前に進んでおり、1998年10月には世界初の無鉛はんだを使ったコンパクトMDが量産されています。ただ、共晶はんだに匹敵する性能の無鉛はんだの開発には、その後ずいぶん時間を要しました。

 

それでも使い続けられる理由

こうして鉛の代替品の開発が進んでいますが、今でもどうしても使われているものがあります。例えば、鉛蓄電池(写真3)と放射線の遮蔽材(図1)です。車には、エンジンを動かし始める時や、ヘッドライトなどのランプ類、カーオーディオやカーナビ、パワーウインドウ、ワイパーなどの車内機器を動かすのに電源が必要です。この電源には“鉛蓄電池”という、電極が鉛の二次電池(バッテリー)が使われています。二次電池とは、充電することによって何度も使うことができる電池のことで、鉛蓄電池は1859年にフランス人のガストン・プランテによって発明された世界で初めての二次電池です。ほかの二次電池と比べて大型で重く、電解液に硫酸を使っているので破損した場合の危険性が高いなどの欠点はあるものの、比較的高い電圧を取り出すことができる、コストパフォーマンスがいい、性能が安定しているなどの利点から、今も車載用バッテリーとして使われています。

放射線の遮蔽材は、放射線を使う医療機器や原子力発電施設で、人体の放射線被ばくを防ぐ働きをしています。

こうして利用される際には、環境中に放出されることがないように、回収が徹底されるなど細心の注意が払われていますが…鉛にもほかの物質では代えられない個性があるのだとわかります。

写真3:車載の鉛蓄電池

図1:各放射線の透過力(出典:環境研サイエンスノートNo.5)。放射線の種類によって遮ることのできる物質が違ってくる。

 

【参考資料】
① 『元素の事典』朝倉書店、2011年
② 『世界で一番美しい元素図鑑』創元社、2015年
③ 『元素をめぐる美と驚き―周期表に秘められた物語』早川書房、2012年
④ 『元素がわかる―使用用途や発見エピソードで楽しむ生活に意外と身近な元素の世界』技術評論社、2008年
⑤ 『鉛フリーはんだ付け入門』大阪大学出版会、2013年
⑥ 鉛中毒(MSDマニュアル家庭版):https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/25-外傷と中毒/中毒/鉛中毒
⑦ 太陽電機産業株式会社:http://www.goot.jp/pb-free-solder/
⑧ 環境省 第1章 放射線の基礎知識:https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h29kisoshiryo/h29kiso-01-03-08.html

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。