新型コロナウィルスのスパイクタンパク質の立体構造解明

2019年末に中国の武漢から始まった新型コロナウィルスによる肺炎は瞬く間に世界中に拡散しており、日本でも大変な影響が出ています。
コロナウィルスとは、太陽のコロナ(太陽の周りに突き出て見られる光)のように、球状のウィルスの本体(直径は100nm程度)の周りに、スパイクと呼ばれるタンパク質が多数突き出ていることからそう呼ばれています(図1)。そもそもウィルスはタンパク質の殻の中に、DNAなどの遺伝情報を伝える物質が含まれている構造の物質であり1、宿主の細胞の中に、遺伝子を注入してその細胞の中で、自身の遺伝情報に基づいてウィルスを増殖させるという機能をもつもので、それ自体は生き物とは考えにくい物質なのです。今回問題となっているウィルス2019-nCovもスパイクタンパク質をもっており、このタンパク質が感染する細胞のある部分(受容体)にまず結合し、それが感染のきっかけとなることから、このスパイクタンパク質は重要な研究対象となっています。

図1 左はコロナウィルスのイメージ スパイクと呼ばれる突起が多数突き出ている。殻の中にはウィルスを作る遺伝情報を持つ遺伝子が詰まっている。
右は実際のアデノ随伴ウィルスの構造。コロナウィルスとは異なるウィルスであるが、スパイクが多数突き出ていることが分かる。(結晶データhttps://www.rcsb.org/structure/6NXEより作図)

急速にこのウィルスに関する研究も進んでいるようです。本年2月3日には早くもこのウィルスの最初の遺伝子配列(正確にはRNAの配列)が報告されました2。そしてその情報を使ってスパイクタンパク質が作られ、その構造が最近この分野では非常によく用いられるようになったクライオ電子顕微鏡を用いて明らかにされました3
研究の結果分かったスパイクタンパク質の構造を図2に示しました。このタンパク質は約1200個のアミノ酸がつながったタンパク質の鎖3本が絡まったような構造となっています。図2(左)の下側がウィルス本体との接続部分、上側が宿主の細胞に結合する部分です。また、タンパク質は本来アミノ酸だけがつながったものですが、ウィルスのスパイクタンパク質には糖分子が結合していることが多く、今回もそのような糖分子の鎖もはっきり確認されました。(図2(右))

図2 (左)2019-nCoVスパイクタンパク質の構造。3つのほぼ同一構造のユニットからできており、それらを別の色で表している。(結晶データhttps://www.rcsb.org/structure/6vsbより作図)
(右) 左図の緑色枠の部分を拡大して、原子の構造を示した図。六角形の糖分子がつながっていることが分かる。

3本のタンパク質は図3のように上から見ると対称的に絡み合っているように見えますが、図2のように横から見ると1本のタンパク質鎖のみ上に突き出ていることが分かります。この突き出た部分が、人間や動物の細胞中の受容体(ACE2と呼ばれている4)に結合し、それをきっかけにこのスパイクタンパク質の構造がわずかに変化して、さらにウィルスと細胞の結合が強くなると考えられています。

図3 (左)2019-nCoVスパイクタンパク質の構造を上から見た図。3つのユニットがほぼ対称的に絡み合っていることが分かる。

このスパイクタンパク質の構造は、2003年に流行したSARSウィルスのスパイクタンパク質に極めてよく似ていることも分かりましたが、同時に本研究で、この新型コロナウィルスのスパイクタンパク質はACE2への結合力がSARSのスパイクタンパク質より10から20倍も強いことが分かりました。著者らは、この差が感染力の差となっている可能性を指摘しています。
このタンパク質の構造が原子レベルで判明したことで、これからのワクチンや治療法の開発に貢献することが期待されます。実際にこのタンパク質そのものも新型肺炎のワクチン候補としてすでに試験が始まっている5とのことです。研究の動きは速いので近いうちに治療法も開拓されることが期待されます。それではまた次回お会いしましょう。

 

1)ウィルスについては最近このブログでも紹介しました。https://www.kojundo.blog/news/2772/
2)F. WuらNature 3 Feb, 2020 https://www.nature.com/articles/s41586-020-2008-3
3)D. Wrapp, J.S. McLellanらScience, 19 Feb, 2020 https://science.sciencemag.org/content/early/2020/02/19/science.abb2507 実際にはこのスパイクタンパク質は不安定で研究がしにくいため、以前の著者らの研究でも用いられた手法、すなわちタンパク質中の一部のアミノ酸を別のアミノ酸に変えて安定化を図るやり方が使われたとのことです。
4)細胞中のACE2(アンジオテンシン変換酵素II)という部分に、ウィルスが結合することで感染するとみられています。https://ja.wikipedia.org/wiki/2019年-2020年中国武漢における肺炎の流行#宿主細胞受容体 (2020年3月1日閲覧)
5)「新型コロナウイルスの原子スケール3Dマップ、米チームが作成」
https://www.afpbb.com/articles/-/3269213 (2020年3月1日閲覧)

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。