鍛えると強くなる ~ 筋肉に学ぶ新材料

皆さんこんにちは
普段運動をされていますか?私は体を動かすことはほとんど何もできていません。1日1万歩はなるべく歩くようにはしたいと思っているのですが。。。

さて、皆さんの筋肉は鍛えれば鍛えるほど強くなりますね。しかし一般の材料はそうではありません。ゴムは引っ張れば伸びますが、伸び縮みをくり返しているとだんだん弱くなっていきます。金属だって曲げ伸ばしを繰り替えしていると折れてしまいます。

それではなぜ筋肉は鍛えると強くなるのでしょうか?筋肉はタンパク質でできています。タンパク質はアミノ酸がつながったものです。筋肉に負荷をかけると一部のタンパク質が切れてしまいますが、生物の体はよくできていて血液で運ばれたアミノ酸を使ってタンパク質が修復されます。修復されるときにもとの筋肉よりも多くのタンパク質が生成して強くなるのです。

この仕組みを人工的に再現させることに、北海道大学のグループが成功しました[1]。北海道大学のJian Ping Gong教授と中島祐助教は特別なヒドロゲルを設計し、伸び縮みをくり返すごとに強くなる性質を持たせることができたのです。

(参考:前回紹介したブログ「電気で動き、踊るヒドロゲル」はここをクリック)

2種の物質からなるヒドロゲル

今回研究者らが作ったのは図1に示す構造の高分子(2種類)が互いに交差し、その間に多くの水分を含んだヒドロゲルと呼ばれる材料です。単独では固い構造の高分子1と、単独では軟らかい構造の高分子2が絡み合ったような構造の材料となっています。これをダブルネットワーク型ヒドロゲル(DN)と呼んでいます。これらの高分子材料はもともとモノマーと呼ばれる部品がつながってできているものです。高分子1と高分子2では図1に示すように黄色の楕円で示した部分のモノマーの材料が少し異なっています。それ以外に高分子1はオレンジ色で示した架橋部分の割合が多くなっていて、このために固くなります。

図1 今回用いられた2種類の高分子材料の分子構造。いずれの高分子もアクリルアミドと呼ばれる骨格を持っているが、脇についている部品(黄色楕円形)の構造と架橋部分(オレンジ色で示した2本鎖をつないでいる部分)の割合が異なる。高分子1は架橋部分の割合が高分子2に比べてはるかに多いため固い材料となっている。実際に実験に用いたダブルネットワーク材料(DN)は、高分子1と2が絡み合った構造となっている。

このヒドロゲルは水をたくさん含んでいてゴムのように伸び縮みしますが、2種類の高分子が絡んだ材料を使うと、それぞれ単独の材料にはない性質が出てきます。これらの高分子材料であるヒドロゲルを引っ張ったとき、高分子1のみからできている材料の場合は、強く引くにつれて単純に伸びていき、ある程度以上延ばそうとすると切れてしまいます。高分子2でも同じですが高分子1に比べて同じ長さを伸ばすためにはより弱い力ですみます。

しかしDNの場合は引っ張るにつれ最初少し伸びるのですが、ある一定以上延ばすとそれからは強い力をかけなくても簡単に伸びるようになります。なぜかというとある程度引っ張ると固い方の高分子鎖のみきれて、軟らかい方の高分子鎖は切れずに残るからです。なお引っ張って分子鎖が切れると、その切れ端の部分はラジカルと呼ばれる他の分子と結合しやすい状態になっています。

図2 ヒドロゲルDNを引っ張って、元に戻したときの分子のイメージ図。右側には分子構造を拡大して示してあり、固い高分子1(オレンジ色格子)と軟らかい高分子(細い青線)が絡み合っている。ヒドロゲルを引っ張ると固い高分子が切れる。元に戻すとモノマーによって修復される。

成長するゲル

このゲルをモノマーが含まれる水溶液につけた状態で延ばしたり縮めたりする実験を行うとどうなったでしょうか?なんと、延ばしたり縮めたりするたびに、高分子の強さが強くなっていったのです。たとえばある形に整形した15mmの長さのゲルにおもりを固定し、引っ張っておもりを持ち上げようとする実験をしました。最初はゲルが90mmの長さになるまで引っ張っても200gのおもりが持ち上がりませんでした。しかし、その後引っ張るのをやめて長さを元に戻し、再度引っ張ることをくり返すと3回目からはおもりが持ち上がるようになったのです。くり返すごとに4回目まではゲルの強度が強くなっていきました。

この研究の結果はYoutube動画で公開されています。
筋肉のように成長する高分子ゲル」 ←ここをクリック(2分34秒)
(Global Station for Soft Matter)

なぜこうなったのでしょうか?著者らの説明によれば、ゲルをある程度引っ張ると固い方の高分子のみ切れますが、ゲルは水分と共にモノマーを含んでいるので切れたところをもとの長さに戻す過程でモノマーによってつながれ修復されます(図2)。このときに架橋割合が増えるようにモノマー材料を仕込んでおくと、修復されるたびにより強い高分子になるというわけです。残念ながら5回目以上は強くはならなかったとのことで、まだまだ改良の余地はあります。

この現象は筋肉を鍛える状況と似ています。つまり筋肉の場合のタンパク質に相当するのが高分子であり、補修材料であるアミノ酸に相当するものがモノマーだというわけです。最近は壊れても勝手に修復するセルフヒーリング材料などが注目されています。しかし修復されると強くなると言うのは新しい考え方です。次第に人工的な材料も賢くなっていくのですね。それではまたお会いしましょう。

参考文献:
[1] T. Matsuda, R. Kawakami, R. Namba, T. Nakajima, J. P. Gong Science, 2019, 363, 504-508.

 

The following two tabs change content below.

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。