電気で動き、踊るヒドロゲル

 

皆さんこんにちは
今回はソフトマターのお話です。ソフトマターとは字のとおり軟らかい物質ですが、ゴムなどの高分子をはじめ、液晶や泡等まで含んだ広範囲の物質を指し、近年化学的、物理学的な観点から多くの研究者を引き寄せています。その中でヒドロゲルとはこんにゃくのように、網目状の構造の物質の中に大量の水を貯えて軟らかい(ぷよぷよした)物質を指します。今回は電気で動き、踊るヒドロゲルのニュースをお伝えします。この研究の結果は動画として公表されています。ぜひまずは動画をご覧ください(下記のリンクをクリックしてください)。

Electric fields get hydrogel robots to work (and dance),June5,2018
(American Chemical Society のc&en掲載記事)

どうしてこのようなことができるのでしょうか。まずはここで用いられているヒドロゲルの分子の構造を見てみましょう。今回のヒドロゲルはアクリル酸とポリエチレングリコールという物質を光によって結合させた高分子体です。このヒドロゲルの中には図1のようにカルボキシル基COOHが結合しています。カルボキシル基の水素イオン(H+)は、別の陽イオン(Na+イオンなど)と交換することもできます。もし、このようなヒドロゲルを電解質水溶液(イオンの溶けている水溶液)にいれて、ヒドロゲル中の陽イオンの濃度が溶液中の陽イオンの濃度よりも多いと浸透圧が生じて水がヒドロゲルの中に入っていきます。つまりヒドロゲルがより膨らむことになります。逆にヒドロゲル中の陽イオン濃度が周りより少ないと水がヒドロゲルから出ていきます。ヒドロゲルの周りのカチオンの濃度で膨らみ具合が変化するのです。

図1 網目状の高分子ヒドロゲル。カルボキシル基(COOH)のような電離する基を持っていると、COO-の部分とカチオンになる。

このようなヒドロゲルを電解質水溶液中にいれ、電極に電圧をかけると図2右側のように溶液中のイオン濃度に変化が生じ、ヒドロゲルの右側と左側では左側の方がより膨らむ結果となり、ヒドロゲルは右に向かって曲がることになります[1] 。

図2 (左)溶液に電位差がないとき。  (右)電圧をかけて溶液に電位差があるとき。 電圧がかかると溶液の左右で陽イオンの濃度に差が生じ、水がヒドロゲル中に入る浸透圧がゲルの左側が大きくなってより膨潤してヒドロゲルが右側に曲がるようになる。

米国のLeeを中心とするグループは2018年5月に研究論文を発表し、3Dプリンタを使って様々な形のヒドロゲルを作成し、電場をかけることで、ヒドロゲルに様々な動きを起こさせることに成功しました[2] 。3Dプリンタを使うことで、さまざまな非常に複雑な形のヒドロゲルを作成できることが示されています。

単に棒状のヒドロゲルを曲げるだけでなく、様々な動きをさせることができるのは、ヒドロゲルの太さによって曲がる速度に差があるからです。図3のように細いヒドロゲルと太いヒドロゲルを平行に固定した道具の場合、電場をかけるといずれのヒドロゲルも右に曲がるのですが、細いヒドロゲルの方がはるかに速く曲がるので、ピンセットのように物体をつかむ動作をさせることができるということです。

図3 幅の異なる2本のヒドロゲルを固定して電場をかけると、細いヒドロゲルは素速く曲がり、太いヒドロゲルは曲がるのに時間がかかるので、ピンセットのように物体をつまむ動作をさせることができる。

研究者たちは今回3Dプリンタを利用することで複雑な形状のヒドロゲルを作成することができるようになりました。上で説明した理屈を利用して、たとえばビデオにあるように櫛の歯を向かい合わせたような構造のヒドロゲルを作って物体を移動させることもできます。さらには人形型のヒドロゲルを踊りながら移動させるデモンストレーションを動画の中で行っています。動きが面白いですね。このときには電圧は数分単位で繰り返し加えるようにしています。いつの日かもっと高度なヒドロゲルが作られれば、人工的な筋肉として働かせることもできるかもしれないと研究者たちは希望を持っているとのことです。

今回の研究は、最近様々な分野で注目を集めているソフトマターと3Dプリンタを組み合わせた成果でした。今回の研究には学術的な新規性はあまりないという批判も可能でしょう。しかし新しい技術を組み合わせることで新たな可能性が広がるということだと思います。皆さんはいかがお考えでしょうか。それではまた次回お会いしましょう。

[1] D. Morales, E. Palleau, M. D. Dickey and O. D. Velev. Soft Matter, 2014, 10, 1337-1348.
[2] D. Han, C. Farino, C. Yang, T. Scott, D. Browe, W. Choi, J. W. Freeman, and H. Lee
ACS Appl. Mat. Interfaces. 2018 10, 17512-17518.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。