クロム(Cr)-ステンレス鋼の名脇役

ステンレス鋼は鉄・クロム・ニッケルの合金で、耐食性に優れることからフォーク、ナイフなどの食器類、牛乳輸送用のタンク、台所用シンク、調理器具、飲料容器などに使われています。さらには建材、彫刻、車両、耐薬品性の容器や管など、材料の優等生です。

クロムは「色」

1797年、フランスの化学者L.ヴォークランは、シベリア産の紅鉛鉱(主成分はPbCrO4)からこの元素を発見しました。ヴォークランは、1798年にルビーの赤色やエメラルドの緑色も不純物として含まれるクロム化合物によることを見出しました。

クロムの単体は酸化クロム(Ⅲ)(Cr2O3)を炭素によって還元して得られましたが、この方法によると微量の炭素を含むため、無炭素の単体はアルミニウムを用いた還元でつくられました。19世紀初めから革なめしし剤や顔料などに用いられ始め、製鋼で使われるようになったのは20世紀になってからのことです。

元素名は、クロムの化合物が酸化状態に応じて多彩な色を呈することから、ギリシャ語で色を意味するkhromaクローマに因んで、フランスの化学者R.アユイによって命名されました。

類似の語源の用語を拾ってみましょう。
先ずは分析法としておなじみのクロマトグラフィー(chromatography)です。1906年にロシアの植物学者M.ツウェットは植物から抽出した色素をカラム(ガラス管の中に充塡剤を詰めたもの)に入れ、そこへ有機溶媒を流したところ、色素は色の異なる帯として分離されたことからギリシャ語のkhroma(色)とgraphosグラフォス(記録)から名付けられました。

次に生物の分野では、染色体(chromosome)はkhroma(色)とギリシャ語のsoma(体)からの用語で、染色質(chromatin)はkhroma(色)に化学物質を表す接尾辞(-in)を付けた語です。染色体や染色質は塩基性の色素によく染まることから名付けられました。

発明から100年を経たステンレス鋼

ここからはステンレス鋼についてです。

インド南部では紀元前6世紀頃からウーツ鋼がつくられ、錆びず硬い性質で知られていました。ウーツ鋼でできた刀剣は「ダマスカスの剣」と呼ばれて名剣とされ、十字軍の騎士たちはそれを土産に持ち帰り帯剣することを誇りにしました。

イギリスの刃物の生産地シェフィールドではウーツ鋼に関心を寄せ、19世紀になって本格的に研究を始めました。刃物師のJ.ストダートはM.ファラデーと協力し錆びにくい鋼を求めて、鉄にクロム、ニッケル、銅、錫などを添加した合金を試作し、これが合金鋼研究の始まりとされます。フランスでも、P.ベルティエが鉄・クロム系合金の研究を始め、ドイツではクロム合金の耐食・耐酸性と組成との関連が研究され始めました。

1904年、フランスのL.ギレーは、鉄・クロム系低炭素合金の結晶組織、熱処理、機械的強度を調べ、1906年からはそれを鉄・クロム・ニッケル系合金にも広げました。この過程で、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系の各鋼が冶金学的に体系化されました。そして、クロム系合金鋼の耐食性は不動態化(金属表面が酸化されて腐食に抵抗する被膜が形成されること)によるものであり、炭素を含むと耐食性を低下させることも解ってきました。

ギレーの研究を受けたA.ポートヴァンの報告には、今日よく知られている18系ステンレス鋼とほぼ同じ組成(クロム17.38%,炭素0.12%)の合金もみられます。

こうして今から約100年前にステンレス鋼の基礎研究が確立され、1910年代になると産業界の要請により工業材料としての検討がなされました。具体的には、イギリスではマルテンサイト系ステンレス鋼で刃物類が製造され、アメリカではフェライト系ステンレス鋼でタービンブレードが実用化され、ドイツではオーステナイト系ステンレス鋼で耐食・耐酸性のポンプやバルブが作られました。

 

 

 

 

1930年に世界一高いビルとして竣工したマンハッタンのクライスラービル(最頂部の高さは320m)
上層部の鱗状部分に世界で初めてステンレス鋼が外装材として使われた。
(出典:Pixabay)

 

我が国には欧米での工業への利用が始まって数年を経て導入され、1919年には官営八幡製鉄所で試作が行われ、びにくく光沢を保つ性質から「不銹ふしゅう鋼」、「常輝鋼」と名付けられました。旧陸軍では当初「不錆鋼ふせいこう」と呼びましたが、不成功・・・につながるとして避けられ、大成功・・・なら良いと「耐錆鋼たいせいこう」に変えたという逸話が残っています。

ステンレス鋼の三つの顔

ステンレス鋼は常温における結晶組織から、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系の三つに大別されます。それぞれの概略をまとめておきます。この三つのほかには、析出硬化系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼などもあります。

マルテンサイト系:
高温から焼入れするとマルテンサイトを生じて硬化します。焼入れ鋼のうち最も強靱で硬く、強磁性です。クロム13%のものが多く、「13クロムステンレス鋼」とも呼ばれます。炭素含有量が0.2%以上のものは硬質の刃物類、0.2%以下のものは普通の構造用材として使われます。

フェライト系:
焼入れで硬化せず常温で磁性を有します。クロムの含有率は10%台~20%台ですが、18%が標準なので、それらは「18クロムステンレス鋼」とも呼ばれます。大阪ドームの大きな屋根外板はフェライト系です。

オーステナイト系:
ニッケルやマンガンはオーステナイトを安定化する作用が大きく、ニッケルを8%含むので「18-8ステンレス鋼」とも呼ばれます。最も耐食性に優れ、熔接性にも優れるので、家庭用品、自動車部品、化学・食品工業など最も広く使われています。

アメリカ・バーリントン鉄道の「ゼファー号」
1934年、世界で初めてステンレス鋼が列車の外板として使われた
出典:WIKIMEDIA COMMONS
Charles Peirce氏による“Pioneer Zephyr Front” ライセンスはCC BY-SA 2.0による

 

参考文献:
「元素発見の歴史1」M.E.ウィークス,H.M.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「ステンレスのおはなし」大山 正,森田 茂,吉武進也著(日本規格協会,1994年)
「ステンレス鋼発見史」鈴木隆志著(アグネ技術センター,2000年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。非常勤講師として2019年に名古屋工業大学「科学史」(工学部二部),2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」(全学部共通)を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。