イリジウム(Ir)~メートル原器とキログラム原器に使われた金属

質量の単位の基準として、1世紀余り続いてきた国際キログラム原器による定義を変更することが、昨年11月にフランスで開かれた第26回国際度量衡総会で決まりました。新たな定義はプランク定数を基準にしており、今年の5月20日(メートル条約が締結された日、世界計量記念日)から適用されました。
長さや時間など質量以外の単位の定義は既に新しいものに変わっており、質量の単位だけが原器による定義として最後まで残っていたわけで、これで全ての計量単位が原器という器物で定義された時代が終わったことになります。

イリジウムと隕石

イリジウム(Ir)は、1803年にイギリスのS.テナントによってオスミウム(Os)と共に発見されました。自然白金を王水に溶かしてできる黒い残渣ざんさからオスミウムを除いた後にも別の金属の存在が認められ、その化合物の色が多彩なことから、ギリシャ神話の虹の女神イーリス(Iris)に因んで命名されました。

イリジウムは9族の元素ですが、短周期型周期表ではオスミウム、白金(Pt)と共にⅧ族の第六周期(白金族)に位置付けられていました。展性及び延性に乏しくて非常に硬く、融点が高いので、安定な金属です。また、密度(22.56g/㎤)が全元素中で二番目に大きい元素です。(最大はオスミウム(Os)の22.60g/㎤です)

イリジウムは、鉱工業では白金精錬の副産物として得られます。地殻中には1ppb(=0.001ppm)程度含まれますが、マントルにはこれより多くのイリジウムが含まれているとされます。また、隕石には、約0.5ppmものイリジウムを含むものがあることが知られています。アメリカの地質学者W.アルバレスは、物理学者でノーベル物理学賞を受けた父(L.アルバレス)と共に、中生代白亜紀と新生代第三紀の境界の薄い粘土層にイリジウムの濃集を発見し、隕石の衝突による生物界の激変説を提唱しました。

メートル法から国際単位系(SI)へ

かつては同じ物理量に対して様々な単位があったり、一つの単位系の中で複雑な換算が必要だったりしました。現在でも、生活習慣などと結び付いた伝統的な単位が慣用的に残っています。しかし、商取引などが国際的に広がる過程で、単位の不統一は大きな問題でした。

フランス革命後の1790年、国民議会のC.タレーラン=ペリゴーの提案により、世界中の長さの単位を統一して新たな単位を創設することが決議されました。その翌年、「北極点と赤道の間の海抜0㍍における子午線弧長の1000万分の1」が新たな長さの単位としてメートル(mètre)と名付けられました。

フランス国内では既存の単位系の便利さなどから反対がありましたが、1837年には、1840年以降メートル法以外の単位の使用を禁止する法律ができ、公文書にメートル法以外の単位を使用することができなくなりました。メートル法の施行を記念してフランスで発行が予定された記念メダルには「全ての時代に、全ての人々に」(À tous les temps, à tous les peuples.)の言葉が刻まれました。記念メダルは発行されませんでしたが、この言葉はメートル法の理念を表すものとして今に伝えられています。

フランス以外の国々でも度量衡単位の統一は同様に課題であり、1867年のパリ万国博覧会の際、パリに集まった学者たちはメートル法による単位統一を決議し、1875年には、メートル法導入のために各国が協力することを主旨とするメートル条約が締結されたのです。

19世紀以降、今度は、科学技術の発達により様々な物理量について単位が必要となり、メートル法を基本にして学問や分野ごとに派生的に決められ、再び各種の単位系が混在することになりました。それは主に次の三つに分けられます。

1)CGS系:  センチメートル[㎝],グラム[g],秒[s]を基本とする単位系
2)MKS系:  メートル[m],キログラム[㎏],秒[s]を基本とする単位系
3)MKSA系: MKS系に電流の単位アンペア[A]を加えたもの

そこで、これらの単位系を再統一するため、MKSA単位系を元にして作られたのが国際単位系(Système International d’unités,SI)で、1954年に採択されました。

メートル法完全実施記念切手(1959(昭和34)年6月5日発行)天秤・メートルグラス・巻尺を図案化
Japan Post (scan by carpkazu)による”日本におけるメートル法完全実施記念切手。これ以後尺貫法による尺度の使用が制限されるようになった。”ライセンスはPD(出典:WIKIMEDIA COMMONS)

国際メートル原器と国際キログラム原器

国際メートル原器は1889年に作られ、パリの国際度量衡局に保管されました。白金とイリジウムの9:1の合金製(断面形状は曲がりを防ぐX字型)で、全長は102㎝です。その中立面上には目盛りが刻まれ、1メートルは「氷が融解する温度で原器に刻まれた二本の目盛りの距離」と定義されました。(1983年に光速に基づく現行定義に変更)

国際メートル原器(レプリカ)
Meter Bar 27(出典:NIST)

革命が終わってまだ日が浅い18世紀末、長さの基準とする子午線を測量した人々を描く『子午線 メートル異聞』には、メートル原器がまだ現役だった頃の国際度量衡局での原器清掃の様子が記されています。それをご紹介しましょう。

“パリを見下ろす小高い丘の上,セーブル公園の畔にパビリヨン・ド・ブルトゥイユは建っている。二人の男性と一人の女性が、地下15㍍の所にある保管室に続く階段をゆっくりと下りていった。固く閉じられた扉の前に立った三人は、それぞれ一つずつ鍵を取り出した。彼らの持つ三つの鍵が揃って初めて、保管庫の扉が開く。時刻は5時。
(中略・メートル原器保管庫の点検に関する覚書)
二人の女性がほうき雑巾ぞうきんやスポンジで、保管庫の中を手早く掃除した。ローマの地下墓地に置かれたフレスコ絵画のように、二つの原器が空気,塵,湿気などの影響を受けて変化するのを防ぐためである。再び扉が両側から閉じられた。時刻は5時45分。地下保管室の扉は45分間しか開けておけない。次に保管庫が開けられるのは1年後、9月の最後の金曜日である。”

次はキログラム原器についてです。当初の1キログラムの定義は「最大密度(=液温4℃)における蒸留水1立方デシメートル(1デシメートル[dm]=10㎝)の質量」と定義されました。しかし、水の密度は気圧と気温の影響を受け、気圧には質量が定義の因子として含まれることから、循環定義(あることがらの定義のためにその概念自体を用いること)になります。そこで、循環定義になることを避けるため、1799年に最初の原器が白金で作られました。これは記録保存所がある地区名から「アルシーヴ原器」と呼ばれます。

国際キログラム原器(レプリカ)
Photo of U.S. kilogram masses(出典:NIST)

国際キログラム原器も、1889年にメートル原器と同じく白金とイリジウムの9:1の合金で作られ、こちらは分銅型(高さ・直径共に3.9㎝)です。白金・イリジウム合金が選ばれたのは高い安定性によるとはいえ、清掃などによって約1億分の6だけ軽くなったことが分かっており、現在の科学技術が求める水準に見合う新たな定義が必要になったのです。

 

参考文献:
「子午線 メートル異聞」D.ゲージュ著,鈴木まや訳(工作舎,1989年)
「単位のいま・むかし 古代単位からSI単位まで」小泉袈裟勝著(日本規格協会,1993年)
「万物の尺度を求めて メートル法を定めた子午線大計測」K.オールダー著,吉田三知世訳(早川書房,2006年)
「単位の進化 原始単位から原子単位へ」高田誠二著(講談社,2007年)
「単位の成り立ち」西條敏美著(恒星社厚生閣,2009年)
「新しい1キログラムの測り方 科学が進めば単位が変わる」臼田 孝著(講談社,2018年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。