ガラス容器が触媒となる反応

皆さんこんにちは。
以前、化学実験で撹拌をするために良く用いられるテフロン製の撹拌子(実際はその周りの汚れ)が、触媒の役割を果たす場合があることをお話ししました。今回はガラス製の反応容器が有機化学反応の触媒として働く反応をご紹介します。米国Purdue大学のRobert G. Cooks教授のグループは、図1に示す化学反応(Katritzky反応と呼ばれる有機化学反応の一つ)について様々な条件下で研究を行って来ました。今回ガラス容器中ではこの反応がスムーズに進むのに、プラスチック製の容器内では非常に遅いことが発見されたのです。

図1 今回研究された有機化学反応。原料も生成物も、酸素や窒素が陽イオンとなっているちょっと変わった化合物です。

 化学実験はたいていホウケイ酸ガラスと呼ばれるホウ素を含むガラス製の容器(例えばパイレックスやハリオのような商品名で販売されています)中で行われます。ホウケイ酸ガラスは熱に強く、家庭でもティーサーバーやパイ皿などによく使われていますね。パイレックスに代表されるホウケイ酸ガラスは熱だけではなく、有機溶剤や、強酸などの化学薬品にも強いために、化学実験室でもよく使われるのです。ガラスはフッ化水素など特殊な物質以外とは反応しないと思われてきました。しかし、今回ご紹介するLiさんらの研究論文1によれば、ガラスの表面が触媒として働く化学反応は以前からいくつか知られていたとのことです。例えば希ガスの化合物XeF2はガラス製の容器中ではテフロン製の容器中に比べて素速く分解する2のだそうです。
Liさんらは今回図1の化学反応をプラスチックの容器とガラスの容器で行いました。ある濃度条件では、プラスチックの容器に比べてガラスの容器では5倍の量の生成物が得られることが分かりました。これがガラスによる影響かどうかを更に確かめるために、彼女らはプラスチックの容器の中で、ガラスウールを細かく粉砕した微粒子を入れて反応を行うと、それを入れない場合に比べて100倍多くの生成物が得られたのです(図2)。

ではどうしてガラスの表面が触媒の働きをするのでしょうか。図3はホウケイ酸ガラスの構造を模式的に表したものです。ホウ素とケイ素が酸素を介してつながった網目状の構造の所々にナトリウムイオンが存在するというのがホウケイ酸ガラスの構造です。図の上部に見える灰色の線は、ガラスの表面を表しています。つまりガラスの表面にはケイ素に結合したOH基が突き出しています。このOH基の水素は水素イオンH+の形で外れていることが多いとされています。水素イオンがはずれてOの状態になっていればガラスの表面は水素イオンを受け取ることができます。つまりガラスの表面は塩基(水素イオンを受け取る物質)として作用するのです。今回研究した化学反応では、反応の中間に生成する化合物から水素イオンが引き抜かれることで反応が進行するとされているので、ガラスが反応を促進する働きがあるというのです。なお、図2にも示されているように、ガラス表面を特殊な処理(シラン化処理)をして不活性化したガラスウールを用いた場合はガラスウールを入れない場合とほとんど変わらないという結果になりました。これによってガラスの表面のOH基が触媒の働きをしていることが示されたのです。

図3 ホウケイ酸ガラスの構造の模式図。上部の灰色の線はガラスの表面を表している。本図の作成に当たっては論文3を参考にした。

 更に研究者たちは、ガラスウールの粉砕物では様々な大きさの微粒子が混じってしまい、反応を促進させる効果を量的に研究することができないと考え、微少で均一な大きさの球状のガラスビーズ(直径が32.5 ± 1.2 μm)を用いた実験も行っています。プラスチック製の容器内で前述の反応を行うとわずかな量の生成物しかできませんが、ガラスビーズを1.5mgまたは15mg加えると、加えないときに比べてそれぞれ33倍、330倍の量の生成物が得られたとのことです。また、ガラスビーズの入った溶液の上澄みだけを加えても反応を促進させる効果がなかったことから、ガラスに付着していた物質や汚れなどが触媒として働いているわけではないことも確認されました。
以上のようにある種の化学反応に対してはガラスが触媒になることがはっきりしたのです。これまでに報告されている膨大な種類の反応において、ひょっとするとそのうち結構な数の反応は実はガラス容器だから進んだのかもしれません。意外なところに化学の面白さがあると思いませんか?それではまた次回お会いしましょう。

 

1)Y. Li, T. F. Mehari, Z. Wei, Y. Liu, R. G. Cooks, Angew. Chem. Int. Ed. https://doi.org/10.1002/anie.202014613. 論文別刷りを送っていただきました著者のLiさんに感謝申し上げます。
2)C. A. Ramsden and R. G. Smith, J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6842. https://doi.org/10.1021/ja9804316
3)J. Du and J. M. Rimsza, NPJ Mater. Degrad., 2017, 1, 16, https://doi.org/10.1038/s41529-017-0017-y

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。