テフロン撹拌子に注意!!

皆さんこんにちは

マグネチックスターラーという器具を存じでしょうか。化学実験室でフラスコなどのガラス器具の中の溶液を撹拌するために、よく用いられる器具のことです(図1)。この器具の中には強力な磁石が入っていて、モーターで回るようになっています。フラスコなどの中に撹拌子(かくはんし)と呼ばれる、磁石の周りをテフロンという樹脂でコーティングした小さな棒状のものを入れ、それを回転する磁石の磁力で回すことで撹拌を行うのです。テフロンはフッ素を含むプラスチックで、ほとんどどんな物質とも反応しないためにこのような用途によく用いられます。

図1 マグネチックスターラーと撹拌子(左が止まっている状態、右は撹拌中)

化学者は皆、撹拌子はテフロンで覆われているので、それ自体溶液中で反応に関わることはないと信じて実験を行ってきました。しかし、使い古した撹拌子が着色していたり、一部黒くなっていたりすることは時々実際に見られます(図2)。最近報告された論文では、わずかに撹拌子が汚れているだけでも反応に大きな影響があることが指摘されました。それどころか、論文の著者は、汚れた撹拌子自体が非常に効率の良い触媒になり得るケースがあると警告したのです[1]

図2 新品(左)と使用した後(右)の撹拌子(このコラムの著者の研究室にあったもの)

モスクワ大学の研究者らは、まず使い古した撹拌子の表面の状態を、電子顕微鏡や、EDX[2]という装置で詳しく調べました。その結果、新品の撹拌子は表面がきれいなのに、使用後は非常に小さな亀裂や、繊維状の汚れがついていて、触媒として溶液中に添加したパラジウムなどの金属を含む微粒子がはっきりとその亀裂などの中に存在することが分かったのです。

また、ESI-MS[3]という装置を用いて、汚れた撹拌子から溶液内に、どれくらい金属が溶け出すかを調べたところ、ある攪拌子からはパラジウム金属を含む少なくとも2種類の化合物が溶液中に数分から30分かけて溶け出すことが分かりました。

ここからが肝心な部分です。
彼らは新品の撹拌子と使い古した撹拌子を使って、鈴木―宮浦反応[4]の実験を行いました。下の表には論文に出ている結果のうち2例のみ示します。4-ブロモトルエンという物質を反応物に使った場合は、なんと古い撹拌子を使うと、パラジウム触媒を入れなくても、パラジウム触媒を入れて新品の撹拌子を使ったときと同じ量の生成物が得られたのです。なお、新品の撹拌子を使って、触媒を加えない際には全く反応が進まなかったことも確認されました。もう一つの反応物である4-ニトロトルエンの時は、触媒を入れずに古い撹拌子だけ入れた場合は、触媒を使ったときよりは反応効率は悪かったのですが、触媒を使った場合の半分程度の量の生成物が得られることが分かりました。

反応物

パラジウム触媒と新品撹拌子使用

古い撹拌子使用
(触媒添加せず)

新品撹拌子使用
(触媒添加せず)

4-ブロモトルエン 17 17 0
4-ニトロトルエン 100 46 0

表1 鈴木-宮浦反応により、フェニルボロン酸という物質と表の反応物をある条件で反応させた場合の生成物の収率(%)を示した。

なぜ無視できない量の金属が撹拌子にくっついてしまうのかについて、彼らは理論的な考察を行っています。それによると、撹拌子が機械的にダメージを受けることで、テフロンの分子中の結合が一部切れると、パラジウム等の金属が強くテフロン分子に結合することも分かりました。よって新しくて表面なきれいな撹拌子よりは、わずかでも亀裂が入ったような撹拌子は、より金属がつきやすいと考えられるのです。

彼らは、使い古しの撹拌子は効率の良い触媒になり得ることが分かったので、触媒反応の実験では必ず新品の撹拌子を使ったときの実験もあわせて行うべきだと結論づけています。さらに、今後金属が結合した撹拌子自体が、これまでにない性能の触媒となる可能性も持っていると言っています。まさに瓢箪から駒かもしれませんね。

それではまた次回お会いしましょう。

 

[1] E. O. Pentsak, D. B. Eremin, E. G. Gordeev, and V. P. Ananikov, ACS Catal., 2019, 9, 3070-3081. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.9b00294
[2]エネルギー分散型X線分析のこと。電子線やエックス線を用いて、表面の微少部分にどのような元素が部分布しているのかを調べることができる装置。
[3] エレクトロスプレーイオン化質量分析装置のこと。主に溶液中に存在する極微量成分の量や分子の種類を調べることができる装置。
[4] 2010年に鈴木章先生がノーベル賞を受賞された対象となった反応。炭素化合物同士を結合させて、新たな有機化合物を合成する際に世界的によく用いられている反応。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。