古代エジプトのミイラ作りの薬品を解明

ミイラと言えばなんといっても古代エジプトのものが有名ですね。今でも多くの発掘調査がなされていますが、2018年にも考古学上大変大きな発見がありました。エジプトのカイロの南にあるサッカラ(Saqqara)という場所で、ミイラを作る工房跡が発見されたのです[1]。サッカラ近辺では以前から非常に多くのミイラが見つかっていますが、今回地下13mの場所から発見されたミイラ工房の遺体処理施設の跡地からは、当時使われた多くの陶器の容器が見つかりました(図1)。これらには遺体を腐らないように処理するための薬品が入っていたと考えられます。今回は、これらの容器に残されていた薬品がどのようなものであったのかを解明した研究をご紹介します[2]

図1 サッカラの遺体処理室(Embalming room)と埋葬室(Burial chambers)。おもに遺体処理室から発見された容器(写真左下)に残されていた物質が分析されました。この写真は今回ご紹介するM. Rageotらの論文Nature 2023, 614, 287–293に掲載されたものであり、著作権はボン大学のM. Lang氏にあります。(CC BY4.0)

 この工房は紀元前664-525年ころに使われていたもので、121個ものボウル状や筒状の容器が発見されました(図2)。しかもこれらの容器には、当時の文字でその内容や用途が書かれていたのです。例えば当時の文献に良く出てくる「antiu」という薬品の名前や「頭につける」とか「死者のにおいを良くする」のような文字がある容器が出土しました。これらの容器に残っている物質を分析することができれば、当時のミイラ作りがどのようにして行われたのかについて重要な情報が得られると考えられます。

図2 発掘された陶器のイメージ。ボウル状や筒状の陶器で、それぞれ四角枠のなかにあるように内容物や用途が象形文字で記録されていました。antiuやsefetは当時の文献に見られるミイラ作りの薬品(の英語名)です。

図3 検出された物質の例。左はモロン酸、右はダンマラジエノール(正確には3β-ヒドロキシダンマラ-20,24-ジエン)

 研究チームは全部で31個の容器内に残っていた物質の分析を行いました。それぞれの容器の内側の一部をかき取り、そこから溶媒で成分を抽出、その後ガスクロマトグラフ-質量分析器という装置で分析したのです。その結果これらには主に9種類の原料のどれかが含まれていることが分かりました。牛などの動物性の脂肪、ヒノキ等の樹種から取れる油脂(juniper・cypress oil)、ヒマラヤスギなどから取れるセダー油(cedar oil)、カシューナッツなどのウルシ科の樹木からとれるピスタチア樹脂(pistacia resin)、ヒマシ油(castor oil、トウゴマという植物から取れる油)、ダンマル樹脂(dammar resin、フタバガキ科の樹木[3]から取れる樹脂)などです。
これらの成分があることがどうして分かったのでしょうか。これらの成分にはそれぞれ特有の化学物質(biomarker)が含まれており、それらの化学物質が見つかることで判断されました。例えばピスタチア樹脂の場合はモロン酸の検出によって、ダンマル樹脂の場合はダンマラジエノールの検出がポイントとなりました(図3)。
発見された多くの物質は、カビや細菌から守る効果や皮膚の穴をふさぐ効果などがあるとされるもので、これらを使って大量にミイラを作っていたと思われます。特に今回多くの容器に記載があった頭の処置には、ヒマシ油とピスタチア樹脂を主に含むものが使われたと結論づけられています。また、今回の研究では、以前から古代エジプトの文献に良く出てくるantiuやsefetといった薬剤の内容も推定されました。従来antiuは没薬(もつやく、英語でmirrh、ミラルノキという種類の樹木から取れる樹脂)を指すと言われてきましたが、 antiuと書かれた容器の内容物の分析から、これは没薬のような単一の原料を表すのではなく、セダー油に動物の脂肪を混ぜたものであって、ミイラ作りのために製造されていたものと推定されています。またsefetは動物の脂肪が主で植物由来の油を混ぜたものであろうということです。
特にこの論文で注目している点は、これらの原料がエジプトでは得られず、遠くの地から運ばれてきたものであるということです。例えばピスタチア樹脂はエジプトから離れた地中海沿岸地域、セダー油などは現在のトルコ近辺、そしてダンマル樹脂は東南アジアから輸入されたと考えられています。つまり相当に高価なものであったと思われます。この工房の規模や原料の調達の状況から考えて、当時のエジプトの人々はミイラを作ることに相当なエネルギーとお金を使っていたと考えられます。人々は死後の世界で生きるために肉体を残しておくことが必要と考えていたそうです。そのための儀礼としてミイラは作られたのですが、今回のミイラ工房の発見はミイラがごく限られた王族だけのものではなく、多くの人がこのような工房でミイラとなり、そのためのビジネスが成り立っていたのではないかとも想像されるのです。何千年も前に。何か古代エジプトのイメージが変わりますね。ではまた次回。

 

[1] Chem. & Eng. News Feb. 6, 2023, p.4.
[2] M. Rageot, R. B. Hussein, S. Beck, V. Altmann-Wendling, M. I. M. Ibrahim, M. M. Bahgat, A. M. Yousef, K. Mittelstaedt, J.-J. Filippi, S. Buckley, C. Spiteri and P. W. Stockhammer, Nature 2023, 614, 287–293. この論文はドイツ、エジプト、フランス、イタリアなどの研究者からなるチームが発表したもので、オープンアクセスなので誰でも見られます。https://www.nature.com/articles/s41586-022-05663-4
[3] 平家物語で有名な沙羅雙樹もこの仲間だそうです。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。