カドミウム(Cd)による公害病

はじめに

カドミウム(Cd)は原子番号48、単体は比重8.65、銀白色の重金属です。1817年に発見されました。自然界では亜鉛(Zn)とともに存在しています。CdはZnを取り出す主な鉱石の閃亜鉛鉱せんあえんこうに約1%含まれています。用途は顔料(カドミウムイエロー、など)、電池(二次電池のニッケル・カドミウム電池の負極)、銀メッキやニッケルメッキの材料として使われて来ました。ただし、毒性が強く、使用に当たっては適切な管理が必要です1)

 

Cd毒性

Cdは消化器、皮膚から吸収され、血中タンパク質のアルブミンと結合して諸臓器に運ばれ、肝臓、心臓、脳、骨、などに蓄積されます。Cdの生物学的半減期はたいへん長く、10〜30年です。急性毒性としては、蒸気や粉末の吸引による肺水腫、経口摂取による消化器症状(嘔吐、下痢、腹痛)があります。慢性毒性としては、歯頸部の黄色着色(カドミウム輪)、頭痛、めまい、食欲不振、神経痛、などです。少量であっても、長期摂取すると体内に吸収されたCdは肝臓で代謝を受け、金属結合蛋白のメタロチオネインと複合体を形成します。その後、腎臓に運ばれて蓄積し、しだいに腎毒性を示し、最終的に腎不全に至ります。毒性の機序は腎臓の近位尿細管の障害です。尿細管でのリン酸や重炭酸の再吸収低下により、骨のCa代謝が阻害されます。その結果、骨の痛みや病的骨折が起こります(骨軟化の症状)2)。また、肝臓でのアンモニアの解毒に関与する酵素であるオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCTase)と結合することも示されました3)

 

イタイイタイ病

Cdの毒性で有名なのは、富山県の神通川下流域の婦負郡婦中町(現在の富山市)で起こった「イタイイタイ病」です。亜鉛鉱石の精錬工場での排水が未処理のまま放出されたため、Cdが河川水を通じて下流の水田や土壌に流入・蓄積し、農作物のCd汚染につながりました。被害者は中高年の女性が多く、長年にわたり水田の農作業に従事し、地元の米、野菜、飲料水を摂取していました。汚染された河川水や井戸水を農業用水として使用したため、そこで栽培された米や野菜にCdが蓄積しました。この病気の特徴は全身の激しい痛みです。骨量の減少、筋力低下から、体を動かすと痛むことから、寝たきり状態となり「痛い、痛い」と訴えました。このような症状は1910年代からあったと言われていますが、1955年に富山新聞の記者が地元の開業医を取材し、記事にする際に患者のこのような症状の訴えから「イタイイタイ病」として紹介しました。その後、この名称が広く使われています。医学的にはCdによる腎尿細管障害によって引き起こされた骨軟化症です。治療はビタミンDの大量投与により骨へのCa供給を改善する方法がありますが、Cdは長年にわたり体内に残留するので、根本的な治療法ではありません。現在、食品衛生法により、玄米ではCdが0.4ppmを越えないよう規制されています。

 

公害病

この病気の調査・研究により、1968年5月、厚生省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒による骨軟化症であり、カドミウムは神通川上流の三井金属鉱業の神岡鉱業所の事業活動によって排出されたものである。」と断定しました。これによってイタイイタイ病は政府によって認定された公害病の第1号になりました4)。また、1968年に患者や遺族により、三井金属鉱業に対して損害賠償の訴訟が起こされ、1審、2審ともに原告側の勝訴になり、結審しました。我が国で四大公害病といわれるのは、(1)「イタイイタイ病」、(2)「水俣病」、(3)「第二水俣病」、(4)「四日市ぜんそく」です。それぞれの原因物質は(1)はCd、(2)と(3)はHg(アセトアルデヒド・酢酸製造行程中で副生したメチル水銀化合物による魚介類汚染)、(4)亜硫酸ガス(石油化学工場の排煙による大気汚染)です。いずれも、化学物質が原因でした。

 

おわりに

化学産業が発展途上だった昭和の時代に我が国ではこのような重大な公害病が起こりました。私が高校・大学で化学を勉強した頃は、公害病が次々と明らかになっていました。また、光化学スモッグの発生のため校庭での体育が中止されることもよくありました。そのような社会情勢の下、大学入試では化学系の学科が不人気でした。一方、当時、原子力工学科は花形でした。現在では、環境の安全が重視され、化学物質の適正な使用に注意が払われています。化学物質の利用は人類に便益をもたらしますが、使い方を誤ったり、有害物質の管理を怠れば、多数の被害者を出してしまう公害を引き起こすことがあることを忘れないようにしましょう。

 

(参考)
1. 平山晃久. カドミウム化合物. 有害性金属類. P.247-248.吉村英敏編. 裁判化学. 南山堂. 1992年.
2. 原田 孝則. 重金属の健康影響と毒性評価. Foods & Food Ingredients J. Jpn., Vol. 224, No.3, 2019.
3. カドミウムはいかにして毒性を発現するか. 国立環境研究所.
https://www.nies.go.jp/kanko/news/9/9-5/9-5-06.html
4. イタイイタイ病. 独立行政法人 環境再生保全機構.
https://www.erca.go.jp/yobou/taiki/yougo/kw10.html

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上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。

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