ストロンチウムは原子番号38,アルカリ土類金属の一つで,その単体は軽い銀白色の金属です。今回はストロンチウムについてご紹介します。 |
「妖精が住む丘の端」の村で見付かった石
ストロンチウムの発見は,スコットランド南部の小村ストロンチアンに産する白色の石が契機でした。地名のストロンチアンは現地のスコットランド・ゲール語ではSron an t-Sitheinと書かれ,「ストローン・アン・チーエン」に近い発音です。Sronのスペルにtはありませんが「ストローン」と読み,「鼻,先端」のことです。Sitheinは「妖精が住む丘の」を意味し,全体としては「妖精が住む丘の端」にある村ということになります。
元素名のもとになったストロンチアン村の道標
(1,2行目はゲール語表記)
出典:Peter Van den Bosscheによる”Welcome to Strontian”ライセンスはCC BY-SA 2.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
ストロンチアンに産する白い石は毒重石(Witherite,組成はBaCO3)に似ていたことから,毒重石の変種であると考えられました。毒重石は1790年にイギリスの鉱物学者W.ウィザリングがイングランド中部で発見したバリウムの炭酸塩鉱物です。塩化バリウム(BaCl2)の薬効を調べていたイギリスの医師A.クロフォードは,毒重石に似たこの石を「ストロンチアンで固定空気化されたバライタ」と呼び,それを塩酸に溶かせば,より容易に塩化バリウムができると考えて試しました。(⇒固定空気についてはココまたはココをクリック)
バライタ(baryta)は酸化バリウム(BaO)であり,クロフォードが考えた反応は「固定空気化されたバライタ」すなわち炭酸バリウム(BaCO3)と塩酸との反応でした。
BaCO3+2HCl→BaCl2+CO2+H2O
クロフォードの着想は,塩化バリウムが当時は硫酸塩鉱物である重晶石(Barite,組成はBaSO4)からつくられていたことによりますが,得られた物質の性質は塩化バリウムよりも水によく溶け,結晶の形も違いました。このことは同僚のW.クルクシャンクによっても確かめられ,クロフォードは「ストロンチアンで固定空気化されたバライタ」は新種の土類である可能性が高い,と考えるようになりました。
ドイツの医師で鉱物収集家でもあったF.ズルツァーは,1791年に同僚のJ.ブルーメンバッハと共にこの石を分析して新鉱物と認め,ストロンチアン石(Strontianite)と名付けました。次いでイギリスの化学者T.ホープは,ストロンチアン石からつくった化合物がカルシウムやバリウムの化合物に似ていること,塩化物は炎を赤く着色し,その色はカルシウムの炎色よりも鮮やかであることを観察しました。単体は1808年,H.デービーによって塩化ストロンチウム(SrCl2)の電気分解により得られました。
ストロンチウムの炎色反応
出典:Pixelmaniac picturesによる”Strontium in a pyrotechnic piece”ライセンスはCC0 1.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
ストロンチアン石は炭酸塩鉱物ですが,硫酸塩鉱物の天青石(Celestine)もストロンチウムを含みます。天青石はアメリカ・ペンシルバニア州で1799年に発見されており,ストロンチアン石が発見された頃にはまだあまり知られていませんでした。多くは無色透明ですが,淡い空色を呈するものがあり,名前の元になっています。
天青石(マダガスカル産)
出典:La2O3による”Celestine mineral on display at Yale’s Peabody Museum”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
製糖工業でのかつての利用
砂糖は,サトウダイコン(甜菜,ビートとも)を原料とする甜菜糖とサトウキビ(砂糖黍)を原料とする甘蔗糖とに大別されます。サトウダイコンは地中海地方に自生していたアカザ亜科フダンソウ属の植物が改良された越年生(二年生)の作物で,日本では北海道などで栽培されます。一方のサトウキビは,南太平洋の島々が原産のイネ科多年草で,日本には奈良時代に入ったとされ,鹿児島や沖縄などで生産されています。
サトウダイコンについて,古くは明の李時珍による『本草綱目』に〈菾菜〉(第二十六巻 菜之一 菜部五類)の項があり,「莙薘菜」とも記されています。日本では,宮崎安貞が著した『農業全書』(1697年刊)の〈ふだん草〉(第四巻 菜之類)の項に「上方にてはたうちさとも云なり」(「たうちさ」は糖萵苣),「ふだん草又の名は甛菜共云畦作り種子を蒔事大根と同じ二月蒔て四月苗のふとるに任てうつしうゆるもよし」(「甛」は「甜」と同字)と紹介されています。
ドイツの化学者A.マルクグラーフは1747年に飼料用サトウダイコンから甘味成分を抽出し,それがサトウキビと同じスクロース(ショ糖)であることを発表しました。マルクグラーフは干し葡萄(レーズン)からグルコース(ブドウ糖)を単離したことでも知られています。
農家ではそれ以前から,経験的にサトウダイコンの汁液を煮詰めて甘味料や食品保存料,ハチ(蜂)の飼料などに使っていました。その後,彼の門下生F.アハルドはマルクグラーフの方法を実用化し,1801年にはドイツで最初の甜菜糖工場ができました。甜菜糖が拡がる転機になったのはナポレオンによる1806年の大陸封鎖令でした。このとき西インド諸島からの砂糖の輸入が止まり,実用化されたばかりの甜菜糖工業が仏独両国を中心に普及しました。
サトウダイコンを配した旧・ソ連邦の切手
(1964年発行,10カペイカ)
出典:Post of the Soviet Union. E. Aniskin, N. Kruglovによる”Stamp of Soviet Union, 1964, sugar beet”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
日本では,1870(明治3)年に民部省が牧草,サトウダイコン(砂糖大根),カブ(蕪菁)などの種子を取り寄せ,東京府開墾局などに配布して試植させました。1871(明治4)年から1873(明治6)年にかけて欧米農業の視察が行われ,その報告書には「百年前ニ普魯士ニテ一種赤色ノ蕪菁ヲ種テ其液ヨリ砂糖ヲ製スルコトヲ発明シ」とあります。1873年にウィーンで開かれた万国博覧会の際にも,移植が有望視された植物や種子が持ち帰られ,希望する府県に配布された7種の「洋種穀菜類」うちの一つが「菾菜 原名びーと」でした。
内務省勧農局長の松方正義は,サトウダイコンの栽培は当時開拓が進められていた北海道の寒冷な気候に適すると考えました。1879(明治12)年に初の甜菜糖工場として胆振国有珠郡紋鼈村(現・伊達市)に官営紋鼈製糖所が建設されましたが,事業は失敗し,父の遺志を継いだ松方正熊が大正期に十勝で製糖会社を創立しました。
水酸化ストロンチウム(Sr(OH)2)は,かつて甜菜糖の製造に使われました。水酸化ストロンチウムを用いた砂糖の結晶化は,1849年にフランスの化学者A.デュブランフォーが特許を取得しました。デュブランフォーは,グルコース溶液の観察から変旋光(溶液の旋光度の経時的な変化)を発見し,一番糖の分離後の液(糖蜜)から二番糖を回収する方法を考案した人でもあります。
製糖工業での水酸化ストロンチウムの使用は,1870年代に普及し,第一次大戦前には年間10万~15万㌧に達しました。とりわけドイツでは,製糖のためにストロンチアン石や天青石が大規模に採掘され,1940年代前半まで世界の生産量の多くを占めました。
現在では,水酸化ストロンチウムの代わりに水酸化カルシウム(Ca(OH)2)が使われています。収獲されたサトウダイコンの根茎は裁断され,糖汁と混和して浸出されます。次に浸出液に水酸化カルシウム(石灰乳)を加え,蛋白質や多糖類のペクチンなどを凝集させると同時に,アミド類や還元糖などを分解して着色しにくくします。その後,二酸化炭素を加えて炭酸カルシウム(CaCO3)を沈澱させます。これは,アミノ酸,有機酸,色素などを沈澱に吸着させて除去するのが目的です。こうしてできた原料糖から精製糖やその他の製品ができます。
放射性ストロンチウムとその回収
ストロンチウムの同位体のうち90Srは放射性でβ線を出します(半減期は約29年)。20世紀半ば以降に行われた大気圏内核実験で生じる放射性降下物には90Srが多く含まれることが分かり,カルシウムとの類似性や代謝に関する研究が行われました。
89Sr(半減期約50日)もβ線を出します。癌の骨への転移病巣ではカルシウム代謝が活発で,ストロンチウムもそうした部位に多く集まります。89Srを用いると骨転移病巣に集中的にβ線を照射することができ,多発性の骨転移などで体外からの放射線治療が困難な場合でも疼痛の緩和効果があります。
ストロンチウムイオンはカルシウムイオンと半径が近く,生体内でカルシウムイオンと置換して骨や蛋白質に蓄積されやすく,骨での存在期間は数年とされます。人体へは主に飲料水や食物から入り,海藻・魚・ミルクは90Srを蓄積しやすい食物とされます。
日本原子力研究開発機構(JAEA)では,食品廃棄物の豚骨を炭酸水素ナトリウム(NaHCO3,重曹)水溶液に浸漬することによってできる高炭酸含有アパタイトが,放射性ストロンチウムなどの有害金属の吸着剤として有効であることを発表しました。この技術が普及すれば,環境の浄化・除染と食品廃棄物の有効利用という一挙両得が期待されます。
参考文献
「元素発見の歴史2」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「日本製糖技術史1700~1900」植村正治著(清文堂,1998年)
「楽しい鉱物図鑑②」堀 秀道著(草思社,2003年)
「シリーズ《食品の科学》 砂糖の科学」橋本 仁・高田明和編(朝倉書店,2007年)
「楽しい鉱物図鑑」堀 秀道著(草思社,2013年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「元素118の新知識」桜井 弘編(講談社,2017年)
「日本甜菜製糖100年史」日本甜菜製糖株式会社編(2019年)
「ミニ百科・原子力と環境のかかわり セシウムとストロンチウム」環境科学技術研究所(http://www.ies.or.jp)
「廃棄豚骨が有害金属吸着剤に 廃材を利用した安価で高性能な金属吸着技術を実現」日本原子力研究開発機構(https://www.jaea.go.jp)

園部利彦

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