チタン(Ti)-軍用・民生,20世紀に利用が進んだ金属

金属チタンの製造が工業化されたのは20世紀に入ってからのことで,その用途は戦争を境にして変貌しました。1970年代には,軽さと強靱さをいかした航空機部品と高耐蝕性をいかした原子力発電設備が二大用途になりました。

チタンの発見と再発見

聖職者でアマチュア鉱物学者でもあったW.グレガーは,1790年,イングランド南西部コーンウォール州の自身の教区内にあるメナカン谷で磁性を示す黒い砂を採取しました。
グレガーが採取したのは,イルメナイト(Ilmenite)として知られているチタン鉄鉱(成分はFeTiO)の一種です。彼は,この鉱物を採取地の谷の名からメナカナイト(Menaccanite)と呼び,黒い砂から得た酸化物が新たな金属を含むとする論文を翌年に出版しました。グレガーは教区牧師を長く務め,地元の地質学への興味からコーンウォール王立地質学会の創設時からの会員であり,絵画や音楽をたしなむ多芸な人でもありました。

ドイツの化学者M.クラップロートも,1795年にハンガリー産の別の鉱石から類似の酸化物を得ており,それはグレガーの酸化物と同じものであることが分かりました。クラップロートは,その成分の金属に,1789年に自身が発見したウランのときにならって,ギリシア神話をもとにチタン(titanium)という名前を与えました。クラップロートが扱った鉱石は,ルチル(Rutile)として知られている金紅石きんこうせき(成分はTiO)で,イルメナイトと共にチタンの重要な資源ですが,最近では高品位なルチルは枯渇してきています。

チタンの名がギリシア神話の巨人族ティーターン(Τιταν)に由来することはよく知られています。彼らはオリンポス神族以前の原始の神々でしたが,その子孫に敗れて幽閉されました。土星で最大の衛星(第六衛星)の名前タイタン(Titan)は「巨人」の意味ですし,形容詞titanicは「巨大な,怪力の,重要な」の意味で,100余年前に北大西洋に沈んだ英国客船タイタニックの船名にもなりました。

 

チタンの生産技術

金属の製錬工程の還元反応は,直接還元と間接還元に大別されます。鉄は鉄鉱石(酸化鉄)のコークス(炭素)による還元(①式のほか,熔鉱炉内で鉄鉱石は,FeO→FeO→FeO と順次還元されます)で,アルミニウムはボーキサイト(酸化アルミニウム)の融解塩電解(②式)でつくられ,どちらも原鉱石を精製後,直接に還元しています。
FeO+3C→2Fe+3CO …①
〔陰極〕Al+3e→Al …②(陽極では 2O2-+C→CO+4e
一方,チタンと酸素の結合は強く,酸化チタンの還元で単体を得ることはできません。チタンの単体を初めて得たのはM.ハンターで,彼は1910年,四塩化チタン(TiCl)をナトリウムで還元することに成功し,純度99.9%のチタンをつくりました。その方法は,酸化チタンに炭素と塩素を作用させて得られる塩化物を還元する間接還元(③式)で,これが後の量産化への先行技術となりました。
TiO+2C+2Cl→TiCl+2CO  TiCl+4Na→Ti+4NaCl …③
ハンターはニュージーランドに生まれてロンドンでも学び,アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社に入ってチタンに関する研究を始めた人物です。

第二次大戦後の1946年,ルクセンブルクの冶金学者W.クロールは,マグネシウムによる四塩化チタンの還元でより高純度のチタンの量産化を実現しました。クロールは,ルクセンブルクで高校まで学んだ後,ドイツで冶金学を学び,故国に戻って自ら研究室を設立してチタンとその合金について研究しました。彼が開発したチタン製造技術は,アメリカの特許(1940年6月25日・第2205854号)になりました。
クロール法の主反応(④式)では,アルゴンで満たした密閉容器にマグネシウムを入れて電気炉で融かし,そこへ四塩化チタンを入れて反応させます。副生成物の塩化マグネシウムは電気分解でマグネシウムと塩素に分けられ,それぞれ再利用されます。
TiCl+2Mg→Ti+2MgCl …④
こうしてできるチタンは多孔質で,「スポンジチタン」と呼ばれます。通常はこの状態で出荷され,地金はスポンジチタンからつくられます。

 

 

 

スポンジチタン
File:出典:Juriiによる”Titanium cylinder, 3 x 4 cm, 120 grams.”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

クロール法によるチタン製造の中間体である四塩化チタンは,エチレンなどの不飽和炭化水素の常温常圧重合を可能にしたチーグラー・ナッタ触媒の成分としても知られています。1952年にドイツのK.チーグラーは四塩化チタン,1955年にイタリアのG.ナッタは三塩化チタン(TiCl)を用い,共にトリアルキルアルミニウムを助触媒として,エチレンの常温常圧重合に成功したのです。
チーグラー・ナッタ触媒の開発以前,ポリエチレンは高温高圧下での過酷な条件によってしか得られませんでしたが,この触媒を用いることで立体特異的な重合も可能になりました。四塩化チタンは発煙性の液体で,飛行機で空中に文字を描くための着色性発煙剤としても使われます。

 

 

飛行機雲
出典:Aviationstirlingによる”Boeing 777”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

チタンの用途の歴史-軍事技術から民生・商用へ

クロール法によってチタンの量産化が確立した1950年代,先ずはアメリカとソ連(当時)が軍用機の軽量化に使い始めました。1950年代半ばに「Ti-6 Al-4 V」などの有用な合金が実用化され,両国は冷戦の終結まで,鉱石の確保と金属の国内備蓄,更には市場の獲得まで,熾烈な競争を繰り広げました。現在では,大型旅客機の新鋭機種に使われているチタンの重量は,多いもので1機あたり50㌧超になりました。
チタン合金は,航空機の機体やエンジンにおいてアルミニウム合金や鋼より強度が大きく,機体に多く使われるようになっているCFRP(炭素繊維樹脂強化複合材)と腐食性や熱膨張率で相性が良い,という特性があります。こうした特性から,大型旅客機やエンジンでのチタン合金の使用割合は増えつつあり,例えば,米・ボーイング社のB747型機(1969年)でのチタンの使用割合は2%だったのに対して,B787(2011年)では15%になっています。※1
一方,核兵器の開発から得られた技術は原子力発電に転用されて原発が増設され,それに伴ってチタンの需要は急増しました。具体的には,発電機を回した後の蒸気は回収後に熱交換器(復水器)に入って海水で冷やされるため,その配管などは海水耐蝕性に優れる純チタンで作られています。

日本でも1950年代にチタンの生産が始まりました。専業メーカーに加え,鉄鋼メーカーも鉄鋼生産の設備と技術を応用してチタンの生産を始め,20世紀末に日本は米ロと並ぶ生産国になりました。2015年の生産量は世界で1032万㌧,このうちオーストラリア(15.8%),南アフリカ(15.3%),中国(13.6%),モザンビーク(8.3%)の上位四か国で過半を占めます。

 

 

 

ガラス器にコーティングしたチタンのヒートグラデーション
(金属には加熱により変色する性質があり,チタンは放熱性が低く,様々な色を呈します。200~250℃では青色,400℃付近では紫~黒色に変わります)

 

※1 2021年2月23日 訂正

参考文献
Arthur Russell, “The Rev. William Gregor(1761-1817), discoverer of titanium”, The Mineralogical Magazine and Journal of the Mineralogical Society., Vol.XXX, No.229, pp.617–624(1955)
「ギリシア・ローマ神話辞典」高津春繁著(岩波書店,1996年)
「元素大百科事典」渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「チタンのおはなし 改訂版」鈴木敏之・森口康夫著(日本規格協会,2010年)
「楽しい鉱物図鑑」堀 秀道著(草思社,2013年)
「元素118の新知識」桜井 弘著(講談社,2017年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「地理統計 2019年版」帝国書院編集部編(帝国書院,2019年)
公益財団法人・日本金属学会のHP

※以下2021年2月23日に参考文献として追加
「航空機機体の製造技術」中島正憲,精密工学会誌,Vol.75,№8(2009年)
「航空機用チタン合金の材料特性および開発指針」北嶋具教,御手洗容子,まてりあ,第55巻・第8号(2016年)

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園部利彦

園部利彦

2017年3月まで岐阜県立高等学校で化学を教え退職。化学(科学)の歴史と科学者に興味があり、趣味は鉱山の旅とフランス語。