イッテルビウム(Yb)-光格子時計に使われる元素

 イッテルビウム(70Yb)の単体は灰色の金属(25℃での密度7.0g/㎤,融点824℃,沸点1193℃)です。ガラスの着色剤やYAGレーザーの添加物などに利用され,最近では,光格子時計で注目されています。

イッテルビウムの発見

フランスの化学者G.ユルバンは,絵を描き,彫刻をし,作曲もする趣味人の側面をもち合わせる人でした。1907年,ユルバンは,イッテルビア(下図で下線のあるイッテルビア)を硝酸溶液の分別結晶を繰り返すことによって二分割しました。
ユルバンの研究に先行して,1878年,スイスの化学者J.マリニャクは,ガドリン石からのエルビア(下図で下線のあるエルビア)から得られた硝酸塩の熱分解という方法で二つに分割しました。ユルバンは,マリニャクのこの業績に敬意を表してイッテルビアの名を継承して自身が分離した一方にネオイッテルビア(Neoytterbia)の名を付け,他方は,パリの古名からルテシア(Lutecia,後にLutetia)と名付けました。前者がイッテルビウムの酸化物に相当します。

ユルバンとほぼ同時期に,オーストリアの化学者ヴェルスバッハ(C.アウエル)もこの二つの元素を発見し,牡牛おうし座のα星(首星)の名前からアルデバラニウム(Aldebaranium),カシオペア座からカシオペイウム(Cassiopeium)とそれぞれ名付けましたが,元素名にはユルバンの命名が採用されました。

 

 

 

厳冬のよいに輝く牡牛座
(アルデバランは右眼の位置の星)
出典:Alexander Jamiesonによる”1822 – Alexander Jamieson – Taurus”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

稀土類化合物の性質と分離法

稀土類元素の分離に取り組んだ化学者たちは,溶解度の差異,酸や塩基との反応性の差異などを手がかりにして錯雑な物質を分析しました。ここでは稀土類化合物の化学的性質と分離への応用について簡単にまとめます。

金属の酸化物の多くは塩基性酸化物で,稀土類の酸化物も全て塩基性酸化物です。その塩基性の度合いは酸化ランタン(Ⅲ)(LaO)が最も大きく,酸化バリウム(BaO)のそれよりやや小さい程度です。
ランタン以降,原子番号が大きくなると塩基性は減少し,ランタノイド系列からプロメチウムを除いた14元素にスカンジウムとイットリウムを加えた16元素について,各酸化物の塩基性を強さの順に並べると次のようになります。稀土類塩の混合物の水溶液にアンモニア水を少しずつ加えていくと,塩基性のより小さい方のイオンが先に水酸化物を生成して沈澱するので,塩基性の差異によって分離することができます。

La>CeⅢ>Pr>Nd>Y>Sm>Eu>Gd>Tb>Dy>Ho>Er>Tm>Yb>Lu>Sc>CeⅣ

 次は,マリニャクも行った硝酸塩の熱分解についてです。稀土類の硝酸塩は加熱すると分解し,例えば硝酸ランタン(Ⅲ)六水和物(La(NO)•6HO)の場合は,無水塩を経てオキシ硝酸ランタン(Ⅲ)(LaONO)を生じ(①式),更に加熱すると酸化物になります(②式)。

2La(NO)→2LaONO+4NO+O …①
4LaONO→2LaO+4NO+O …②

 異なる硝酸塩では熱分解の温度も異ります。そこで,稀土類塩の混合物を硝酸に溶かしてから蒸発乾固し,硝酸塩の混合物とします。これを穏やかに加熱し,冷却後に温水に溶かすと,熱分解生成物は沈澱し,分解しなかった方(硝酸塩)は溶液中に残存します。次に,沈澱物(熱分解生成物)と溶液中に残存する硝酸塩をそれぞれ蒸発乾固して取り出し,熱分解を再度行います。
この操作を繰り返すと,熱分解生成物と分解しなかった物質(硝酸塩)の分離がより完全になります。硝酸塩の熱分解による分離法は,P.クレーベによってツリウムとホルミウムの分離にも用いられました。

 

振り子時計からクォーツ時計へ

時計を表す英語のclockは,中世ラテン語で「鐘」を意味するcloccaが語源であるとされ,時報として鳴らされる鐘がもとになっています。機械式時計は,より正確になると共に小型化も進み,16世紀頃には個人が持つ時計が作られるようになりました。
1580年代にイタリアのG.ガリレイは,振り子の等時性を見出し,振り子を規則正しく動かす機構を発明しました。これを受けてオランダの数学者・物理学者で天文学者でもあったC.ホイヘンスは,1656年に振り子時計を設計しました。初期の振り子時計は,時を刻む機構に振り子の振動を伝達して動く方式でした。

1880年,フランスのキュリー兄弟(兄のJ.キュリーと弟のP.キュリー)は,トルマリン(電気石)に圧力を加えると石の両面に電気が生じる現象(圧電効果)を発見しました。その翌年,G.リップマンは,圧電効果を示す石に電圧を加えると石にひずみが生じること(逆圧電効果)を熱力学の法則から数学的に導き,そのことがキュリー兄弟により実験で確認されました。その後,複数の結晶について研究が進み,水晶は逆圧電効果への応答が顕著で安定性が高い材料であることが分かりました。

 

 

 

 

 

トルマリン(米・サンディエゴ産)
出典:Stickpenによる”Tourmaline”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

1921年,アメリカの物理学者W.キャディは,水晶を特定の大きさに切り出し,一定の振動数で発振する水晶発振子の試作に成功しました。1923年には,英・国立物理学研究所のD.ダイと米・ベル研究所のW.マリソンによって水晶発振子で時間の測定が行われ,最初のクォーツ時計は,1927年にマリソンとJ.ホートンによって作られました。
マリソンらは,水晶振動子の100㎑(キロヘルツ)の振動を真空管を用いた回路で1㎑に変換して歯車を駆動しました。その装置は,一つの部屋全体を占めるほどの大きさで,水晶は恒温槽に入れられ,運転には大規模な交流電源を要しました。

 

 

 

 

 

 

 

左は初期の水晶発振式時計(1930年代)
出典:Rama・Bajsejohannesによる”MIH-film27jpg whitebalance”ライセンスはCC BY-SA 2.0 FR(WIKIMEDIA COMMONSより)

水晶振動子が腕時計に入るには,その小型化と共に,ムーブメント全体の小型化も必須で,それはロッカーのような大きさであった初期の時計を10万分の1のオーダーで小さくする技術の開発でした。世界初のクォーツ腕時計「セイコーアストロン35SQ」は,1969(昭和44)年,㈱諏訪精工舎(現・セイコーエプソン㈱)から発売されました。
現在,クォーツ時計の振動子の周波数は32768(=215)㎐が標準的で,これをもとに,アナログ時計では時針速度を調整し,デジタル時計では電気的に処理して表示しています。水晶振動子には,結晶ごとがもつ個別の誤差のほかに,温度による周波数の誤差があり,一般的なクォーツ時計の誤差は1か月で15~30秒程度です。

 

 

 

 

 

 

 

周波数32768㎐の水晶発振子の例
出典:Mister rfによる”32768 Hz quartz crystal resonator”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

光格子時計の原理-セシウム原子とイッテルビウム原子の1秒

1秒は,セシウム原子(133Cs)が放射する電磁波の周波数,約9.2ギガ㎐(9192631770ヘルツ)によって定義されています。原子や分子には,固有の振動数の光や電波を吸収し,放射する性質があります。セシウム原子を用いた原子時計では,9192631770回分の振動が1秒に相当し,それでも約1000年に1秒の誤差を生じます。誤差の原因は,セシウム原子の熱運動,他原子との相互作用により原子が吸収する振動数が変化することによります。
原子が動くと,ドップラー効果により振動数に誤差を生じるので,より高精度の計時を実現するには原子を静止させる必要があります。現在,原子を静止させるのに次の二つの技術が試みられています。先ず,原子の温度を下げるためにレーザーを用いて0ケルビン(-273.15℃,絶対零度)に近い極低温まで冷却する技術が開発されています。次に,レーザーの干渉でできる光の格子に原子を閉じ込めます。その際には,原子のエネルギーが変化しないような特定の波長のレーザーを使うことが必要です。

光格子時計では,レーザー光を交差させて光格子という原子の容器に相当するものを作り,そこに原子を閉じ込めて,原子の振動で放射される電磁波の周波数を計測して時間を刻みます。
イッテルビウム光格子時計では,イッテルビウム原子を減速させるためのレーザー(波長399㎚),原子を冷却するためのレーザー(399㎚,556㎚),光格子を作るためのレーザー(759㎚),時計用レーザー(578㎚)などのレーザーが用いられており,継続的に作動するには,これらのレーザーの周波数と強度を高い精度で制御し続ける必要があります。光格子時計ではストロンチウム原子を用いた研究が先行していますが,イッテルビウム原子(171Yb)では,より高い周波数の電磁波,約518テラ㎐(518295836590864㎐)が計測されており,1億年に1秒程度にまで精度を高められると期待されているのです。

 

 

イッテルビウム光格子時計
(米・国立標準技術研究所,NIST)
出典:National Institute of Standards and Technologyによる”Ytterbium Lattice Atomic Clock (10444764266)”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 

参考文献
希土類元素の探求(1),奥野久輝,現代化学・1972年1月号(東京化学同人)
希土類元素の探求(3),奥野久輝,現代化学・1972年3月号(東京化学同人)
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
解説「次世代周波数標準:光格子時計」,高本将男・香取秀俊,光学,37巻7号(2008)
「1秒って誰が決めるの? 日時計から光格子時計まで」安田正美著(筑摩書房,2014年)
「時計技術解説」クオーツ時計 Ⅻ.クオーツ時計の高精度化,樋口晴彦,マイクロメカトロニクス(日本時計学会誌),62巻218号,p.75~88(2018)
「時計の科学 人と時間の5000年の歴史」織田一朗著(講談社,2021年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。