実験講座 番外編 アメリカの水道水とイオンクロマトグラフィー

アメリカは北アメリカ大陸の南半分を占める大陸国であるため、蛇口をひねって出てくる水道水の水質は、場所によって多様である。同じ州でも浄水場がいくつもあることも多く、それぞれの水道局が異なる水源を使っていたり、複数の水源の水を混ぜて利用したりしている。全般的にアメリカの水道水は高い硬度を示すところが多い。水に溶けている成分としてはカルシウムとマグネシウムなどの陽イオン、硫酸イオンや塩化物イオンが高い傾向にある。それらは石灰、石膏、火山系岩石に含まれる成分由来であることが多い。海から遠いところであっても塩分濃度が高い水道水もある。カリフォルニア州では上水中の塩分濃度が高いことが農業に悪影響しているところもあるようである。

下図のように、アメリカの水道水の水源は河川が最も多く、次いで湖、地下水となっている。それに対して日本の水道はダムが最も多く、河川、井戸水(地下水)の順になっている。ダムも本来は河川由来の水であると考えれば、日本の水道水源はアメリカよりも河川水に頼っていると言える。両国の河川の地理学的な特徴の違いを考えると、日本の気候は雨が多くまた河川が急峻であることから、地域ごとの地質に影響を与える岩石由来の成分は比較的少なくなるため軟水になることが多い。一方で河川の流れが緩やかで降水量の少ないアメリカでは河川水の硬度が高くなる傾向がある。

 

アメリカの主な水道水の取水源(テネシー州立大学Ryan Beniらの論文から1)
アメリカの主な水道水の取水源(テネシー州立大学Ryan Beniらの論文から)(1)

 

 

日本の水道水の取水源(日本水道協会の資料から2))
日本の水道水の取水源(日本水道協会の資料から)(2)

 

 

 

また、アメリカの水質の特徴としては人為起源の水質項目も比較的多く見受けられ、農業用の肥料を由来とする亜硝酸イオンや硝酸イオンなどが高く出るところが見受けられている。近年では両国ともにPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸)の水道水への混入について大きな話題となっていて、カリフォルニア州ではこれらを含む商品の製造販売を2030年ごろに禁止する方向で動いている。これらは撥水加工品、消火剤、界面活性剤などに利用されているため、飛行場での利用、山火事の消火活動、ゴミの埋立て地からの溶出などが指摘されている。

ほとんどの国で、水道水の供給のために衛生上の理由で消毒剤が添加されている。日本では消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムおよび液化塩素が用いられているが3)、アメリカでは液化塩素、クロラミン、二酸化塩素が主に使用されている4)。アメリカ国内ではパンデミック中に市民からの希望などもあり、消毒剤の濃度が上げられた地区も多く、その高い濃度のままの水道水も多い。

そのほか、フッ素イオンが意図的に加えられるのもアメリカの水道水の特徴のひとつである。フッ素イオンは虫歯予防になるとして、濃度が0.7~1.2 mg/L(ppm)の範囲に調整されて水道水に添加されることがある。フッ素イオンが添加されるのはアメリカ全土すべてではなく、各州でいくつかの浄水設備が導入している。カリフォルニアの場合、どの設備がフッ素イオン添加を導入しているかが州のホームページで確認することができる5)。フッ化ナトリウムなどを用いたフッ素イオン導入を実施している国は実は多くあり、アメリカだけでなくオーストラリア、ブラジル、香港、アイルランド、シンガポールその他の国でも採用されている。

 

水道水の水質基準

さて、水道水の水質は国によってどのように定められているのだろうか。国民や市民の健康を守るために水道水の水質は定められているが、例えば日本の水道水の場合は、水道法第 4 条の規定に基づき「水質基準に関する省令」で規定する水質基準(51項目)に適合することが必要条件になっている。アメリカでは、米国環境保護庁(EPA)が設定した第1種飲料水規則(National Primary Drinking Water Regulations:NPDWR)が日本の水道水質基準に該当し、88 項目が指定されている3)。日本でもアメリカでも、各自治体が責任をもって、水質の管理と測定を行っており、実際の水質データがオンライン上で公開されているのは両国ともに共通している。ただしアメリカでは全ての項目が規定された値をクリアしているわけではなく、規定値をオーバーしている地区もある。郵便番号(Zip code)ですぐに検索できるサイトがあるので自分の住んでいるところの水道水の水質を調べることができる6)

水質測定方法の例7)
水道水が水質基準を満たしているかどうかなど、日本では各水道局がチェックを行っており、そのためは規定された方法での水質検査が必要である。水質測定には、イオンクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー測定のほか、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)測定、全有機炭素(TOC)測定、など多くの種類の機器分析が活躍している。

実際の水道水の測定例
筆者が通っている研究室にはイオンクロマトグラフィーが設置されているため、アメリカの水道水を各地でサンプリングし、水道水に含まれる主な陽イオンと陰イオンの種類と

 

イオンクロマトグラフィー本体の例
イオンクロマトグラフィー本体の例

 

クロマトグラムの例(右:(一社)日本分析機器工業会 「分析の原理」イオンクロマトグラフの原理と応用より引用8))

 

濃度の測定を試みた。イオンクロマトグラフィーとは、水に含まれているイオン成分をイオン交換型のカラムの分離能力を利用して定性または定量分析ができる液体クロマトグラフィーの一種である。イオンクロマトグラフィーの装置は、溶離液を移動相とし、これを一定の流量で送る送液ポンプ、試料導入部、カラム、分離されたイオン種成分を検出する検出部(電導度計など)、データ処理部などで構成されている。図のように、各イオンのピークの出る位置(保持時間)は測定条件を固定すればいつも同じになるので、どの種類のイオンかを特定できる。さらに、濃度のわかっている標準溶液を3,4種類作成し、それぞれの溶液から得られた各イオンのピーク面積を測定する。各イオンのピーク面積はその濃度に比例するため、濃度とピーク面積の値をプロットして得られる直線(検量線)を用いて、未知のイオンのピーク面積からその濃度を決定することができる。

筆者は、カリフォルニア州の4地点(San Mateo、Cupertino、Kelseyville、Atascadero)および、アリゾナ州Chandler市(Phoenix市の近く)、ネバダ州Las Vegas市で採水した水道水について、陽イオン(Cation)としてNa+、NH4+、K+、Mg2+、Ca2+を、陰イオン(Anion)としてF、Cl、NO2、NO3、SO42-を測定した。その結果を図の中で棒グラフにして比較してみた。グラフからわかるように、上述のようにFが検出されるところ、NO2やNO3のレベルが高いところ、Ca2+やMg2(硬度)が高いところなど地点によって水道水の水質が大きく異なることがわかる。Clが高いところについてはおおむね消毒用の塩素系化合物が時間経過で塩化物イオンに変化したものであることが多いが、一部地質的あるいは肥料などの農業活動に伴って水道水に塩化物イオンが混じったと考えられるところも存在する。

読者の皆さんの中には、化学の授業で沈殿滴定(モール法)による塩化物イオンの濃度測定や、その他のイオンの測定をパックテストなどで実施したことがある方もいるかもしれない。機会があれば自分の使っている水道水の水質について、ウェブサイト9)や実験などで調べてみるのもいいだろう。

 

筆者により測定された各地の水道水の陽イオン(Cation)と陰イオン(Anion)の結果例 (クリックすると大きいサイズで見ることができます)

 

 

アメリカ水道水の問題事例

アメリカではシェールガス革命以来、水圧破砕法による地下からのメタンガス採掘が続いている。水圧破砕法では放射性同位体トレーサー、酸・アルカリおよび界面活性剤などの化学薬品が地下に注入されたためそれらが地下水源を汚染した事例が2010-2012年ごろニューヨーク州、ペンシルベニア州、ワイオミング州、ノースダコタ州などにおいて、報告された。それだけでなく、こちらの動画のように水道水にメタンガスが混入し、キッチンから引火した事例も起きている10)

ミシガン州のFlint市では市の財政赤字を理由に水道水源を水質の悪いFlint川に切り替えた結果、バクテリや有機物、有毒な重金属として知られる鉛などが水道水に高レベルに混入した(2014-2016年ごろ)。市民の健康被害も発生し環境レイシズムと言われるなど、大きな環境問題の一つとして取り上げられている11)

 

 

 

 

 

 

参考資料またはWEBページ

(1)Kaleh Karim, Sujata Guha, and Ryan Beni, “Potable Water in the United States, Contaminants and Treatment: A Review”, Voice of the Publisher, Vol.6 No.4, December 2020

https://www.scirp.org/journal/paperinformation.aspx?paperid=106336

 

(2)公益社団法人 日本水道協会 水道資料室:日本の水道の現状、水道水源の種別

http://www.jwwa.or.jp/shiryou/water/water.html

 

公益社団法人 日本水道協会 2019 年度 国別水道事業研修(アメリカ)報告書

http://www.jwwa.or.jp/jigyou/kaigai_file/r1/r1_kagoshima.pdf

 

EPAのHPより、Chloramines in Drinking Water

https://www.epa.gov/dwreginfo/chloramines-drinking-water

 

The California Water BoardのHPより、フッ素添加施設のリスト(Fluoridation by Public Water Systems -Is My Water Supply Fluoridated?-)

https://www.waterboards.ca.gov/drinking_water/certlic/drinkingwater/Fluoridation.html

 

EWG(ENVIRONMENTAL WORKING GROUP), EWG’s Tap Water Database

https://www.ewg.org/tapwater/

 

水田完ら、「飲料水,純水等の分析」関税中央分析所報 第 42 号、p.19-27、2002年

 

一般社団法人日本分析機器工業会のHPより イオンクロマトグラフの原理と応用

https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/chromatograph/ion-chromatography/

 

公益社団法人 日本水道協会 水道水質データベース(全国の水道事業者等が実施した水道水の水質検査結果)

http://www.jwwa.or.jp/mizu/

 

Woman’s Water Is Flammable, Which She Says Is Because Of Fracking, 2012

https://www.businessinsider.com/womans-water-is-flammable-which-she-says-is-because-of-fracking-2012-7

 

Britannica, Flint water crisis

https://www.britannica.com/event/Flint-water-crisis

 

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。