新たな超伝導体を巡るフィーバーとその顛末

2023年の7月末から1ヶ月の間、超伝導材料に関して専門家もアマチュア科学者も興奮するニュースが世界を駆け巡りました。LK-99と名付けられた新しい材料が室温で超伝導性を示したというのです。おかげで一部の国々では関連する銘柄の株価が乱高下する事態に。これがウソかマコトか多くの人が追試や議論を行いましたが、結局間違いであったというように、ほぼ決着が(たったの1ヶ月の間に)ついたのでありました。今回はその顛末を説明いたしましょう。
そもそも超伝導(超電導とも)とはどのような現象でしょうか。この現象は、ある種の材料が低温にすると電気抵抗がゼロになる現象のことで、1911年にオランダのH. Onnes(1853-1926)が発見しました。電気抵抗が0になるということは、大電流を流しても発熱しないし、それによってエネルギーが減少しないことを意味します(図1)。従って非常に強力な電磁石を作ることもでき、医療現場のMRI診断装置・リニアモーターカーなどに利用されています。また超伝導材料を送電線に利用するとエネルギーのロスが格段に減るといわれています。しかし、現在実用になっている超伝導材料、たとえばニオブNbとチタンTiの合金は10Kケルビン、つまり−263℃まで温度を下げないと超伝導性は示しません。それほど低い温度にするために、多くの場合沸点が4Kの液体ヘリウムが使われています。しかしヘリウムは元々貴重な上、昨今調達が難しくなり非常に高価になっています。

図1 (左)普通の電線を使った電磁石では電源をつないでいる間のみ電流が流れて電磁石となる。(右)超伝導線を利用した電磁石では、いったん電流が流れ始めると電源がなくても、大電流が流れ続けて、強力な電磁石になる。

 そこで低温でなくても超伝導性を示す材料の開発が続けられています。1986年にスイスのJ. BednorzとK. MüllerはLa-Ba-Cu-O系の材料において、従来よりも高い温度での超伝導性を発見し、ノーベル賞を受賞しました。その後、銅の酸化物に各種の元素を加えた材料の研究が急速に進み、たった1年の間には窒素の沸点である77K(-196℃)を超える温度で超伝導性を示す材料が見つかるに至りました。ちょうど私が働き始めた頃で、すごいことだと思った記憶があります。これらの材料で作られた超伝導磁石は、液体ヘリウムを使う必要がないことから実用化を見据えた研究が盛んに行われています。もちろん冷却をしなくても超伝導性を示す材料があればそれに越したことはありません。近年多くの研究者が室温で超伝導を示すとされる材料を発表してきましたが、皆が認める例はこれまでにありません。今年に入ってからも、米国の研究者がランタン(La)の水素化物を基礎とする材料が、1万気圧の圧力下ですが室温で超伝導を示したという報告がなされ[1]話題になりましたが、追試の結果はあまり芳しくないようです。
そのような状況の中で、本年7月22日に韓国の研究者S. LeeとJ. Kimらが室温で超伝導を示す材料を発見したと発表しました[2],[3]。SNSなどを通じてこのニュースは瞬く間に世界中に広まりました。私もよく見るネットのポータルサイトで知ったのです。この材料は発見者のイニシャルからLK-99と名付けられましたが、鉛と銅とリンと酸素というありふれた元素から作られたものだということが、さらに人々の興味を引くこととなりました。この物質が超伝導材料であるということの根拠として、104℃以下で急激に電気抵抗が小さくなるということと、その材料が磁石の上で浮くということ(図2)が示されています。後者については動画も公開されています[4]

図2 今回発表された物質LK-99が超伝導を示す根拠の一つとなった図 磁石の上で問題の材料が浮き上がっている(Levitation)ように見える。(文献3より。CC BY-NC-SA 4.0)

 超伝導を示す物質の一部は、マイスナー効果と呼ばれる効果によって磁石の上に浮き上がることが知られています。今回浮き上がっていることを示したことで、超伝導物質であることを主張しているのです。しかし今回観察された現象はネット上でも疑義が出ることとなりました。米国のD. VanGennepは鉄を詰めた黒鉛の塊をつくり、ほぼ同じように磁石の上に半分浮き上がって、LK-99と同様の挙動を示すことを8月6日に動画で示しました[5]
8月8日に、中国科学アカデミーの研究者S. Zhuらは、硫化銅(I)を含むLK-99が報告されているものと同様の現象を起こすが電気抵抗がゼロにはならないことを見いだし、超伝導性に疑問を呈しました[6]。またイリノイ大学のP. Jainも、硫化銅(I)が104℃で相転移(固体が別の性質の固体に変化すること)を起こして電気伝導性が変化することを知っていたため、これが不純物としてLK-99に含まれており、そのために今回の現象が起こったのではないかと8月9日に示唆しました[7]。そしてドイツの研究者P. Puphalらによって純粋な結晶のLK-99が合成され[8]、これは超伝導体ではなく絶縁体であることが8月11日に報告されました。
これら一連の動きから、8月16日にNature誌にはLK-99は超伝導体ではないとする記事が掲載され[9]、多くの研究者はこれを支持しているように思われます[10]
今回の一連の騒ぎには、私も驚いたり考えさせられたりしました。驚くのはそのスピードです。キーになる報告やコメントはほとんどがArXivという査読無しの論文プラットフォームで出版されましたが、毎日のように新しい内容が報告され、最初の報告から1ヶ月も経たないうちにNature誌に結論と思われることが発表されるという早さでした。また、このようなインパクトの大きな研究の報告の場合には、よほど慎重な見極めが研究者には必要だと改めて感じました。日本のマスコミは今回の出来事についておおむね慎重な立場だったように思われますが、我々は、特に科学においては疑いの心をもつことが重要だと改めて感じた次第です。ではまた次回。

 

[1] N. Dasenbrock-Gammon, E. Snider, R. McBride, H. Pasan, D. Durkee, N. Khalvashi-Sutter, S. Munasinghe, S. E. Dissanayake, K. V. Lawler, A. Salamat and R. P. Dias, Nature, 2023, 615, 244–250.
[2] S. Lee, J.-H. Kim and Y.-W. Kwon, 2023, arXiv :2307.12008v1.
[3] S. Lee, J. Kim, H.-T. Kim, S. Im, S. An and K. H. Auh, 2023 arXiv:2307.12037.
[4] https://sciencecast.org/casts/suc384jly50n 2023年8月31日閲覧
[5] https://twitter.com/VanGennepD 2023年8月31日閲覧
[6] S. Zhu, W. Wu, Z. Li and J. Luo, 2023, arXiv:2308.04353.
[7] P. K. Jain, 2023, arXiv:2308.05222.
[8] P. Puphal, M. Y. P. Akbar, M. Hepting, E. Goering, M. Isobe, A. A. Nugroho and B. Keimer, 2023, arXiv:2308.06256.
[9] D. Garisto, Nature, 2023, 620, 705–706. Garistoは米国のフリーランス科学ライター。
[10] 日本の科学紹介サイトにも一連の顛末はまとめられています https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2023/08/52553/#toc_05 2023年8月31日閲覧

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。