「はやぶさ2」が持ち帰った試料から何が分かったのか?

日本の宇宙探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」が太陽系の小惑星からの試料の持ち帰りに成功したしたことは大きなニュースになりました。初代「はやぶさ」は2005年11月に小惑星イトカワに着陸、大きな障害を乗り越え、当初の計画から3年遅れで2010年6月に微量(数10mg)のサンプルを持ち帰ることに成功しました。その後「はやぶさ2」は2014年12月に打ち上げられ、2019年2月から7月にかけて、リュウグウと名付けられた小惑星(図1)に2回の着陸に成功し、2020年12月に採取したサンプルを搭載したカプセルを地球に落としました。「はやぶさ2」本体はその後別の小惑星の探査のために現在も宇宙を飛行しているとのことです。「はやぶさ2」は想定したよりはるかに多い5.4gのサンプル(図2)をリュウグウから持ち帰ることに成功し、この3年の間に非常に多くの科学的な成果を生み出しました[1]。日本化学会の機関誌の最新号[2]にその成果が特集されていたので、今回はその内容から抜粋してお届けいたします。

図1 小惑星リュウグウ。直径700 mのそろばん玉形をしている。図は宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所のデータによる。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ryugu_rotation.gifCC BY 4.0 DEED

図2 小惑星リュウグウからはやぶさ2が持ち帰ったサンプルの一部の写真。写真は宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所による。
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20201225_samples/
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20201225_samples/img/fig6.png

 リュウグウの岩石を分析することで何が分かるのでしょうか。実は太陽系の成り立ちを知ることができると多くの研究者は考えています。もともと地球は約46億年前に太陽系が形成されるときに誕生しましたが、地球には当初、水、有機物など揮発性の化合物を作る元素はわずかにしか存在しなかったと思われています(図3)。では生命体の元となる炭素、水素、窒素はどこから来たのでしょうか。それらは地球ができた後、太陽から比較的遠い場所にあった天体が地球に衝突してもたらされたと考えられているそうです[3]。地上で発見された隕石の中には、炭素質コンドライトと呼ばれる炭素化合物を含むものがあります。炭素質コンドライトの中にはCIコンドライトと呼ばれる種類があって、これは特に太陽系創生当時の星間物質の元素組成を保っていると 考えられています。多くの科学者はこのような組成の隕石や天体がはるか昔に多数地球に衝突したことによって水や炭素がもたらされたと考えているのです[4]

図3 太陽系と地球誕生の有力な考え方。(上)太陽系誕生直後。現在のような惑星はまだなく、小さな天体が多い。太陽からある距離(点線円弧で示す)までの天体は温度が高く水や炭素化合物は揮発するので量が少ない。太陽から遠い天体は氷が主体となる。(下)小さな天体が合体して現在の惑星ができている。遠いところから飛んできた小さな天体が衝突して地球に水や有機物をもたらした。

ある研究者はリュウグウの元素組成や化学組成を調べ、CIコンドライトと近い組成であることを示しました[5]。リュウグウがCIコンドライトと同様に太陽系創世当時に恐らく太陽系外縁部で形成されたとも言っています。ただ、リュウグウ試料を赤外光や可視光を駆使する手法で詳しく研究したところ、比較的水分量が多いことが分かりました。このことから、「はやぶさ2」がリュウグウの地表より少し深いところのサンプルの採取に成功し、隕石に比べて風化による水分の消失が少ないと考えられました[6]
リュウグウからもたらされたサンプルの中で固体有機物をそのまま分析したチームは、サンプルの化学組成、同位体分布を調べ、太陽系の創生期にできたと思われる炭素質隕石の有機物と類似していると結論づけました。ただリュウグウの方が隕石よりも有機物組成に多様性が見られ、リュウグウの元となった天体で様々な化学反応が起こったことを示しているとしています[7]。また別の研究チームがリュウグウサンプルの中で水や有機溶媒に可溶な成分を分析したところ、なんと2万種(異性体を含めると10万種)もの有機物が検出されたそうです[8]。その中にはアミンなどの含窒素化合物、グリシン、アラニン、バリンなどのアミノ酸も含まれていました。これらは生命体を作るのに必要不可欠な分子です。アミノ酸には不斉炭素原子を含んで光学活性なものが多く、地球上の生物のタンパク質はL体のアミノ酸で作られていることはよく知られていますが、リュウグウサンプルに含まれていたアミノ酸は、L体とD体が半々のラセミ体であったそうです。図1のような見かけの岩にアミノ酸まで多数含まれているとは驚きですね。
さて、アミノ酸には窒素原子が含まれていますが、そもそも地球上の大気には窒素が多量に含まれています。これらはどこから来たのでしょうか。リュウグウサンプルのうち、微粒子を研究したグループは、鉄を含む物質として酸化鉄(特に磁鉄鉱Fe3O4)や単体の鉄だけでなく、窒化鉄が存在することを示しました[9]。また別のチームはリュウグウサンプルを加熱して揮発してくるガスを分析しました。その中で窒素に着目すると窒素の同位体比がサンプルによって異なることが分かり、その結果から隕石に含まれる窒素から現在の地球の大気中の窒素が作られる過程について考察がなされています[10]
「はやぶさ」フィーバーから10年以上、そして「はやぶさ2」の試料が手に入ってから3年の間に非常な勢いで研究が進んでいることが分かりました。隕石や宇宙の小天体の研究が、我々がどこから来たのかという問題の答えを与えてくれるなんておもしろいですね。この問題の答えがはっきりするにはまだまだ研究が必要ですが、その研究の最前線に日本の技術が役立っているのは爽快です。ではまた次回。

 

[1] これまでに「はやぶさ2」関連の研究成果は論文50報以上になっているとのことです。https://curation.isas.jaxa.jp/RyuguReferences/ 参照。80名程度の多数の多国籍チームからなる著者による論文も多い。
[2] 化学と工業、2024年2月号
[3] 橘省吾、化学と工業、2024(2)、85-87
[4] 奈良岡浩、Res. Org. Geochem. 2010, 26, 13-20.
[5] 横山哲也、化学と工業、2024(2)、88-90
[6] 中村智樹、松岡萌、化学と工業、2024(2)、91-93
[7] 藪田ひかる、ジェレミーマチュリン、化学と工業、2024(2)、100-103
[8] 奈良岡浩、化学と工業、2024(2)、104-106
[9] 野口高明、松本徹、化学と工業、2024(2)、94-96
[10] 橋爪光、岡崎隆司、化学と工業、2024(2)、97-99

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。