ナイロンの高効率分解触媒の開発

使用済みのプラスチック、合成繊維による地球環境への影響が問題となっており、いかにこれらをリサイクルしていくかということが大きな課題です。 以前ポリプロピレンをリサイクルして潤滑油を作る研究についてお伝えしましたが、 今回はナイロン−6(6−ナイロンともいう)のリサイクル問題を取り上げます。ナイロン−6は1938年に発明され、高校の化学でも習うようにε-カプロラクタムと呼ばれる分子をアミド結合(NH-CO)によって結合させ、重合することで合成される高分子です。このナイロン−6は世界市場でナイロン全体の半分以上を占めているそうですが、きわめて丈夫なことから、漁業の網、絨毯、繊維業界で広く使われています。残念ながら、ナイロン−6は自然環境下でも分解しにくいこと、そしてリサイクルが困難なことのため、海洋や土壌汚染に大きく関わっています。廃棄あるいは紛失された漁網は年間60万トンにも及び、ナイロン−6は海洋生物の胃の中に最もよく見られる高分子であるともいわれています[1]

図1 ε―カプロラクタム(左の分子)から高分子のナイロン−6を作る化学反応式。赤いくさびで示したところで結合が切断され、多数のカプロラクタムが結合していくことで高分子ができる。

図2 漁業の網、ナイロンTシャツ、カーペットなどナイロン−6でできている製品をリサイクルしてカプロラクタム(右のフラスコ内)に戻すことができれば、製品をリサイクルすることができる。

 ナイロン-6はリサイクルが難しく、加熱分解をさせると一酸化炭素など有毒ガスが発生するというやっかいなものです。今回このナイロン−6のリサイクルにつながる画期的な方法を米国の研究グループが開発しました[1]。彼らは希土類の一種であるランタンLaやイットリウムYという元素の化合物を用いると、ナイロン−6からできている製品から高収率でカプロラクタムを作ることができるということを示したのです(図2)。
研究者たちは、触媒としてシクロペンタジエニルという部品(有機基)をもつ、希土類化合物を用いました。ナイロン−6の製品をはさみで細かく切り、それと希土類化合物を反応容器に入れ、撹拌しながら240℃で加熱するとナイロン−6が分解して原料のカプロラクタムになることを発見しました。実際には反応容器の下部を加熱すると生成したカプロラクタムが気化し、温度の低い容器の上部の壁面についてくるそうです。触媒としていくつかの化合物を試したところ、図3に示すY化合物が触媒として素晴らしい性能を示すことが分かりました。例えば0.1gのナイロン−6の粉末に5mgのY化合物を加えて240℃で1時間撹拌加熱すると、94%のナイロン−6がカプロラクタムに変換され、2時間の反応では99%以上が変換されたという結果を得ました。

図3 今回研究に用いた触媒の中で最も高性能なものは右に示すようなY(イットリウム)の化合物である。とげの生えた5角形のような部分(左図)は、ペンタメチルシクロペンタジエニルと呼ばれ、6角形のベンゼンの炭素を1つ減らしたような陰イオンにメチル基(CH3−)が5つ結合したもの。5角形を形成する5つの炭素にイットリウムが均等に結合するので、しばしば中図のように表される。

 研究者たちは、実際のナイロン製品を使った実験も行っています。その結果、240℃・6時間の反応で、漁業用の使い古した網や市販のカーペットの繊維はそれぞれ97%と99%がカプロラクタムに変換されたと報告しています。さらに、回収したカプロラクタムを使って、再度ナイロン−6を合成する実験も行い、確かに元のナイロンに匹敵する性質を持つ合成繊維を得ることにも成功しています。つまり、ナイロン製品を繰り返しリサイクルして使っていくことができることを示しました。
彼らは、この触媒化合物がどのようにしてナイロン−6を分解していくのかの仕組みも検討しています。加える触媒の比率を変える実験や、量子化学計算の結果に基づいて、図4のような仕組みを提案しています。ナイロン−6の端(N原子側)が触媒のイットリウム原子に結合してカプロラクタム一分子分が切断され、短くなったナイロン−6分子がまた結合してカプロラクタム一分子が切断されるという反応の繰り返しです。なお、最後の1分子のカプロラクタムが触媒に結合すると反応が止まってしまいます。反応が効率よく進むということは、すべてのナイロン−6がばらばらになる前に、まだ切断がなされていない他のナイロン−6分子と交換しながら反応が進んでいくことを示しているとも述べています。

図4 イットリウム化合物による触媒反応がどのように進行するかを示した図。まず触媒(左の分子)から黄色枠で囲った部分が外れて、1の反応が進行し、ナイロン−6の端の部分が結合する。N-C結合が切断され、カプロラクタム1分子が生成すると矢印2で示すように、ナイロン−6の残りの部分がY原子に近づき、結合する。この繰り返しによって順々にナイロン−6が分解され、カプロラクタムが生成していく。

これは非常に面白い触媒反応であると思いました。この技術を現実のリサイクルに応用するには様々な問題はあるとは思いますが、将来の資源の有効利用や、海洋生物の保護にも役立つ 反応になり得るように思います。ではまた次回。

 

[1] L. Ye, X. Liu, K. B. Beckett, J. O. Rothbaum, C. Lincoln, L. J. Broadbelt, Y. Kratish and T. J. Marks, Chem, 2024, 10, 172–189.

The following two tabs change content below.

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。