ドブニウム(Db)とハッシウム(Hs)-消えた元素名と共に

 元素の命名権を得た国などが候補を提案するとき,過去に不採用となったものは使えません。例えば,ニホニウム(113Nh)のときには,かつてレニウム(75Re)に命名された「ニッポニウム,Np」を再び提案することはできませんでした。今回は,国際純正・応用化学連合(IUPAC)で元素名が一度は決まりながら後に変更された,という経緯をもつ二つの元素を取り上げます。

105番元素とジョリオチウム

元素の合成方法は,核科学の進展により変容してきました。1950年頃までは中性子線やα線(ヘリウム原子核)を照射する方法,その後1970年代半ばまではホウ素,炭素,窒素といった軽い原子を加速して標的の原子核に当てる方法,更に1980年代半ば以降は,カルシウム,鉄,ニッケル,亜鉛といった,もう少し重い原子を加速して標的の原子核に衝突させる方法がとられました。

105番元素(暫定名と元素記号はウンニルペンチウム,Unp)は,1970年とその翌年にアメリカと旧ソ連で相次いで合成されました。アメリカはカリホルニウムから,旧ソ連はアメリシウムから,それぞれ粒子加速器内で次式のような反応で合成に成功しました。

〔アメリカ〕 249Cf+15N→260Unp(半減期1.5秒)+4n(中性子)

〔旧ソ連〕  243Am+22Ne→260Unp+5

261Unp(半減期1.8秒)+4

 両国で合成された核種が新元素であることは1993年に確定され,元素名について,アメリカからは,プロトアクチニウム(91Pa)を発見した業績をもつドイツの化学者O.ハーンによるハーニウム(hahnium,元素記号はHa)が提案されました。一方,旧ソ連からは,原子模型の提案などで知られるデンマークの物理学者N.ボーアに基づくニールスボーリウム(nielsbohrium,元素記号はNs)が提案されました。
ついでながらニールスボーリウムは,1981年に合成された107番元素について旧西ドイツ(当時)が提案した元素名でもあります。このときは,それが元素名としては長いこととフルネームの人名に基づいた前例が無かったことから,1997年にボーリウム(bohrium,元素記号はBh)となりました。

米ソからの提案を受けてIUPACは,1994年,核物理学及び核化学の進展への寄与からフランスのF.ジョリオ・キュリーに基づき,ジョリオチウム(joliotium,元素記号はJl)を勧告しました。しかしこれは確定せず,1997年になって,ドブナ研究所(現・合同原子核研究所,JINR)のある地名ドブナ(Dubna)に基づくドブニウム(dubnium,元素記号はDb)が確定しました。

 

 

F.ジョリオ・キュリーが描かれたドイツの切手
(1980年発行)
出典:ABlockedUserによる”GDRcurierdg.jpg”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

ところで,104番元素と105番元素の命名には,やや込み入った経緯があります。104番元素について,アメリカは最初にラザホージウム(元素記号はRf)を提案し,旧ソ連は核物理学の先駆者I.クルチャトフからクルチャトビウム(元素記号はKu)を提案しました。しかし共に採用されず,IUPACは1994年にドブニウムを勧告しました。ところがドブニウムもまた再検討となり,最終的にラザホージウム(rutherfordium)になったのです。(⇒ラザホージウムについてはココをクリック)

ドブニウムには安定同位体は存在せず,半減期はいずれも短く(最も長い核種は268Dbで29時間),物理的・化学的性質の詳細は不明です。ドブニウムに知られている化合物は主に次の4種類で,周期表の5族にあることからも予想される+Ⅴ価の化合物であり,ニオブやタンタルに類似しています。

塩化ドブニウム(Ⅴ)(DbCl)  臭化ドブニウム(Ⅴ)(DbBr
オキシ塩化ドブニウム(Ⅴ)(DbOCl)  オキシ臭化ドブニウム(Ⅴ)(DbOBr

 

 

 

 

 

ドブニウムの路面銘板
(埼玉県和光市,ニホニウム通り)

 

108番元素とハーニウム

108番元素(暫定名と元素記号はウンニルオクチウム,Uno)は,1984年,ダルムシュタットにある重イオン研究所(GSI)で次式のように合成されました。GSIでは,鉛原子に鉄原子を3日間連続して衝突させ続け,3個の265Uno原子を得たのです。

208Pb+58Fe→265Uno(半減期2㍉秒)+

1993年に新元素であることが確定され,命名権を得た旧西ドイツ(当時)は,GSIがあるヘッセン(Hessen)州のラテン語名ハッシア(Hassia)から,ハッシウム(元素記号はHs)を提案しました。ヘッセン州は,現在のドイツの中西部に位置し,ドイツ国内の16の連邦州の一つです。州都はヴィースバーデン,経済の中心はフランクフルトで,童話で有名なグリム兄弟の生地ハーナウがあることでも知られています。州名は,ゲルマン人のフランク族の支族であるカッティー(Chatti)族の定住地の名前で,これが転じてラテン語ではハッシア,ドイツ語ではヘッセンになりました。

ドイツの提案を受けてIUPACは,1994年,ハーニウム(元素記号はHn)としました。ハーニウムは,先述のようにアメリカが105番元素に提案した名前です。確かにハーンはドイツの化学者ですが,いわば〝使い回された〟感のあるハーニウムの採用についてドイツは納得がいかなかったのでしょうか。ドイツの化学会と物理学会は抵抗し,IUPACとの議論の末,当初の提案のとおり,1977年,正式にハッシウム(hassium)に決まりました。

 

O.ハーンが描かれたドイツの切手
(1979年発行)
出典:Post office of the GDRによる”Stamp of Otto Hahn”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

ハッシウムにも安定同位体は存在せず,半減期はいずれも短く(最も長い核種は269Hsで約10秒),物理的・化学的性質の詳細は不明です。
ハッシウムは周期表の8族にあり,エカオスミウム(eka-osmium)と呼ばれることもあったように,その性質はオスミウム(76Os)に似ています。ハッシウムに知られている化合物は主に酸化ハッシウム(Ⅷ) (HsO) とハッシウム(Ⅷ)酸ナトリウム(Na[HsO(OH)])です。酸化ハッシウム(Ⅷ)の性質は酸化オスミウム(Ⅷ) (OsO) と同様に揮発性の化合物で,ハッシウム(Ⅷ)酸ナトリウムは,酸化ハッシウム(Ⅷ)に水酸化ナトリウムを作用させることで得られました。

 

 

 

 

 

ハッシウムの路面銘板
(埼玉県和光市,ニホニウム通り)

 

二度のIUPAC勧告

今回の内容に関連して,101番から109番までの元素名についてIUPACが1994年と1997年に出した勧告(recommendation)を挙げておきます。次の表で黄色で示した元素は二度目の勧告で変更されており,ジョリオチウムとハーニウムは消えています。

 

 

(Lr:ココをクリック)

 

(Sg:ココをクリック)

 

 

新元素の命名権はその発見者にあることが慣例ですが,国際共同体や複数の研究機関によって新元素が合成された際に論争が生じたこともありました。論争が収まらない場合,IUPACは世界各地の科学者から意見を聴取し,裁定します。宇宙の構成元素の不滅は万物の理ですが,その名前を付ける所業は利欲もある人間の為すところゆえ,永久不滅ではないようです。

 

参考文献
Names and symbols of transfermium elements (IUPAC Recommendations 1994),1994,Vol.66,Issue 12,pp.2419-2421
Names and symbols of transfermium elements (IUPAC Recommendations 1997),1997,Vol.69,Issue 12,pp.2471-2474
「元素大百科事典」渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「元素118の新知識」桜井 弘編(講談社,2017年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。