シーボーギウムは,アメリカのG.シーボーグに因んで名付けられた原子番号106の元素です。シーボーグは多数の新元素の誕生に関わり,現代の錬金術師と言えるでしょう。シーボーギウムは,発見者の名前がその存命中に付けられた数少ない例です。 |
解明されたシーボーギウムの性質の一端
1974年,アメリカのローレンス・バークレー国立研究所で,粒子加速器を用いてカリホルニウムの標的に酸素を衝突させる方法で106番元素が合成されました。
249Cf+18O→263Unh+41n(中性子)
同じ年に旧ソ連では,クロム(54Cr)を鉛(207Pb)に衝突させて259Unhを得ました。106番元素に正式な名称が決まるまでの間,暫定名はウンニルヘキシウム(unnilhexium)で,元素記号はUnhでした。これは,元素名が正式に決まるまでの系統名で,1を表す「ウン」,0を表す「ニル」とギリシア数詞を並べたものです。例えば113番元素のニホニウム(Nh)の場合はウンウントリウム(ununtrium)で,元素記号はUutでした。
国際純正・応用化学連合(IUPAC)は1993年,それまで未確定だった101番から109番までの元素の発見優先権を確定させ,1994年に元素名と元素記号を決めました。このとき,106番元素は,物理学者のR.ラザフォードからラザホージウム(元素記号はRf)になりました。しかし,1995年の総会で承認が得られず,再検討に付されました。(ラザホージウムの名前と元素記号Rfは,最終的に104番元素で採用されました)
再検討の過程では,存命中の人物名に基づく元素名の前例が無いとの意見に対して,最終的にはアメリカの主張が通り,1997年にシーボーギウム(seaborgium)に決まりました。存命中の発見者に基づく元素名の二例目は,ロシアの核物理学者Y.オガネシアンに因んで2016年に命名されたオガネソン(118Og)です。
(埼玉県和光市,ニホニウム通りの路面銘板)
シーボーギウムに知られている10種類余の同位体は全て放射性で,半減期はいずれも短く,安定同位体が存在しません。その物理的及び化学的性質は不明でしたが,周期表で同じ6族のモリブデン(42Mo)やタングステン(74W)に類似であることや,原子価は+Ⅵ価であることなどが推定されていました。また,化合物をつくるには,半減期の長い核種が有利であろうと考えられました。
こうした中,理化学研究所と日本原子力研究開発機構を中心とした国際共同研究グループは,2014年にシーボーギウムの有機金属錯体の合成に成功しました。同グループは,理研の重イオン線形加速器(RILAC)で加速したネオンのイオンビーム(22Ne6+)を標的のキュリウム(248Cm)に照射して265Sg(半減期約9秒)を合成しました。これを分離してから,ヘリウムと一酸化炭素の混合気体中に捕獲してカルボニル錯体を合成しました。
分析の結果,シーボーギウムは,タングステンと同様に揮発性のカルボニル錯体を形成し,その錯体がヘキサカルボニルシーボーギウム(Sg(CO)6)であることが明らかにされたのです。
シーボーグと超ウラン元素の合成研究
シーボーグは,ミシガン州に生まれました。ミシガン州は,五大湖のうち四つの湖に囲まれ,アメリカ自動車産業発祥の地として知られる東部の州です。
シーボーグが12歳のときに家族がカリフォルニア州に転居し,彼はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で学び,1934年に卒業しました。次いで同大バークレー校(UCB)に入り,高速中性子の非弾性衝突に関する研究で学位を取得しました。その後UCBで教授になり,一貫して核化学と核物理学の分野で研究し,超ウラン元素の合成及び研究の功績で1951年のノーベル化学賞をE.マクミランと分かち合いました。
1934年,フランスのジョリオ=キュリー夫妻(夫フレデリック,妻イレーヌ)は,アルミニウム原子にα線(ヘリウムの原子核)を照射すると人工の放射性同位元素30Pが生成したことを発表しました。30Pはリンの天然には存在しない同位体核種で,半減期3分15秒で崩壊してケイ素原子になり,陽電子を放出しました。
27Al+4He→30P+1n(中性子) 30P→30Si+e+(陽電子)
軽い原子から元の原子よりも重い原子を合成できることが夫妻の研究によって示されると,同じ方法で超ウラン元素も合成できるのではないかと考えられるようになりました。欧州各地の研究室で一斉に実験が始められましたが,ウランのような重い原子では,軽い原子の場合とは異なる挙動が観測されました。すなわち,重い原子が分裂したのです。これを糸口にして,原子の分裂が別の原子の分裂を誘発し,それが連続的に繰り返される核連鎖反応が発見されました。
超ウラン元素の合成研究は,核連鎖反応を核兵器に応用する研究が盛んに行われるようになると,数年間停滞しました。そうした中でマクミランは,ウラン(238U)に中性子を照射することによって最初の超ウラン元素であるネプツニウム(93Np)を合成しました。
マクミランがUCBを去るにあたって,以後の研究を託されたシーボーグは,1944年,ランタン(57La)とアクチニウム(89Ac)の類似性などから,超ウラン元素が含まれるアクチノイド系列は,ランタノイド系列のように性質が類似の一連の元素群であるとする仮説を打ち出しました。
ランタノイド系列の元素間の類似性は,最外殻の内側(4f軌道)に電子が順次満たされていくことによりますが,アクチノイド系列の元素でも最外殻の内側(5f軌道)に順次満たされていきます。その様子を元素の発見年と共に次表にまとめました。
ランタノイド系列(左)とアクチノイド系列(右)の電子配置
超アクチノイド元素の合成と「安定の島」
30代のシーボーグは研究チームを率いて精力的に研究を進め,多くの元素を合成し,あるいは合成に寄与しました。一方,1960年代になると,オガネシアンを中心とする旧・ソ連の研究グループが成果を出し始め,1966年に102番元素(ノーベリウム,No)が発見されました。新元素の合成研究でも米ソ両国の競争は国家の威信をかけたものになりました。
周期表の「Sg」を指し示すシーボーグ
(出展:Nuclear Regulatory Commission /Chemist Glenn Seaborg ライセンスはCC BY 2.0)
20世紀以降,新たな元素は,それまでのように未知鉱物などから見付け出されるものから,粒子加速器内でつくり出されるものになったのです。シーボーグは,自身の研究の経緯を書き下した『人工超ウラン元素』の冒頭に「超ウラン元素は錬金術者の万物の相互変換の夢の実現を描き出している」と記しています。
原子番号104のラザホージウム以降の元素は超アクチノイド元素(または超重元素)と呼ばれますが,シーボーグは1965年,「安定の島」(Island of stability)を提唱しました。一般に重い原子核は不安定ですが,安定の島の領域にある原子核は量子力学的効果によって安定化されると考えられ,半減期が数分から数日またはそれ以上に及ぶ可能性さえ推定されているのです。現在,元素の合成研究は米露と欧州各国,そして日本も,互いが競いつつ共同して進めています。より重い元素の合成と安定の島への到達が期待されます。
参考文献■
「人工超ウラン元素」G.シーボーグ著,品川睦明・根津弘幸訳(共立出版,1965年)
「超重元素の化学 第7周期遷移元素化学の開拓を目指して」永目諭一郎,基礎科学ノート,Vol.13,№2(日本原子力研究開発機構,2006年)
「超重元素合成研究の現状と展望」森田浩介,核データニュース,№87(日本原子力研究開発機構,2007年)
「106番元素シーボーギウム(Sg)のカルボニル錯体の合成に成功」(2014年9月19日)
www.riken.jp/press/2014/20140919_1/index.html
www.jaea.go.jp/02/press2014/
「人工元素の発見史 超ウラン元素を中心にして」若林文高,化学と教育,65巻3号(日本化学会,2017年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「元素118の新知識」桜井 弘著(講談社,2017年)
園部利彦
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