廃プラスチックから潤滑油を作る

地球環境保護のために、プラスチックゴミをどうやって削減するかが大きな問題となっています。スーパーではポリ袋が有料となり、コンビニやファーストフード店などでもストローやスプーンが無料ではなくなるとか、生物由来の材料になるとか、各社が対応しようとしていますね。廃プラスチックをどのようにリサイクルするかということも大きな関心を集めています。これまで廃プラスチックは燃料にしたり、成型し直したりして利用されてきましたが、なかなか付加価値の高いものに変換するようなリサイクル方法はありませんでした。今回、石油から作られるプラスチックの代表の一つであるポリプロピレンから潤滑油を作る方法を見いだしたという報告がなされた1ので、その内容についてご紹介します。
ポリプロピレンは、日本でも年間200万t以上製造されている代表的なプラスチックです2。家庭用品としても例えばポリバケツや、食品保存用や弁当箱の容器として広く使われています。ポリプロピレンはポリエチレンと同じく、二重結合を持った分子から作られます。図1に示すようにポリエチレンはエチレンを重合(複数の分子をつないでいくこと)することによって作られ、ポリプロピレンは、エチレンにメチル基CH3が結合したプロピレンを重合することで作られます。

図1 (上) エチレンからポリエチレンができる。実際にはもっと多数の分子がつながっている。
(下) プロピレンからポリプロピレンができる。この図のようにメチル基(CH3)の向きがそろっているものをアイソタクチックポリプロピレンという。

 図1に示したように、ポリプロピレンの場合は多数のメチル基が高分子の鎖から飛び出しており、その向きが図に示したようにそろっている場合と、そうでない場合があります。このメチル基の向きによって同じポリプロピレンでも性質が違ってきます。そろっている場合はアイソタクチックポリプロピレンといい、ランダムなものはアタクチックポリプロピレンといいます。前者は比較的固く、160℃以上の耐熱性を持つものがあり、ポリプロピレンの代表です。食品用の保存容器で油分の多い食品でもそのままチンできるような耐熱性があるものがそれです。
さて、上記の報告によると、このアイソタクチックポリプロピレンに水素を反応させて潤滑油を作ることに成功したということです。研究者達は二酸化チタン(TiO2)という物質の表面にルテニウムという貴金属をつけた触媒を用いて、250℃で水素と反応させると、潤滑油として使える液体が効率よく得られることを見いだしました。これまでもポリプロピレンを分解することができる触媒は報告されていましたが、それらの触媒を用いた場合は気体であるメタンやエタンなどの小さな分子が主に生成したのです。従来の触媒では、長い鎖状の分子であるポリプロピレンの端から順番に分解が起こるために、小さな分子が生成したとされています。これらの気体は燃料にはなりますが、この方法でメタンを作っても天然ガス(メタンが主成分)よりはるかにコストが高くなりますし、これらの気体から有用な物質を作るのは困難なのです。

図2 ルテニウム触媒によってポリプロピレンが分解する仕組み
アイソタクチックポリプロピレンAに、触媒のルテニウム(Ru)が結合し同時に水素原子が脱離するとBが生成する。ルテニウムが外れて元に戻る際にはAに戻る場合と、メチル基と水素の向きが逆転してCが生成する場合がある。Bの炭素―炭素結合が切れて、2分子の水素が結合すると、分解生成物ができる。

 今回の触媒を用いるとなぜ液体の潤滑油成分が得られたのかの理由についても詳しく検討されました。研究には核磁気共鳴3や赤外線を用いる分析手段が使われました。その結果、反応進行中に、原料のアイソタクチックポリプロピレンでは一方向に並んでいるはずのメチル基CH3のうち一部のメチル基の向きが逆になることなどが判明しました。これらの結果から研究者たちは図2に示すように反応が進むと推定しました。ルテニウムが炭素鎖に結合し、水素が結合することで分解が起こるという仕組みです。こうしてポリプロピレンの鎖の途中が切断されていくのです。10時間程度の間にこのような反応が繰り返し起こることで、ポリプロピレンが分解されて潤滑油ができていきます。元のポリプロピレンは数千個のプロピレン分子が結合した高分子ですが、触媒を用いて10-20時間かけて分解すると、平均でプロピレンが20個程度結合したものになったことが分かりました。
潤滑油は高付加価値の製品であり、自動車を始め多くの機械類になくてはならないものです。今回の触媒を用いると、純粋なアイソタクチックポリプロピレンの試料のみならず、市販のポリプロピレン製の袋や、ボトルも同じように分解することができ、潤滑油として使えるものが多く得られたとのことです。今後更なる改良によって、潤滑油のみならず様々な製品に廃プラスチックが生まれ変わることができるようになるかもしれません。楽しみですね。それではまた次回お会いしましょう。

 

1)P. A. Kots, S. Liu, B. C. Vance, C. Wang, J. D. Sheehan and D. G. Vlachos, ACS Catal., 2021, 11, 8104–8115. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.1c00874
2)経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/seidou/result/ichiran/08_seidou.html#menu5
3)NMRとも呼ばれる分析手段。強力な磁石が作る磁場の中に試料を入れて分析する。病院で診断に用いられるMRI(磁気共鳴イメージング)と同じ原理に基づいている。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。