マンガン(Mn)-鉄を強靱にする元素

 鉄にマンガンを添加するともろさが改良されることは19世紀半ばに発見され,イギリスの冶金学者H.ベッセマーによって大規模製鋼法が実用化されたことで,マンガンの需要は増大しました。現在では,鉄を鋼に変えるために添加される基本的な材料で,耐磨耗性・耐蝕性・靭性などの向上に役立っています。

マンガンの発見と単離

マンガンを含む鉱物の一つである軟マンガン鉱(Pyrolusite,組成はMnO)は,古くから,ガラスの色を変えることができる〝褐色の石〟として知られていました。〝褐色の石〟は,融解ガラスに混ぜるとガラスの青緑色を消して無色にする性質があることから〝ガラスの石鹸〟とも呼ばれ,少量加えればガラスを消色し,更に多くの量を加えると紫色になるのでした。

軟マンガン鉱(秋田大学鉱業博物館所蔵)

 マンガンについて,スウェーデンの化学者C.シェーレは,1774年,他の半金属とは異なる半金属であり,鉄と近縁と思われると述べ,〝褐色の石〟の分析を彼の友人で鉱物学者のJ.ガーンに依頼しました。ガーンは,軟マンガン鉱を油と木炭末と共に強熱して還元し,硬い灰白色の金属を得ました。
当時,軟マンガン鉱は磁鉄鉱の変種と考えられていました。磁鉄鉱は「マグネースの石」(Magnes lapis)と呼ばれ,軟マンガン鉱は「黒いマグネーシア」(Magnesia nigra)や,それがイタリア語化したManganeseマンガネーゼの名で呼ばれており,ガーンは,元素名をマンガネシウム(Manganesium)としました。その後,1808年にイギリスのH.デーヴィーによって発見された新元素がマグネシウム(Magnesium)と命名されたため,ドイツの化学者H.クラプロートは混同を避けてMangan(英語ではManganese)と呼ぶことを提案しました。(⇒マグネシウムについてはココをクリック)

 

高マンガン鋼の発明と合金鋼時代の幕開け

イギリスの冶金学者R.ハドフィールドは,高速での切削加工に耐える工具鋼でそれまでの代表であったタングステン鋼の「ムシェット鋼」(Mushet steel)をより安価につくろうと考えました。
ムシェット鋼は1861年にイギリスの冶金学者R.ムシェットによって考案された鋼で,炭素2.0~2.4%,マンガン1.7~2.5%,ケイ素0.7~1.6%,タングステン5~8%を含みます(後にクロムも添加されるようになりました)。

鋼のうち,炭素(0.3~0.5%)のほかにマンガン(1.2~1.6%)を含むものは「マンガン鋼」,更にクロム(0.4~0.7%)を含むものは「マンガン-クロム鋼」と呼ばれます。マンガンが鋼をより硬く強靱にすることは分かっていましたが,含有量が1.5%を超えると鋼は逆に脆くなることから,製鋼業界では,それ以上の量のマンガンを加えても良い効果は得られないだろうと考えられていました。
ハドフィールドはそれを確かめるべく,鋼にマンガンを添加したときの性質について探究しました。マンガンの含有量を徐々に増やして実験したところ,10~15%でも強くなることが分かり,更に,炭素:マンガン=1:10であると結果が良好でした。1883年,ハドフィールドは炭素1.2%,マンガン12%の「高マンガン鋼」の特許を得ました。これにより,例えば鉄道用レールの寿命は大きく伸び,それまでは1年程度の短期間での交換が必要でしたが,20年近くそのまま使えるようになったといいます。ハドフィールドの高マンガン鋼以降,多彩な合金鋼が開発されました。

 

マンガンの幅広い用途

マンガンと鉄の合金であるフェロマンガン(FeMn)は,製鋼の際には脱酸素剤・脱硫剤として使われます。硫黄は硫化鉄(FeS)を形成して高温下で鋼を脆くしますが,マンガンの添加で生成する硫化マンガン(MnS)は鋼の強度を低下させず,逆に圧延性や鍛造性を向上させるのです。一般には,1㌧の鋼をつくるのに6~9㎏のマンガンが使われ,マンガン生産量の9割以上が製鋼向けです。

マンガン合金の身近な用途の例としては,アルミニウム製の飲料用缶が挙げられます。飲料用アルミ缶の多くは,胴体にアルミニウムとマンガンの合金(Al-Mn合金),缶蓋にアルミニウムとマグネシウムの合金(Al-Mg合金)が使用された「ツーピース缶」と呼ばれるタイプです。
ツーピース缶は,缶胴と缶底が一体になっている胴体と,飲み口加工がなされた缶蓋の二つのパーツから製缶されています。胴体には,強い力での成形や薄くても内圧に耐え,耐蝕性が求められることからAl-Mn合金が使われ,缶蓋には,開封時にプルトップに力がかかっても蓋が変形しにくいような硬さが求められることからAl-Mg合金が使われています。なお,アルミ缶のリサイクルでできる再生地金は,両者が混合していてAl-Mn合金の方が多いので,胴体には使えますが缶蓋には使えません。

 

 

 

 

マンガンの単体(左)とマンガン乾電池
(名古屋市科学館,撮影・令和元年9月)

マンガンの製錬法には,酸化物をシリコン-マンガン合金などで還元する電気炉法と電解法があります。日本では,1950(昭和25)年の朝鮮戦争以降生産量が激増し,1969(昭和44)年には年間で酸化マンガン(Ⅳ)(MnO2)1.3万㌧,金属マンガン33.5㌧を記録し,1972(昭和47)年頃までは20万㌧規模の生産が続きましたが,その後は急速に減少しました。生産急減の原因は,国内の多くの鉱床が小規模で,安価な輸入鉱石に対抗できなかったことによります。

マンガンの資源としては,19世紀後半に旧・ソ連,ブラジル,インドなどで大規模な鉱床が発見されました。次の写真は,マンガンのケイ酸塩鉱物であるバラ輝石(Rhodonite,組成はMnSiO)で,接触変成作用を受けたマンガン鉱床で産出するきれいな色彩の鉱石です。日本国内にも産出地は比較的多く,バラ輝石という名前は明治期に付けられました。その後の結晶構造研究によって輝石族には属さないことが分かり,準輝石族に分類されましたが,「バラ輝石」の名前は残りました。

バラ輝石(秋田大学鉱業博物館所蔵)

 

深海の底に眠る資源-マンガンノジュールとマンガンクラスト

マンガンを含む鉱物資源は深海底にも存在し,団塊だんかい状のマンガンノジュールと皮殻ひかく状のマンガンクラストが知られています。
マンガンノジュールは水深4000m以上に分布するマンガンを主成分とした黒褐色の扁球状の塊で,鉄・ニッケル・コバルトなども含みます。マンガンクラストは海山(海底から隆起している地形)や海台(海底の台地状地形)に見られるアスファルト状の酸化物で,マンガンノジュールが塊状であるのに対して,マンガンクラストは岩盤を皮膜状に覆っているのが特徴的です。
マンガンノジュールには,微粒子から20㎝程度まで様々な大きさのものがあり,1㎝大きくなるのに約100万年を要するとされます。直径数㎝ぐらいのものが多く,表面形状は平滑なもの,粗面状のもの,あるいは小粒状のものもあります。

マンガンノジュール(採取地・ハワイ沖)
(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構,JOGMECより提供)
〔左〕長径7.5㎝,短径4.8㎝,重さ173g
〔右〕長径7.0㎝,短径5.5㎝,重さ184g

 マンガンノジュールの金属成分の由来としては,陸地からの流入物,海水中の成分,火山活動に伴う熱水,玄武岩などの岩石の分解生成物,微生物による産生物などが考えられています。マンガンノジュールは世界中の大洋のほとんどに分布しており,その組成はかなり多様で,総量は数千億㌧とも見積もられています。
鉱物資源として注目されている海域は太平洋,南太平洋,インド洋などで,1960年代以降に資源開発が各国で行われましたが,その後はあまり進んでいません。それは,マンガンと共にニッケルについても,資源量と金属含有量の面から投資に見合う商業化が難しいことが要因の一つです。

 

北海道にある生成途上のマンガン鉱床

阿寒摩周あかんましゅう国立公園にあるオンネトー(北海道足寄あしよろ郡足寄町)は,雌阿寒岳めあかんだけ(1499m)と阿寒富士(1476m)の西麓に広がる原生林に位置し,雌阿寒岳の噴火で螺湾らわん川が堰き止められてできた湖沼です。その湖水は酸性(pH≒6)で刻々と色を変えることから五色沼とも呼ばれます。オンネトー湯の滝は,湖の南東にある滝で,雌阿寒岳から湧き出した温泉水が流れ込んでおり,今もマンガン酸化物が生成する過程を陸上で観察できる珍しい場所です。

オンネトー湯の滝に湧き出す温泉水にはマンガンイオン(Mn2+)が約3ppm含まれ,微生物の作用によって酸化マンガンが生成しています。この付近では,1941(昭和16)年にマンガン鉱床が発見されて操業され,1952(昭和27)年頃には年間約1500㌧の鉱石を産出しましたが,鉱山はやがて閉じられました。
1989(平成元)年の調査で,糸状藻類とマンガン酸化細菌が温泉水からマンガン酸化物をつくり出していることが分かりました。それは数千年前から続いていたと考えられ,2000(平成12)年には「オンネトー湯の滝マンガン酸化物生成地」として国の天然記念物(文部省告示・第144号)に指定されました。かつては滝の上にある池は露天風呂として利用されていましたが,天然記念物を保護するために入浴は禁止されました。

 

 

 

 

 

 

オンネトー湯の滝
出典:pakkuによる”湯の滝 (Yu-no-taki)”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

ここでは,崖にある糸状藻類がマンガン酸化バクテリアに有機物を供給しており,泉源から滝にかけて存在するシアノバクテリア(藍藻類)の光合成で放出される酸素をマンガン酸化細菌が使い,温泉水中のマンガンイオンから年間約1㌧の酸化マンガン(Ⅳ)が生成しているとされます。

 

参考文献
「元素発見の歴史1」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「モノづくり解体新書・六の巻」(日刊工業新聞社,1994年)
「鋼のおはなし」大和久重雄著(日本規格協会,1995年)
「楽しい鉱物図鑑」堀 秀道著(草思社,2013年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
文化遺産オンライン(https://bunka.nii.ac.jp)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。非常勤講師として2019年に名古屋工業大学「科学史」(工学部二部),2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」(全学部共通)を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。