白熱電球の主役になった金属~タングステン(W)

19世紀に実用化された白熱電球は、それまでのろうそく、石油ランプ、ガス灯より明るく安全で、改良を重ねながら世界を席巻しました。白熱電球がLED照明具に置き換わろうとしている今日、いつかはその役目を終えるのかもしれません。

タングステンと「狼」

1781年、スウェーデンの化学者C.シェーレは、「タングステン」と呼ばれていた鉱石から新元素の酸化物を発見し、「タングステン酸」と命名しました。その名前はスウェーデン語で「重い」を意味するtungと「石」を表すstenに因んでいます。

しかし、元素記号(W)の由来は鉄マンガン重石(Wolframiteウォルフラマイト)(Fe,Mn)WO4によります。これは「狼」の意味の古ドイツ語wolfと「汚れ」の意味のrâmがもとになっています。

では、なぜ狼なのでしょうか?

以前から、すずを製錬するとき、錫鉱石にウォルフラマイトが混ざっていると、スラグ(鉱滓)をつくり、錫の製錬を妨害しました。その様子を、16世紀の鉱山学者で鉱山学の父とされたドイツのG.アグリコラが「狼が来たりて羊を貪り喰うが如く錫を侵す」と記したことによるのです。

1783年、スペインの鉱山学者デ・エルヤル兄弟は、鉄マンガン重石から新元素を単離し、「ウォルフラム」と命名しました。これが元素記号(W)の由来です。

タングステンと白熱電球

ボルタ電池が発明されると、19世紀には科学・技術への電気の応用が始まるとともに、様々な便利な道具が作られました。そうした中、H.デーヴィーはアーク灯、J.スワンは内部を真空にした炭素フィラメント電球を発明し、T.エジソンが竹を用いてフィラメントを作り、実用的な電球を生産しました。

エジソン電球の復刻品(フィラメントは金属線)

タングステンは融点が金属の中で最高(3422℃)であり、2500℃における蒸気圧は炭素のそれの5000分の1程度で揮発しにくい物質です。20世紀になると、J.ハナマンがフィラメントにタングステンを使った電球の特許を取得し、W.クーリッジが低温でも延性を有するタングステン線を開発しました。その後も、アルゴンなどの不活性気体の封入によるフィラメントの酸化防止、フィラメントコイルの二重化による強靱化と輝度向上といった改良が続けられました。

ハロゲン電球の原理

不活性気体を封入することでフィラメントの酸化が抑えられ、電球の寿命は延びました。しかし、より大きな輝度を求められる大出力の電球や映写用ランプでは、フィラメントの温度をさらに高くする必要がありました。

そこで、電球の内部にタングステンと反応するヨウ素などハロゲンを入れ、フィラメントから気化したタングステンが電球内壁に付着して黒くなる現象を防ぐ方法が発明されたのです。その原理は次のように説明されます。

 

点灯中に生じた気体のタングステンはヨウ素と反応してヨウ化タングステン(WI)を生じます(図中①)が、ヨウ化タングステンは蒸気圧が大きいためガラス内壁には付着せず、フィラメント近傍の高温で分解します(図中②)。気体のタングステンはフィラメントの低温部に付着してフィラメント表面に戻り(図中③)、分解で生じたヨウ素はタングステンとの化合で再び消費されます(図中④)。この過程は、ハロゲンが反応と分解を繰り返すことから、「ハロゲンサイクル」と呼ばれます。

ハロゲン電球ではフィラメントの温度をより高くすることができ、小型で強い光が得られるので、照明器具としての用途を大きく拡げることにつながりました。

タングステンと「おじさん」

話題は変わって、医師でありエッセイストでもあるO.サックスが少年時代に化学にのめりこんだことを語る『タングステンおじさん』をご紹介します。

おじのデイヴは、タングステン細線をフィラメントにして電球を作る職人で、ロンドンの工場で働いていました。デイヴは、黒いタングステン粉を加圧して鎚で叩き、赤熱させて焼結してから細く伸ばしてフィラメントにします。主人公は、デイヴに作業場を案内されたり、化学のいろいろな実験を見せられたり、話を聞かされたりします。

電球のフィラメントに種々の物質が試された歴史も語られます。-「(おじの工場の)オフィスにはガラス戸棚がいくつか並んでいて、その一つに様々な電球が収められていた。何個かは、炭化した繊維をフィラメントにした1880年代初期のエジソン電球で、オスミウムをフィラメントにした1897年の電球も1個あった。20世紀初頭の電球もいくつか並んでいて、中でタンタルの細長いフィラメントがジグザグに折れ曲がっていた。」

「20世紀の初めにはタングステンで砲弾を作ろうという動きもあったが、この金属は加工が難しすぎたとも教えてくれた。それでも時々振り子のおもりに使われていたらしい。」そしてついに、「1913年、全ての条件が一気に実現された。タングステンの線材を細く延伸し、それで密に巻いたらせんを作り、電球にアルゴンを詰めたのである。今や、タンタル電球の時代は明らかに終わりを迎えようとし、間もなく-強靱で安価でより効率的な-タングステンに座を明け渡そうとしていた。」

生活に身近で欠かせない電球、そのフィラメントにエジソンは竹を使って実用化し、そのほかの科学者たちも、白金(Pt)、オスミウム(Os)、タンタル(Ta)といった様々な金属を試してきた歴史があります。タングステンが白熱電球のフィラメントの主役になって約100年ですが、最近の技術革新の象徴ともいえるLED(発光ダイオード)にその王座を明け渡す時は、すぐそこまで来ています。

 

参考文献:
「岩波ジュニア新書49 元素の小事典」高木仁三郎著(岩波書店,1982年)
「タングステンおじさん 化学と過ごした私の少年時代」O.サックス著,斉藤隆央訳(早川書房,2003年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「照明の化学1 白熱電球の技術」化学と教育,65,574(2017)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。