一酸化窒素(NO)の毒性と有益性

< 背景 >

前回、一番多い中毒死の原因として一酸化炭素(CO)を取り上げ、COの毒性と有用性についてお話ししました。今回、COと同様のガス状分子の一酸化窒素NOを取り上げます。NOはNとOが共有結合した分子であり、分子量は30.0、無色透明な気体で、空気よりやや重く、水に溶けにくいです。NOは発火又は火災助長のおそれがあります。熱すると爆発のおそれもあります1)。高校の化学の酸化還元反応で銅と希硝酸が反応して生成することは習ったと思います。

3Cu + 8HNO3 → 3Cu(NO3)2 + 2NO +4H2O

一般的には高温(1600℃以上)で窒素と酸素が反応すれば、NOx (NOとNO2の総和)が生成します。自然現象では雷、火山、など、人為的には化石燃料の燃焼に伴って生成します。工場などの焼却炉、自動車の排気ガス、などが主な発生源です。NOは大気中の酸素によって直ぐにNO2に酸化されます。NO2は紫外線の影響でオゾンなどのオキシダントを生成し、夏場に光化学スモッグを引き起こすことが知られています。

<毒性>

NOxはヒトの呼吸器への毒性があり、大気汚染防止法により排出規制を受けます。さらに、眼、気道、および、肺の粘膜上の湿気により有害な硝酸と亜硝酸が生じ、呼吸器症状を示します。

NOはCOと同様、ヘモグロビン(Hb)中のヘム(2価の鉄を含むポルフィリン骨格をもつ蛋白)と結合する性質があります。その場合、Hbの酸素運搬能力がなくなり、酸素欠乏の症状がでます。また、Hbの2価の鉄が酸化され3価となり、メトヘモグロビン(Met-Hb)が生成してメトヘモグロビン血症になります。軽症ではチアノーゼ,重症化すると呼吸困難,意識障害などの症状が見られます。血液の色は主にヘモグロビンの吸収波長で決まり、通常のHbは赤色ですが、HbにCOが結合すると鮮紅色、NOが結合しMet-Hbを含む血液は褐色に見えます。このように、血液の色で中毒を推定することも可能です。

<ガス状情報伝達分子NOの発見>

狭心症は心臓の冠状動脈を流れる血流量が不足するため、胸痛や不整脈の症状が見られます。治療法は冠状動脈の血流量を増やすことです。ニトログリセリン(NG)は古くから治療薬として使われてきました。NGは舌下錠で発作時に舌下に入れると溶けて直ちに舌の血管から吸収されます。心臓の冠状動脈に作用して、冠状動脈を拡張し、症状を軽減させます。狭心症の根本的な治療ではなく対症療法ですが、大変有効な治療法です。しかし、その作用の仕組みはわかっていませんでした。1977年にMuradらによって、NGが体内で代謝されてNOを産生することが示されました2)

血管は必要に応じて収縮したり、弛緩(拡張)しています。収縮はアドレナリン(エピネフリン)という化学物質で起こることがわかっていました。弛緩については、血管の内側を取り囲む血管内皮細胞を除去すると起こらないことから、Furchgottは内皮細胞から血管弛緩因子(EDRF)という情報伝達物質が放出されると考えました3)。その後の研究から、IganarroやFurchgottによって、EDRFは単純な化学物質NOであることが示されました4,5)。その後、爆発的に世界中でNOの研究が進みました。

さらに類似構造のCO、H2SがNOと同様に情報伝達物質として作用することが明らかとなりました。通常の情報伝達物質は比較的複雑な構造の化学物質で、レセプター(受容体:細胞膜や核にあり、細胞外からの情報伝達物質を特異的に認識して細胞外からの情報を細胞内や核内DNAに伝える)を介して作用しますが、ガス状伝達物質の特徴は、特定のレセプターを介さず、極めて短時間の寿命のうちに、細胞間を拡散して標的分子に到達して作用します。

NOはHb同様にヘム構造を持つ可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)に結合して少なくとも200倍活性化させ、細胞内のcGMP(これも情報伝達物質の1種)を増やし、血管の弛緩反応を引き起こすことが明らかにされました。このような情報伝達物質としてのNOの発見に対して、1998年ノーベル賞がMurat, Furchgott, Iganarro の3人の薬理学者に授与されました。

<治療薬>

現在、NOを産生するNGや硝酸イソソルビドが狭心症の治療薬として使われています。sGC活性化によって増加したcGMPは酵素で分解されますが、逆にcGMPの分解を抑えることによって、血流量を長く保つことも可能です。発毛剤ミノキシジル(リアップⓇ)、勃起不全や肺高血圧治療薬シルデナフィル(バイアグラⓇ、レバチオⓇ)はcGMP分解酵素の阻害薬であり、NOの研究がもたらした成果といえるでしょう。

次回はガス状情報伝達分子の締めくくりとして、硫化水素(H2S)について取り上げます。

 

参考:
1. 一酸化窒素. 安全データシート. 高千穂化学工業株式会社. 2017年5月22日.
2. Arnold, W. P.; Mittal, C. K.; Katsuki, S.; Murad, F. Nitric oxide activates guanylate cyclase and increases guanosine 3’:5′-cyclic monophosphate levels in various tissue preparations. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A . 74: 3203–3207, 1977.
3. Furchgott, R. F.; Zawadzki, J. V. The obligatory role of endothelial cells in the relaxation of arterial smooth muscle by acetylcholine. Nature 288: 373–376, 1980.
4. Ignarro, L. J.; Buga, G. M.; Wood, K. S.; Byrns, R. E.; Chaudhuri, G. Endothelium-derived relaxing factor produced and released from artery and vein is nitric oxide. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A . 84: 9265–9269, 1987.
5. Furchgott, R. F. (1988) Studies on Relaxation of Rabbit Aorta by Sodium Nitrite: the Basis for the Proposal that the Acid-activatable Inhibitory Factor from Retractor Penis is Inorganic Nitrite and the Endothelium-derived Relaxing Factor is Nitric Oxide. In: Vasodilatation: Vascular Smooth Muscle, Peptides, and Endothelium, (edited by P. M. Vanhoutte), Raven Press, New York, pp. 401-414.

 

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上村 公一

東京医科歯科大学教授、専門は法医学、もと高校教諭(化学)。死因究明業務と薬毒物による細胞死の研究に従事。最近、テレビドラマの法医学監修もしている。

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