はじめに
今回は抗癌剤として使われている白金化合物の話です。悪性腫瘍(がん)の治療法は大きく分けて、手術、放射線、抗癌剤があります。抗癌剤の多くは細胞傷害性で、多くの種類(代謝拮抗薬、トポイソメラーゼ阻害薬、微小管作用薬、抗腫瘍性抗生物質、アルキル化薬、など)があります。癌を殺すために細胞傷害性が大きく、また、正常細胞にも作用するため、重大な副作用も起こります。また、投与量を誤って過量投与となれば、致死的になることもあります。そのため、抗癌剤の使用にあたっては、その薬剤の作用と副作用を十分理解した専門医が使うことが求められます。一方、近年、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などの新しい抗癌剤の進歩は著しいものがあり、治療効果の向上に寄与しています。免疫チェックポイント阻害剤の研究により2018年に本庶佑博士にノーベル生理学・医学賞が授与されたことは記憶に新しいところです。
シスプラチン
細胞傷害性抗癌剤の中で、長年使われてきた薬剤のひとつに白金(Pt)化合物のシスプラチン(シスジアンミンジクロロ白金(Ⅱ)、CDDP)(1)があります。Ptは原子番号78の重金属ですが、重金属が抗癌剤として使われるのは珍しく、他にヒ素化合物の亜ヒ酸(As2O3)がある種の白血病の治療に使われるぐらいです。
(1)シスプラチン
CDDPの抗癌性の発見のきっかけは、1965年物理学者のバーネット・ローゼンベルグが大腸菌への電場の効果を研究中、大腸菌が白金電極の周囲で変化することを見つけたことによります。1971年にその原因がCDDPであることがわかりました。CDDPは2価のPtに2個のClと2個のNH3がシス型に平面四配位している構造です。CDDPは腎毒性が強く、いったん実用化は断念されましたが、投与前後に多量の点滴(生理食塩水など)で尿量を増やすことで、腎毒性を低減できることがわかり、1978年に米国のFDA(Food and Drug Administration)により、抗がん剤として認可されました。CDDPは多くの固形癌(精巣、膀胱、尿路系、前立腺、卵巣、頭頸部、肺、食道、子宮、胃、など)に有効であることが確認されています1)。
CDDPはテトラクロリド白金(Ⅱ)塩にアンモニアを反応させて合成されます。これは、錯体の陰性の配位子の置換反応はそのトランス位置にある配位子が置換されやすいことを利用したものです。この場合、Clのトランス効果がNH3より大きいため、2番目のNH3は1番目のNH3のシスの位置で置換され、CDDPが得られます。逆に、テトラアンモニウム白金(Ⅱ)塩に塩化物を反応させると、トランス型のジアンミンジクロロ白金(Ⅱ)が得られます。
CDDPの作用機序は次のように考えられています。電荷中性のCDDPは受動輸送により細胞膜を通過し、細胞内へ侵入します。細胞内でClが脱離し、水分子と置換します。この状態は反応性が高く、DNAのN-7位のグアニン、アデニンと配位結合し、隣接する2つのプリン塩基を架橋します。こうなると、DNAの立体構造が変わるため、DNA修復酵素が作用できず、もとのDNAに戻せなくなり、転写因子やポリメラーゼの阻害、クロマチンの破壊などが引き起こされ、細胞はアポトーシス(細胞死のひとつ)を引き起こします2)。なお、トランスプラチンに抗癌作用はない。DNAにトランスプラチンが結合しても、DNA修復酵素が結合したトランスプラチンを取り除いてしまうからと考えられています1)。CDDPの作用機序は他の細胞傷害性抗がん剤と異なるため、併用が可能です。そのため、より強力な治療が実施できます。そのことが、抗癌剤として、40年以上にわたり使用され続けている理由です。
おわりに
Ptは貴金属であり、たいへん高価ですが、CDDPの薬価は3363円/50mg です。抗癌剤としては古くから認可されているため、比較的安価です。CDDPは有用な抗癌剤ですが、腎毒性により最大投与量が規制されます。より腎毒性の少ない白金製剤を目指して、脱離配位子であるClを酸素化合物へ変更し、1989年に第2世代のカルボプラチン(2)、2002年に第3世代のオキサリプラチン(3)が開発され、CDDPと合わせて治療に使われています。
(2)カルボプラチン
(3)オキサリプラチン
参考:
- 小谷 明. 新しい白金抗がん剤の開発の発想から現状まで. Biomed Res Trace Elements 22(1):22-26, 2011.
- 植村雅子、米田誠治. 白金制がん剤の今とこれから. Biomedical Research on Trace Elements 26 (4): 157-165, 2015.
上村 公一
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