窒素分子(N2)をつなぐ

皆さんこんにちは。
今日は2つの窒素分子(N2)をつなぐ研究をご紹介します。窒素N2は空気の80%を占める気体であることは皆さんよくご存じでしょう。窒素分子は窒素原子2こが結合してできていますが、この結合は非常に強固なために、酸素(O2)と違って窒素はきわめて反応しにくい物質であることもよく知られています。工場で窒素からアンモニアを作るには非常な高温と高圧を必要とするのです[1] 。窒素を温和な条件でアンモニアなどの分子に変換することはきわめて難しいとされています[2]

さて、炭素原子は多くの原子が結合して鎖状の構造を作ります。この鎖状になりやすい性質によって多くの有機物が存在しているわけ です。これに対して窒素原子はたくさんつながっていくことはありません。実際にはアンモニアNH3を元にして窒素原子が3コまたは4コつながった部分を含む分子は製造されていますが、これらは一般に反応しやすく、爆発しやすいなどの危険性を持っていることがしばしばあります。また非常に過酷な条件(10000気圧など)にすると窒素原子のみがダイヤモンド中の炭素のように結合してできた固体が生成することも知られていますが[3] 、温和な条件ではそのようなことはありません。

最近ドイツのグループが窒素分子を2つ比較的温和な条件でつなげて、窒素原子4コからなるN4ユニットを作ることに成功しました[4] 。彼らは図1のAとして示すホウ素化合物 に還元剤であるKC8と窒素分子を反応させることで窒素原子が4つ連なった部分を含む化合物Bを得ました。そしてこれに水を反応させると化合物Cが得られたのです。

図1 ホウ素化合物からN4ユニットを含む分子を合成する経路。なお丸で表した部分は芳香族(6角形の有機化合物)の部分(ピンクは2,4,6-トリイソプロピルフェニル基、青は2,6-ジイソプロピル基)

化合物BとCの構造はエックス線を用いる分析手段によって詳細に検討されました。その結果、確かに窒素が4つ結合していることのみならず、4つの窒素原子はジグザグに結合していること、4つの窒素原子は同一平面上にあることなどが分かったのです。図2 には化合物Cの構造を示してあります。

図2[5] エックス線を用いる分析で判明した化合物Cの構造。青色が窒素原子、ピンクがホウ素原子、灰色が炭素原子を表す。水素原子は省略している。

この構造の分子が得られたことはいくつかの理由があると考えられています。まず、窒素を含む5角形の部分に接続したホウ素原子(図2のピンク色の原子)の特殊な性質がその理由の1つです。遷移金属原子が窒素分子に結合することがあることは以前より知られているのですが、ホウ素のような軽い原子が窒素分子に結合することは珍しいことです。

今回のホウ素原子が、5角形をかたち作る炭素に結合することで特殊な性質が付与されたために、窒素分子との結合が生じ、それによって窒素分子の性質が変化して2コの窒素分子同士が結合することとなりました。また、冒頭にも記したように、窒素原子が多数結合するとかなり不安定な物質となることが多いのですが、この分子はもう一つの仕掛けによって不安定さを取り除いていると私は考えます。図2ではわかりやすくするために水素原子を除いて示しましたが、実は水素原子を含めて(しかも原子を表す玉をもう少し大きくして)表示すると、図3のようになります 。ご覧の通り、N4ユニットの部分は炭素と水素に囲まれて周りから隔離されたようになっています。この構造がこの分子の安定性に寄与していると思われます。

分子の設計はとても奥が深いと思いませんか?地球上にいくらでもある(でも反応しにくい)窒素を簡単に利用することができるようになれば、人類にとっても大きな進歩です。それではまた次回お会いしましょう。

図3[6] 化合物Cの立体構造。原子の色分けは図2と同じだが、水素原子(白色)が追加されている。青色の窒素原子が4つつながった部分は周りの炭素と水素にしっかりガードされている。

 

参考資料:
1. ハーバー法(またはハーバー-ボッシュ法)は高校の教科書でもおなじみですね。
2. ごく最近東京大学のチームが、常温で窒素ガスと水からアンモニアを作ることに成功したというニュースが伝えられました。これについてはまたの機会にお話しいたしょう。
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_201904251057246383830380_077019.pdf
3. M. Eremets,A. G. Gavriliuk, Trojan, I. A., D. A. Dzivenko, R. Boehler, Nat. Mat. 2004, 3, 558-563.
4. M.-A. Légaré, M. Rang, G. Bélanger-Chabot, J. I. Schweizer, I. Krummenacher, R. Bertermann, M. Arrowsmith, M. C. Holthausen, H. Braunschweig, Science, 2019, 363, 1329-1332.
5. 描画にはMercuryを用いた。C. F. Macrae, I. J. Bruno, J. A. Chisholm, P. R. Edgington, P. McCabe, E. Pidcock, L. Rodriguez-Monge, R. Taylor, J. van de Streek and P. A. Wood, J. Appl. Cryst., 2008, 41, 466-470.
6. アニメーションを作成するにはJmol(http://www.jmol.org/)とGiam(http://furumizo.net/tsu/giamd.htm)を用いた。

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坪村太郎

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。