驚きの電子配置をもつ高効率発光材料

 

電子の軌道と「構成原理」

皆さんこんにちは。
今日は電子の軌道と材料のお話です。高校で化学を習った方は、電子は原子核に近い方から、K殻、L殻、M殻・・・・という「殻」に収納されていくことを覚えているでしょう。もっと細かく調べると、電子は2個ずつ軌道に入っていくこと、そしてエネルギーの低い軌道から高い軌道に向かって順番に2個ずつ電子が入っていくことが分かっています。これは原子でも分子でも同じです。このこと、すなわち電子はエネルギーの低い軌道から順に2個ずつ軌道に入っていくことは「構成原理」[1]と呼ばれ、化学の大前提の原理です。

図1 リチウム原子、水分子、一酸化窒素分子の電子の軌道のエネルギーと電子の配置

例えば、リチウム原子は3個の電子をもっているので、原子核の周りにある軌道にエネルギーの低い方から2つ目まで電子が入りますし、水分子H2Oでは全部で10個ある電子が、水分子の周りに存在する5つの軌道に電子が詰まっていることになります。また、光化学スモッグの原因ともなる一酸化窒素NOでは、電子数が7+8=15個なので、エネルギーの低い方から順に7つの軌道に電子が2個ずつ入り、最も高いエネルギーの軌道に1個の電子が入ります。ただ、この分子の場合はたまたまエネルギーの低い方から数えて5,6番目の軌道は同じエネルギーなので図のようになります。

新しい分子ラジカル

中国のグループを中心とする科学者たちはPTM-3NCzと名づけた新しい分子(ラジカル)を合成しました[2]

図2 新しい分子(ラジカル)の構造

この分子は図2のように黄色地の部分と青地の部分が結合した構造となっているものです。特徴的なのは黄色部分の中心に位置する炭素原子です。通常炭素は荷電子を4つ持ち、それぞれが他の原子と電子を共有することで炭素の周りには4本の結合ができます。しかしこの炭素原子には3本の結合のみがあるので、余った価電子がぽつんと存在しています。このように対になっていない電子がある分子などをラジカルと呼びます。それがこの図の炭素原子Cの右上にある点として表されています。

世の中の多くの分子は電子の数が偶数で、それらが1対ずつ分子の周りの軌道に入っているのです。ところがこの分子は一酸化窒素と同じく電子数が奇数で、1つだけ電子がぽつんと、ある軌道の中に存在しています。

図3 PTM-3NCzにおける電子の軌道のエネルギー

先ほど、電子の数が奇数個の分子の場合、例えば一酸化窒素では、電子はエネルギーの低い軌道から順に2個ずつ入り、対にならない電子は最もエネルギーの高い軌道に存在することを説明しました。ところが、このPTM-3NCzの電子の軌道を理論的に計算してみると、驚いたことに、電子が一つ入った軌道が最もエネルギーの高い軌道ではなく、電子の入っている最もエネルギーの高い軌道から3番目の軌道でありました。つまりこの分子は構成原理に反する分子なのです。このような分子は実は以前から実例があったらしいのですが、この分子は単に構成原理に反するのみならず以下に示す素敵な性質を示しました。

この化合物(ラジカル)の素敵な性質とは

この化合物は紫外線を当てたときに非常に強い赤い色の蛍光を発することが分かりました。実は図2の黄色地の部分のみの分子PTM[3]も蛍光を発し、その色はオレンジ色に近い色であるのに対し、このPTM-3NCzは真っ赤な蛍光を出します。また、もとのPTMより発光が30倍以上も強いことが分かりました。さらにPTMは紫外線を当てているとすぐに分解して行くのに対し、今回の分子ラジカルは、PTMに比べて紫外線照射下で10万倍も安定であることが分かりました。

これらのことから、研究者らはこの分子ラジカルを近年研究が進んでいる有機EL(有機物を使って電圧をかけることで発光する素子)の発光材料に利用することを考えました。この分子の溶液などを基板にコーティングする方法で有機EL素子を作成したところ、濃い赤色の発光が観測され、その発光の強さは、このような深赤色の光としてはこれまでで最も強いクラスと匹敵するものであったとしています。

終わりに

なぜこの分子ラジカルが極めて強い発光を示してしかも丈夫なのかの説明は難しいのですが、その理由は性質の異なる2つの部分を結合させた構造にあります。この分子は紫外線を受けると、ラジカルの部分の電子が図2の青地の部分に大きく移動することがその鍵となっています。このような変わった性質の分子が新しい素子になる可能性があるということはとても面白いことですね。それではまた次回お会いしましょう。

 

参考資料:
[1] 構造原理、Aufbau Principleとも言われます。Aufbauはドイツ語で構造、構成の意。
[2] H. Guo, R. H. Friend, J.-L. Brédas, F. Liら、Nature Mat. 2019, 18, 977-984; https://www.nature.com/articles/s41563-019-0433-1
[3] 実際のPTM分子は、黄色地の部分の最下部に塩素原子が結合している構造です。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっています。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。