インフルエンザの季節もそろそろ終わりですが、皆さん今シーズンは予防接種はしましたか?ワクチンはウィルスなどの病原体を感染しないような処理をして体内に入れ、免疫を作るものです。ワクチンはあまり保存が効かず、冷蔵しておかねばすぐに効果がなくなってしまうことはご存じでしょうか。発展途上国ではワクチンの流通も難しい場合があり得るのです。
さて、ウィルスとはどのようなものでしょうか。ウィルスはDNAなどの遺伝情報を持つ分子をタンパク質の殻で包んだ構造となっています。例えばアデノウィルスと呼ばれるウィルスは図1のように正20面体構造のタンパク質の殻の中に、DNAが入っています。これに感染すると感染先の細胞の中にDNAが放出されて、複製されて増殖していくのです。
図1 アデノウィルスの構造 タンパク質でできた正20面体形の殻の中にDNAが詰め込まれている。 左は外形図、各頂点から突起がでている。右は内部にDNA鎖が入っている様子を示した。
フランスのパスカル・フェンダーらは、このアデノウィルスの殻のタンパク質を研究していました。この殻は多数のタンパク質が集まって、正20面体の構造となっているのだそうです。タンパク質はご存じのようにアミノ酸が多数鎖状につながったものですね。彼らはこの殻の基本となるタンパク質の中の3つの部分を別のアミノ酸の鎖に置き換えたタンパク質を遺伝子工学の手法によって作り、それを高度に精製しました。するとこうして作ったタンパク質が勝手に集まって正20面体の構造体となることが分かったのです[1] 。彼らはこの20面体構造の巨大分子をADDomerと名づけました。ADDomerの構造は、いつかご紹介した[2] 低温電子顕微鏡法という方法で明らかとなりました。この構造を解き明かす際の計算は極めて複雑なのですが、クラウドコンピューティングの手法を用いて安価に解析することに成功したのだそうです。
図2にはこのADDomerの構造を示しました[3] 。ADDmerを形成するタンパク質5個が円錐形にまとまり、それがさらに12個集まって全体で球形に広がった構造体となっています。円錐形の広がった部分が球の外側に向いて、正20面体の12個の頂点を形成しているとみなすことができます。図3には分子の回転するモデルを示しました。このADDomerは極めて安定であることが分かりました。通常このような構造のタンパク質は熱に弱く、冷蔵保存しなければ構造が崩れてしまうのですが、このADDomerは45℃でも全く変化は見られなかったのです。実際研究者はこのサンプルを実験着のポケットの中に入れたことをすっかり忘れていたのですが、数ヶ月後になってもこの構造を保っていたとのことです 。
図2 ADDomerの構造。60個のタンパク質分子(色分けして示してある)からできている。
図3 Addmerの構造の立体回転図
さて、研究者たちは先ほどADDomerの元となるタンパク質に、チクングニア熱(蚊が媒介するウィルス性の熱病)のウィルスタンパク質の一部を結合させた修飾ADDomerを作りました。するとこの修飾ADDomerがやはり元の正20面体構造を保ち、またそれがネズミの中でチクングニアウィルスに対する免疫反応と同様な反応を起こすことを確かめました。つまり、この修飾ADDomerがチクングニア熱に対するワクチンとなる可能性が出てきたのです。実際にワクチンとなるかはまだ分かってはいませんが。
このADDomerのような物質は、熱に強く扱いが簡便であるだけでなく、遺伝子を含まないために、通常のワクチンで問題となる副作用が少ないことが期待されます。様々なウィルス疾患のワクチンをこの方法で作ることができるかもしれません。そうなるといいですね。それではまたお会いしましょう。
参考資料:
[1] C. Vragniau, P. Fenderら、Sci. Adv. 2019, 5, eaaw2853. https://advances.sciencemag.org/content/5/9/eaaw2853
[2] タンパク質から巨大立体を人工的に作ったお話し https://www.kojundo.blog/news/2245/
[3] タンパク質のデータベースであるプロテインデータバンクからデータは入手した。以下のサイトでもこのタンパク質の構造を見ることができる(画面右のStyleのところを変えてみる)。https://www.rcsb.org/3d-view/6HCR/1
[4] G. Viglione, Chem. & Eng. News 2019, 97(39).
坪村太郎
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