世界一融点の高い元素、タングステン(W)

元素記号W、原子番号74の元素、タングステン。そのドイツ語はオオカミにちなんだ名前Worframで、元素記号はそこから来ている。英語のTungstenはスウェーデン語の「重い石、タングステン」と呼ばれる鉱石の灰重石CaWO4から来ている。詳しくは『生活の中の元素』の記事を参照。

タングステンの融点は3410 ℃と、どの元素よりも高く、沸点も5657 ℃と高い。タングステンの密度は19.3 g/cm3。3.7 cmの立方体で1kgの重量にもなる。超高温の環境下で形状の安定性がきわめて高く、ほとんどの化学薬品に侵されにくい特徴を持つ。また、タングステンの炭化物WC(タングステンカーバイド)は硬度が非常に高いことから、ドリルや旋盤など、金属の切削工具として活躍する。

図1 タングステンの写真。高純度のロッドの表面には再結晶したタングステンが付着している。わずかに酸化すると虹色を見せる

Alchemist-hpによる”Tungsten rods with evaporated crystals, partially oxidized with colorful tarnish. Purity 99.98 %, as well as a high pure (99.999 % = 5N) 1 cm3 tungsten cube for comparison.” ライセンスはFAL1.3

タングステンの一般的な用途は電球のフィラメントだが、近年はLEDが多用されるようになったためフィラメントとしての需要は減っている。また、電子顕微鏡(SEM)の光源に相当する電子源すなわち電子銃にもタングステンフィラメントが使われる。精密なSEMの電子銃にはタングステンの結晶が用いられている。

 

実験1 ナノスケール彫刻技術による、タングステンの超薄膜化

航空機、建築物などの構造を支えるために使われる硬い材料も、ときには原子レベルの欠陥が生じることがある。材料の表面近傍の欠陥の状況や原因を知るためには、透過型電子顕微鏡(TEMともいう)が用いられていて、鮮明に観察するためには多くの場合、試料を100ナノメートルくらいの薄膜に切り出さなければならない。

これまで、堅い材料を100ナノメートル以下の薄膜にする技術はほとんどなかった。大学共同利用機関法人自然科学研究機構核融合科学研究所(NIFS)は、ナノスケールの彫刻技術を新しく開発し、金属の中でも特に硬いタングステンから超薄い試料片を作ることに成功した。

超薄膜化を実現するために、NIFSでは集束イオンビーム/電子ビーム加工観察装置(FIB-SEM)を用い、直径約30ナノメートルのガリウムイオンビームを材料に照射して切削する技術を確立した。イオンビームの照射位置と方向を工夫して丁寧に調整しながら、何度もイオンビームを照射することで少しずつ薄くできるという。

図 プラズマなどによって原子レベルで損傷した材料(薄膜化されることによってTEM観察されるようになる)

写真 ヘリウムの高温プラズマにさらされたタングステン表面付近の損傷(ヘリウムバブルという)のTEM写真。損傷の表面からの深さも知ることができる。
(図・写真提供)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 核融合科学研究所

 

タングステンは高融点で削れにくく放射化しにくいため核融合炉で使用される重要な材料である。写真が示すように、高温プラズマにさらされて発生した数ナノメートルサイズの損傷がTEMでとらえられている。開発されたナノスケール彫刻技術は、タングステンなど核融合炉材料の寿命予測などに役立ち、またその他の金属やセラミックスなど、もっと硬い材料にも応用できるため、今後、これまでに薄膜化できなかったものも透過型電子顕微鏡を用いて観察できるようになる。

 

実験2 室内の照明でも光触媒の能力を発揮する酸化タングステン

光触媒、例えば酸化チタンは紫外光を吸収し、強い酸化還元作用をもたらす。酸化チタンは太陽光からの紫外線を受けられる屋外や、紫外線ランプの元で活躍する。ただ、基本的には太陽光のうち応答可能な波長範囲が紫外線以下と限られており、また光エネルギーに対するエネルギー変換効率が低いため、実用化や大規模利用に限界があることが多い。

近年、室内用の塗料、接着剤、建材から放出される有機溶媒(アルデヒドや揮発性有機化合物(VOC)など)、いわゆるシックハウス原因物質で化学物質過敏症に悩まされる人が増えている。室内には太陽光の紫外線が届かないこともあり、これまでは酸化チタンのような光触媒は利用できなかった。

独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)、エネルギー技術研究部門太陽光エネルギー変換グループでは、屋内などの紫外線の少ない場所で、室内灯からの可視光条件でも何種類ものVOCを完全酸化分解できる可視光応答性の酸化タングステン(WO3)光触媒の開発に成功した。WO3粉末に白金、パラジウム、銅などの貴金属類を助触媒として添加すると、有機物の酸化分解の活性が著しく向上することがわかった。すでにこのタングステンの光触媒は、実用化されており、室内で一日中消臭や抗菌効果を発揮している。

(左)ガラス基板に塗布した酸化タングステン光触媒 (右)Pd-WO3光触媒粉末

紫外線をカットした疑似太陽光で様々な光触媒によってアセトアルデヒドが酸化分解されて発生するCO2量を比較した結果(今回のアセトアルデヒド(導入量:約1.6μmol)が完全酸化すると約3.2μmolのCO2が発
(写真・グラフ提供)国立研究開発法人産業技術総合研究所

 

 

参考文献:
タングステンの物性値:化学便覧 改訂5版 日本化学会編
桜井弘「元素111の新知識(ブルーバックス)」、講談社、1997年
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 核融合科学研究所 プレスリリース “ナノスケール彫刻技術”を開発―硬い材料内部の原子レベルでの精密観察が可能に
http://www.nifs.ac.jp/press/190610_003.html
NIFS,イオンビームでタングステンを超薄膜化
http://www.optronics-media.com/news/20190612/57914/室内照明で働く可視光応答性酸化タングステン光触媒の開発
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2008/pr20080709/pr20080709.html
光触媒を超えた新・光触媒。東芝マテリアル・ルネキャット
https://www.ipros.jp/advertising/detail/27331/

 

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山﨑 友紀

山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。